闇刻み(4)

「色々とわけがわからんまま倒すことには成功したな」

「ええ、カラコルさんのような証拠隠滅の協力が認められない以上、顔を隠してお上に突き出す他ありませんからね……」

 そのためにわざわざ謎の襲撃犯、とでも言いたげな頭のおかしいやつのムーブを取ったわけだが。


「比較的対処のしやすい奴らでよかったよなぁ。前のと比べても全然強くなかったし」

「まあ、強盗だの殺人犯じゃなくて密猟グループですからね……中には相当な武闘派も居るようですが」

「今回は「そう」じゃなかったってとこか。助かったな」


 互いになんとかうまくいったとなる二人。

 だが。その時、足から伝わる新たなる気配を覆面の女――カーレンが察知した。 


「いけません、官憲が来ますよ」

「なにっ」

 何やらそう言われると急に後ろめたい気分になる。いや事実ここにきてから後ろ暗い行為の連発ではあったのが……兎にも角にも、二名は逃走を図ろうとしたが。

 

 あたかも、それは騎士の鎧と言うよりどちらかと言えば機動隊のような服と兜に身を包んだ存在が現れた。

「やぁれやれ、一斉検挙を考えて動向を図っていれば……仲間割れ? それとも私怨か?」

「こ、国際警察――!」

 この世界における国際機関。選りすぐりの戦士が集う、ある意味ではレガシー・イーターに匹敵する巨大組織。


(ちぃっこいつら……思ったよりそこらじゅうで密猟の被害出してたんですね、こんな連中が動き出すほど!)

 思わず、密猟グループに対して毒づくカーレン。しかし、その動向を国際警察のメンバーはじっと観察し続けていた。

「レガシー・イーターの賞金稼ぎにも見えないが……もぐり? それとも商売敵か私怨か……どちらにせよ、同行願おうか」


 そういうと、銀の光が奔った。

 透けた銀色をした、尖った金属の棒。それがカーレンの横を抜け飛んでいって「板」の出入り口としてある扉へと突き立てられた。

 鉄扉が溶解を通り越して気化し、大きな穴が開く。やがてふっと、半透明の銀色の棒が消えた。

 完全にわざと外している。それも舐めていると言うことではない。


鉄枝てっし霊術だ。警告するが、投降せねば次は当てる」 

(高温高圧――鉄ニッケル合金による攻撃。こうも高度な霊術をつかいますか)

 明らかに凶悪犯などを取り押さえる手練れの武闘派だ。そしてこういうプロは――

「決して一人で行動はしない」

 同じ制服を着た体格のいい女性が、後ろから同じく鉄枝霊術を構えている。板の上に乗って、こちらを見ていた。


 そして、女性の方が近場に着地した瞬間を狙い――

「お願いします!」

 カーレンの言葉と共に、地面に手を乗せた正次が技を発した。

「リキュファクション」

 双方の周囲の地面が局地的な液状化現象を引き起こす。おおっ、と意外そうな声と共に沈み込むが。

 更にはじけるような音が重なって、沼地が瞬く間に消し飛ぶ。数歩分の深さの穴を、たやすく跳躍して警官二人は復帰した。

 手元には、警棒のように持たれた鉄枝があった。

「咄嗟に地面の水分だけを中心に蒸発させた!? なんて精密制御っ」

 破壊影響の制御と瞬時の勘めいた判断が抜群に上手い。戦いなれている証拠だ。

 

 が、その時。

 板の全体がはじけ飛んだ。

 鎖や首輪、腕輪に包まれた奇怪な男が内から出てくる。どうやら、収納スペースのようなところに入っていた――否、ようだった。

「あー。なんだコレ。どういう状況??」

 すっとぼけた声を鎖の怪人が出した。

「密……猟者?」

「はい、密猟者です。密猟されて以来従ってます」

 その言葉に、はっと思い起こしたように国際警察が喋った。

「……密猟者の中には「洗脳」されている構成員が居るらしい、とは聞いたが」

「いや、どっちかと言えば色々と術符で縛られまくっててなあ。契約みたいなもんで嫌々なんだ。俺自身が密猟された動物なんだよ。悪いが、お前ら敵だな?」

 斃させてもらうぞ。そういうと、鎖がぐるぐると回って――爆ぜるように暴れ始めた。

 と。その鎖をつかみ取る男が一人。


「おいっ、こいつの相手は俺がする! そっち頼んだ!」

 覆面の男――正次は、怪人の鎖を持って板の残骸の遥か向こうへと投げ飛ばし、走っていった。

「わ、わかりましたよ!」

 とは言ったものの、しかし。

「……私一人で国際警察二人相手にするんですかぁ」

 覆面越しにもわかるほど、とてもとても嫌そうな顔でカーレンは二人を相手取る。


 一方、飛ばされた鎖男と正次の戦いも中々苛烈だった。

 全方位からの鎖の鞭を弾き飛ばす。

 地面に潜った鎖が伸びて襲いかかるが、飛ぶように回避する。

「うーん。お前たちがアイツら倒したんだなあ。敵に対して動く鎖がめちゃくちゃ反応してるぅ」

「できれば投降してほしいんだがなっ……」

「そんな自由があったらアイツら真っ先にぶん殴っておさらばしてるからー」

 鎖まみれの不憫な野獣であった。

 

 しかし、ならばなおさらこの鎖の怪人を倒してやらねば止められないだろうと――正次の拳が放たれた。

 鎖の壁に防がれる。が、この鎖男は鎖越しの感触として、身の丈より大きな鉄球で殴られまくっているかのような錯覚を起こした。

「ぬぅ……???」

 勢いや角度から想定される威力よりその拳足は異常なほど重たい。

 ただ強い打撃というのとも違う、奇妙な重たさだった。


「溶液」


 ポツリ、と呟く。その意味は相手に知れぬが……正次自身はその特性を言葉にせずして自ら実感、再確認する。

 変性した正次の肉体はある特殊な溶液を生成、体内で循環させていた。

 例え微動だにしていない状態であろうとその身体内部では、粘度やエネルギーの伝導、圧力の全てが戦うために操作される。駆け巡る力が轟々と勁となって打撃に活かされるのを正次は実感していた。


 相手からすればタイミングと防御の質が狂う。

 人を相手にしているつもりかもしれないが、正次のその機構はむしろ重機にも似ていて――それでいて、どうしようもなく人の拳技を紡ぐ者であった。

「か、がぁっ……」

 しかしあちらも徐々に呼吸を修正している。少しずつだが、攻撃が当たってきた。


「ふっ――!」

 とうとう鎖を何十重にも巻いた強烈な踵落としを腕で受けることになったが。血流よりも、神経の電気信号よりも――尚速く循環する溶液の力場がその攻撃の勢いを、衝撃を真下へと受け流す。

 衝撃に耐え切れず周囲数十歩の地面がめくれ、割れる――が。


(なんだこの――なんだ、この感触は……!)


 鎖の戦士は攻撃が効かなかった事や地面の破壊よりむしろ、その気味が悪い、硬く重いのに軟質とも錯覚する手ごたえに思わず硬直した――その隙を正次は逃さなかった。

 防御した腕を使い相手の踵を跳ね上げ、鎖男の体勢を崩し。

 跳躍しての蹴りを叩き込んだ。

 地面を抉り、鎖が跳ね飛ばされ、意識を失う。

「……捕まったらよ。解けるといいな、その縛り」

 勝利した事自体には喜びはなく、何か確信の様なものが感覚として正次に広がっている。


 今までの人生において正次は己の能力が社会と噛み合わないようなぼんやりした認識を持っていた。

 だがそれは本来、逆なのだ。

 適材適所と言うがそれは理屈の上。普通に生きていれば、人間そこまで過剰に能力と役割が噛み合うことなどそうありはしない。

 それが例え異なる世界であろうと、人以上の力であろうと。それらはどこか何かがぼやけているのが当たり前の状態だという事実は変わらない。


 しかしそれは確率として希少かどうかという意味であって……必ずそうならないのが摂理、というわけではなかった。

 空に拳を放つ。その威力が、己の意で自在に可変するのがわかる。体内の組成が既に生物とも呼べぬ、それでいて人の臓腑に似た何かへと変貌している。

 そしてそれらはどうしようもなく自分にとっては自然な形なのだ。

 吉戸正次は己が力を完全に活かせる領域まで昇華した。それが、物質改造者の「兵器」としての在り方であるがために。


「それにしても、なんだか誤魔化そうとすればするほど大事になっているような気がする……」

「ふ――不祥事って大体そういうものですよ……」

 左右の肩や太腿、二の腕が多少抉れた状態で、ちょうどカーレンが現れた。


「お巡りさんたちはどうした」

「なんとか気絶させました……ああもう、死ぬかと思った。鉄枝霊術なんて使える相手、もう相手したくありません……」

 と、げんなりとした感じでぼやく姿は、ダメージこそそれなりにあるが、死の危険そのものは掻い潜った証拠とも言えた。


「あー、うん。傷の具合は?」

「当たった場所の血肉が蒸発して焼け付いちゃってるんで、見た目より出血はありません。胴体や頭に当たってたら死んでたでしょうけど。生け捕りたかったんでしょうね。皆殺しにしたかったら「鉄樹」でも使っていただろうし……」

 エグい言葉に、さしもの正次も心配するようにカーレンをかかえる。

「治るんだろうな……」

「そこはまあ、大丈夫です……とにかく、更に来る前に逃げますよ! 気絶からいち早く覚醒するのはたぶん国際警察の二人です、もうそいつらが捕まえたってことで終わるでしょ!」

「お、おう」


 慌てて逃げる二人。その姿を遥か遠間から見つめる男が、一人。

 越境連盟内部でも桁違いの能力を持つ男、サムだった。


(うーん。ま、ギリギリセーフってとこか。利敵行為にはあたらんでしょ。ただ……あれは中々強い)

 能力の強弱の問題ではない。何かを修めてしまった存在と言う奴だ。

 ああいう手合いは敵に回られるとひどく殺しにくい事を経験上サムは知っていた。

(どっかネジが飛んでいるなぁ……)

 安堵、高揚、緊張、いくらなんでも力が目覚めた直後くらいは、物質改造者とてそういった感情を幾ばくかは見せる。

(だが――アイツは)

 まるで本当に夢から目覚めて何かを確認しているかのように……


「不気味だねぇ。俺や他のキワモノ連中に負けず劣らず――」

 監視役として世界中を巡回するサムは、彼の印象を纏めながらも新たなる厄介の種をひとり口にした。

「しかしカラコルのやつ――何をしでかしたんだか」

 スペイン・シティコロニーで反逆とは……

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