闇刻み(2)

 その後。サンプルをジャパン・シティコロニーの『壁の間』に持っていけなかったことで文句を言われた二人だが。

「破片もロクに残ってなかったせいでえらくぼやかれたな」

「あの分だと残ってた方が不安なんですけどね……」


 来る前に置いていた酒瓶から一杯注ぐ。どうだ、と正次は勧めるが、カーレンは首を振る。

「任務が急に発生する確率もゼロじゃありませんから」

 との返答に、そうかとだけ言ってまた、グラスの中身を正次は飲み干す。

 正次は自己の体内を制御する術を持っているタイプの物質改造者である。イザとなれば、ある程度なら迅速に酒精の影響を払うことも不可能ではない。


 ぼんやりと宿屋でとった自室から、窓の外を眺めて酔いにふける正次と、ベッドに座りこんで考え込むカーレン。いまだ、あの死体のようなものがなんなのか、気になっているようだった。


 ふと。窓枠から沁み込むように、影のようなものが入ってくる。

「あ?」

 スッと正次は自らのこめかみに親指をあてると、抉るように捻った。瞬間、酔いが醒める。影を見定めるが、どうやら殺気や敵意のようなものは感じない。

 ぐぐぐ、とやがて立体的な姿を影が部屋の中で取り戻すと。そこには、墨汁を固めたような狼が座っていた。


「こいつは……」

かげり狼……」

 カーレンは知っているようだった。正次からしても、どこか見覚えがある。あれは確か――

「闇刻みでチラっと見たでしょう。限定的ですが肉体をねじまげほとんど平面化してどこにでも入れるという狼ですよ。神出鬼没ですが、あの生物の周囲に死体がありました」


「あのよくわからない生物に食われたんだな。親の仇うちしたんだ、ついてきてしまったと」

 正次はそう言って撫でようとするが、カーレンはまずいことになったと言いたげに睨んでいる。

「どうした?」

「これ、確か保護動物指定に……」

「えっ」

「そもそも闇刻みは基本的に禁足地ですし。我々が移動しているのはあくまで秘密裏にですから……バレたら大事に」

 脅かしと言うより、淡々と事実を列挙して自らも焦っている感じがむしろ臨場感をかきたてる嫌さがあった。

 越境連盟において、余分な情報を掴ませる行為はその時点で失点である。

 カバーできればいいが、あまりにそれが過ぎれば……やがて待つのは、造反分子としての――処刑。


「……始末しますか」

 カーレンは全てを無かったことにせんとした。正次がさすがに慌てる。

「おい。殺しちゃったら余計バレたら大変だろ!?」

 だがカーレンの殺気が高まると同時に狼は目を閉じ、神妙に固まっている。

「微妙に死を覚悟し始めてるぞおい。会話の内容わかってんじゃないか……?」

「闇刻みの動物は大体が知能高めって言いますからね……ですが、確かにあまりあの地域の動物を殺すのも連盟としては避けたいところです」

「つまり。連れてくるのも殺すのもマイナス……ってことか?」

「戻してしらばっくれるのが一番なんでしょうけど……」

 途端、ぷいっと嫌そうに露骨に横を向く陰り狼。

 こいつ、色々とわかってやがる。二人はそろって考える。


 すると、こんこんとドアを叩く音がした。誰だと思いながらも恐る恐る開けると。

「宿屋の店主!?それにラバロ!?」

 ラバロは困ったように顎を掻くと、中に何が居るのかを察したかのように切り出した。

「あのさあ、陰り狼が街に入ったって噂がちょっとあって」

「そ、それで何で俺たちの部屋に」

 弁解するように正次が取り繕うが。

「いや、何人か宿屋に入るこいつのこと見てたし」

「お前バレねえようにできなかったのかよ!」

 正次は陰り狼をたしなめると――やがて、諦めたかのように部屋の中に店主とラバロを招き入れた。


「えーと、つまりだ。お前らは闇刻みに出る怪物を退治しにこっそり出かけた。すると、親を食い殺されたそいつに出会って、親の仇を討ってくれたお前らに懐いて困ったと……」

「なにやってんだよオメェら……」

 呆れたように店主が引いた目で見てくる。


「ちょ、ちょっと正次さん」

 慌てたカーレンは正次を引っ張ると。

「ん?」

「いいんですか、そこまでバラして?」

「こういうのは大筋は本当か逆に突拍子もない嘘にしておく方が無難なんだよ。今回は前者だ」

(なんだかもっともらしいこと言うけど、できるだけ正直に話しておきただけじゃないかなぁ)


 結局、ラバロには口止めをして帰ってもらい。

 さて、どうするかと思案する二人だが――

「こいつ、もしかしたら俺たちがどういうやつらなのかなんとなく分かった上で頼りに来たんじゃないか?」

「え?」

「それこそ、親に言い含められていたんだろう。俺たちがあの森でもアンタッチャブルな存在であることを察して転がり込もうとした。多少はレレノンの人間に認知させることでそいつらを巻き込んでな」


「そんな……でも、まるごと始末しようとしたらどうするつもりで」

 カーレンの言葉ももっともだ。知略と言うには無鉄砲すぎる行動だった。

「親があんなもんに食われて天涯孤独。そこは賭けや自棄も込みだろうな」

 当の陰り狼は、寝台の上で丸まってくつろいでいる。


「えっと、つまり。子供の狼のいちかばちかの賭けに手玉に取られたんですか、私たち……」

 頭痛に苦しむように頭を押さえるカーレン。


「そういうことだな。新入りの仕事のアクシデントと割り切ってくれ。おい、取引だ。お前はこの街の連中にこっそり飼ってもらえ。俺たちも手出しはさせん。代わりに、お前も色々と黙認したり俺らの仕事でごまかしが必要な時は手伝え」

 そういうと、わふ、と陰り狼は元気そうに鳴いては応えた。

「……情けないと言うか、取引が成立しているのをスゴいと言うべきか……こんな変なことした越境連盟の構成員なんて私たちくらいですよ?」


 そうして呆れつつも。その実、増大した一連の違和感をカーレンは考えていた。

 

(何より。あの死体のような「何か」は確かに得体が知れなかったが、成体の陰り狼ほどの身体能力と逃走力を持った存在を殺せるほどとはあまり思えない。私たちの時のように虚を突いたのが上手くいったかあるいは――)

(あの死体に関係してまた「他の何か」があった……?)


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