闇刻み
闇刻み(1)
賞金首の殲滅という初任務から数日が経った。
レレノンの国にもやや慣れてきたのか、おかしな大道芸人たちにも顔や名前を憶えられている。
なんでも正次は、キッド・セージと言う割とそのままな名前で踊り子であるカーレンのマネージャーのような立場として馴染んだようだ。
「……酒まで普通に飲める立場とは、思わなかったが」
宿屋の一室でたまに飲む酒瓶を持って、正次は苦笑した。
「とはいえ、任務前には酒気は抜いてもらいますがね。酔っぱらったまま死んでもいいと言うのなら止めませんが」
同じ部屋の壁によりかかって、たしなめるようにカーレンがそう、補足する。
「……アンタが俺の部屋にわざわざ来るってことは」
「ええ。今回は闇刻みに出現する怪生物の排除。それを行ってもらいます」
静かに瓶を置くと、正次は黙って支度を始めた。
❖
レレノン国へ向かう時は急いで通り抜けてはいたが、やはり闇刻みは異様な土地だった。正直、あの時は騒ぐ暇すらなかったのもあるが。
異常に黒い大樹ばかりが立ち並び、薄暗い。木々の間は広いのに奇怪な黒い葉と枝のせいか、木漏れ日すらなにやら妙に紫がかっている。
おまけに保護色なのかそれらにマッチした体表の動植物ばかりで目がおかしくなりそうだった。
「つくづく既存の生態系の概念が通じない場所だな……」
土壌の栄養といい、他の動物といい、何もかもが異常だった。
「見ろよこのスケールが狂ってるとしか思えない木。どうやって育ってるんだ?」
「地下から濁種……貴方が先日倒した方ではなく、その源流と呼ばれる存在たちですが。その領域の力が漏れていると聞きます。そのため、各国も迂闊に手出しができないとも。レレノンのようなつかず離れずって位置を保つ国もありますがね」
「そこを利用してコロニーを作ったのか……あれ? じゃあ日本のコロニーは大丈夫なのか?」
「どうやら偶然できた場所らしく。いうほど濁種はあまりここに興味がないみたいで。だから、ここはほとんど放棄された土地ですね」
「秘境も同然か。いや、コロニーが中心にあるけど。襲われたりしないのか?」
そう聞くと、大丈夫ですとカーレンは腰につるした明かりを指した。
「この――蛍のカンテラがあるので」
中にはきらめくような蛍が数匹入っている。液体が三割ほど入った密閉された容器だが、元気そうにゆらゆら飛んだり休んだりしていた。
「星屑蛍。この蛍は闇刻みの中でも光をもたらす存在であり、同時に怒らせると高火力の光線を発射する特性を持っています」
「光線って……」
常識が通用しないことはわかり切っていたが、このような儚い生物がそんな恐ろしい存在といわれるのはさすがに意外だった。
「連盟の技術により、特殊な液体を使ってこの蛍は飼いならしてあります。カンテラの中でも生きていける。この蛍を襲う動物はこの土地にはほぼいません」
「ほぼ?」
「ええ。逆に言えば、構わず襲ってくるような輩が……高確率で特殊、なおかつ排除の対象ということです」
辺りを進んでいくと、なるほど人間より大きな黒紫の狼やら真っ白な蛇、四翼の鴉やらが出てくるが近寄ってこない。
敵意は無いが、概ね興味も無さげにこちらを見ると去っていく感じだった。
「星屑蛍を飼いならしている相手を敵にするのが嫌なんでしょうね。後は我々物質改造者は結構出入りしますしコロニーの存在もあってか、あちらも「よく見る面倒な輩に関わるのはよそう」って感じです」
果たして可愛げが無いと言うべきか動物の適応力はすさまじいと言うべきか。
「となると、それなりに平穏って感じに見えるんだが」
「ええ……ですが、そろそろ。おかしな気配を察知しました。覚悟しておいてくださいね」
カーレンの感覚を頼りに、薄暗がりをしばらく進んでいくと――目当ての存在はそこに居た。
それは人だった。否、人のような動物だった。
爪やら嘴が顔や腕から生え、よだれを垂らしながらうごめいている。
足は逆関節、なおかつデタラメに隆起した筋肉が全身を脈動している。かと言ってボディビルダーのような生命力を感じる肉体では決してなく、むしろ不均一さのせいか死体のような「破壊されつくした」印象があった。
ばりばりと、身体に生えた嘴が動植物をついばんでいた。怪我をしたかのような欠損があちこちにあるが、応えている様子はない。
知性は――果たしてこちらのことを認識できているのかいないのかさえわからなかった。
周囲には大小の先ほど見たような動物たちの亡骸が、雑然と転がっている。
「死体……? いや、キメラ……?」
「どうでしょう……」
二人とも叫びはしなかった。だが、さすがに面食らう光景ではある。
すると、耳に入ったのか「何か」が顔を向けた。何やら興奮し、関節がおかしな方向を向きながら、視認が可能かどうかもあやしいはずの白濁した眼球がこちらを見据えている。
「明らかにこっちを敵とみなしている感じだぞ」
「獲物……かもしれませんがねっ!」
そういうと、先制攻撃とばかりにカーレンの足踏みによって盛り上がった地面が足を拘束するように刺さり、捕らえた。
これで無力化に成功したかと思われたが。
「ぐるおおおおおおっっっ!!!!」
うなりをあげながらその何かは突進しようとしてきた。
束縛されたままで、痛みなど無いかのように。しかし、移動に使う脚部をやられては動けないのが道理ではある。
それでもかまわず暴れると、足が千切れた。なんとそこから腕を使って這うようにではなく、腕を使って走るかのようにこちらへと全速力で突進してくる。
「なっ……!」
肉体の損壊など勘定に入れず動き回る暴挙にカーレンが驚くが。
「おっと」
突進の横合いに入り込んでからの蹴りが、うごめく肉塊を跳ね飛ばして大樹へと叩きつけた。
蹴りで迎撃した正次は自分の足がどうにかなってないかジッと見ていた。
「まるで人を襲う映画の
「ええ。正直なところ、驚きです。拘束は効果が薄い……かと言って接近は明らかに不安。破壊力は低いですが、衝撃波を直接通します……!」
まだのたうち回る死体のような何かに対し、カーレンが踏みしめると――それは、はじけ飛んで崩れた。
「あれ、思ったより脆い……?」
カーレンは困惑気味に辺りを警戒して見回すが、反応は無い。踵を踏み鳴らし周辺を探るが、やはり他に異常は無く。
謎の死体のような「それ」は間違いなく――不明瞭な存在であるためそう表現していいのかは謎であったが、死んでいた。
「蹴った感じ、割と頑丈な感じだったけどな。あんたの能力も間近のフルで使うと中々強力なんだな。粉々の即死だ」
「……?」
正次には褒められたが、当のカーレンはその結果にひたすら訝しんでいた。
「しかし、なんだったんだろうなあアイツ……ああいう怪物みたいなの、ここじゃ居るのか?」
「私の見る限りでは……明らかに、闇刻みの環境からも逸脱していましたし。かと言って物質改造のようにも……霊術は、そこまで私は博学というわけでもありませんし」
色々と話し合ったが、結局結論としてはなんらかの突然変異の産物ではないかという曖昧な回答のまま終わり、レレノンへと帰還することとなった。
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