賞金首(4)

「――ですからね、人と会ったら『東の地方から来た』はやめてください。この世界に置いて極東は墓標大陸。グレイブヤード……そこを指し示します」

「わかったよ、グレイブヤードだな」


 ちょくちょくこの世界の常識をカーレンは言い含めてくる。正直、情報が多い上に耳慣れず段々覚えきれないのだが、必要なことだから否定もしきれない。

 教えてくれるだけ親切と言っていいだろう。

 しかし、正次は自分でも全てをきちんと覚えていられるかは自信が無かった。

「なあ、メモとっていい?」

「ダメですよ。新人の物質改造者がそういうの残すと余計な証拠になるかも……」


 そう、帰路につこうとしながら会話を続けていると、道中に人が立っていた。

「終わったかね、カーレン」

 それは皺のよった鷲鼻の老人だった。やや痩せ気味で、ベレー帽子の奥から覗く髪は真っ白。

「カラコルさん」

 互いの反応や言葉からすると、物質改造者のようである。


「痕跡は消しておいた。目撃情報の類も残ってない。最初にしては悪くない手際だったな」

 柔和な雰囲気の老人は、いくつかの確認をすると正次の挨拶にほがらかに答えた。

「よろしく。カラコルだ。スペインのシティコロニーから来た。君はバイアルだね」

「スペイン……!? それじゃあ、あの壁の中は、ひとつじゃ……」

「無論ひとつではない。様々な国の『都市もどき』が点在しては、我々のように一部の物質改造者を輩出し――そして、道具として従事させている」

「カラコルさん……」

「事実だ。別に組織批判という訳ではないよ」


 物質改造者は国家という枠ではなく活動している。各都市コロニーには表向きは軍事力すらない。あくまでそれぞれのコロニーは素体を排出する場でしかないのだ。

 変形こそしているが、その有様は人と言うより昆虫に近い。何がその巣をどうやって管理しているかという全貌を構成員が誰も知らないのも、また似ている。


(アリの巣の中のアリはケースの外を知り得ない、か)

 正次が思い浮かべたその像はそう外れた物ではないだろう。より厳密にはケースの外には出ているが、その仕組みや全容を知らないと言うに等しいが。


「カラコルさんは何十年も物質改造者として動いているベテランです。諜報や隠密活動を専門とされていますが……戦闘もかなりできる方ですよ」

「よしてくれ。そういう持ち上げられ方をされても、上には上が居ることなどよく知っている」

 各々が常人離れした速度で移動しながらも、職場の自己紹介その物のような空気は崩さない。


 ふと、正次の中に疑問が持ち上がる。

「貴方はどういう流れで物質改造者に……? 俺の場合は、その。間が抜けているというか――正直、実感があるような、無いような……」

 失礼な質問かと、思われたが。思いのほかカラコルはあっさりとこの問いには答えようとした。

「そうだね。まず……私の居たスペイン・シティコロニーはあまり安定した情勢を再現していない。上が決めた時代背景の設定か、それとも設置された地域の気候風土や安定の関係はわからないが。今も昔も、その状態である程度定まってしまっているんだ」


 情勢と言うものがより上位の存在から設定され動かされているという箱庭。だからこそ、荒れた世情すら設定の一つに過ぎないという事実に正次は気圧された。

 自分が居たシティコロニーは単純に運が良かったのだろうと考えざるをえない事実。


「幼い頃から私には友人がいた。親友と言っていい存在だった。だが、ある日刺されて死んだ……強盗に刺されたと言われたが、明らかに唐突すぎた」

 淡々とカラコルは言う。身の上話としてはあまりにも冷めていた。

「覚醒したのはその時だ。怒りと絶望でね。そういうタイプの「素体」も居るのだ。そしてこの世界がどうなっているかという構造を知った。私は全てに陰謀を感じとった……しかし――友が死んだ強盗は、結局のところただの強盗だった」

 カラコルは自嘲を帯びて笑った。とってつけたような小さな笑い声に、正次は上手く返す言葉が見つからなかった。


「友の死そのものには何の陰謀も無かったのだよ。結局のところ適正のあった私個人が物質改造者になるための、感情的な切欠に過ぎなかったわけだ。私は力を持ちながら仇に対して振り上げる拳を失った。そうして――今に至るまで、座りの悪いままだらだらと生きているわけだ」

 静かな間が、カラコルの言葉に続きを促した。

「何のことはない、物質改造者として私が長生きしているのは戦う場、いや死に場所を見失っているだけのことだ。サムやエフェクツと言った他の強者と呼ばれる連中はまた違うかもしれんが……」


「その、仇の強盗たちはどうなったんですか」

 思わず正次は聞くが。

「獄中死だ。重度の麻薬中毒者だったよ――」


「私が物質改造者となったのも君と同じくらいだろうか――ひとつアドバイスだ」

 レレノンの市街に着いて、別れ際に。

「真実に関係なく、人生は続くのだ。少なくとも私たちはここで生きている。それだけはどうしようもない」

 最後にカラコルはそういって正次の背中をぽん、と叩くとその場をあとにした。


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