四十七 殴りに行こうか
屋台のおばさんの情報に感謝して、そこでマンゴーを買った。食事にはならないが、カナシャに持っていけばいい。
オウリが帰っても姿を見せないと思ったら、ライリとゴタゴタしたからだったか。
誰と何があってもオウリとカナシャの間柄には関係ないと思うのだが、そういうわけにもいかないのだろう。なにしろカナシャだ。恋の告白など、初めてのことだろうから。
初めて。
なんだかイラっとしてオウリは足を止めた。
自分とカナシャはいろんなことをすっ飛ばして、いずれは嫁に、となった。
普通に恋仲になる過程はもう経験できないのに、他の男がそこに挑戦してくるのは腹が立つ。カナシャの「初めて」は全部自分のものにしてしまいたいのだ。
少しムスッとしながらオウリはカナシャの家に向かった。
木の下で話していたとおばさんは言っていたが、それだけなのかどうかも一応探りを入れてみよう。
十四歳の少女に対して、二十歳の男が大人げないことこの上なかった。
家の戸を叩いてお邪魔する。勝手知ったる、で仕事中のリーファはろくに見もせず「裏庭にいるわよ」と教えてくれた。土間を通ってそのまま裏に抜ける。
オウリが来たことなどとっくに感じとっていたはずのカナシャは、洗濯物のそよぐ陰でどんよりしていた。
「おかえりなさい……」
ほら、とマンゴーを渡す。やや頬をほころばせたカナシャだったが、果物屋台のおばさんに聞いたぞ、と言われて表情が固まった。
「ライリと、何があった?」
カナシャがグッと言葉に詰まった。
オウリはなるべく余裕の顔を保った。カナシャが悪くないことはわかっているので、詰問してはいけない。冗談めかして探りを入れた。
「何もされてないのに平手打ちするはずないな。口づけでもされそうになったか」
「なん……ッ」
カッとなったカナシャは一瞬オウリをにらみ上げたが、そこで考え始めて動きを止めた。
顔は近かったが、あれはそういうことではない、と思う。だが確信はない。
あそこで平手打ちせずにまごまごしていたら、そんなことになっていたのだろうか。
動かなくなってぐるぐるしているカナシャに、オウリは軽い絶望をおぼえた。
カナシャに悪気も浮気もまったくないのは知っているが、無防備すぎる。
「……そんなことはない、と思うのよ」
カナシャは自信なさそうに言った。つまり迷うようなことはされたんだな、とオウリのモヤモヤがつのる。
よし決めた。これからライリを殴りに行くことにしよう。
だがカナシャに対しては辛抱強く微笑みを絶やさない。カナシャの中ではどんな出来事だったのか把握しないとライリに文句も言えないから。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「えっと、オウリが忙しそうだから……」
「ああ、それは悪いと思ってる」
「どこかで浮気でもしてるんだって言われて……」
「ええ……?」
「だからオウリをやめて、おれと付き合え、て言われて……」
「……ああ、そう」
「気がついたら手が出てました」
ため息しか出なかった。ライリくんよ、なんでそんな陳腐なことを言い出すんだ。
ブーたれながら白状したカナシャの頬に、苦笑いで手を触れる。そのまま髪を梳いて指先で一房くるくるもてあそんだ。
そんなことをしても、もうカナシャは逃げたりしない。
たまに作れる二人の時間に御杜に行くと、ガジュマルの陰でそっとカナシャを腕の中に包みこむのが習慣になっていた。
最初照れてぎこちなかったカナシャも、そうされると安らぐことに気づいた。
オウリの腕の中ほど安心できる場所はない。
今日もオウリに触れられて、カナシャの気持ちはやっと落ちついた。ふ、と息がゆるむ。
「で、あいつ、どこまで近づいた?」
「え?」
表情が和らいだのを見計らってにこやかに尋ねられ、カナシャはしまったと思った。
さすがにわかるようになったのだが、これは商売で使う笑顔だ。カナシャにこれを出すということは、ここからがオウリ的に核心なのだ。
「口づけじゃないかと思うぐらいには近かったのか。場合によっちゃ、ライリをどうするか考え直すが」
物騒な言い方にカナシャの不安がつのった。
だがオウリがブチ切れる線がどこにあるのかわからない。観念して正直に、されたことを話してみた。
指一本触れられていないのだから大丈夫だろう。
「なるほど」
幹ドンに、広げた手のひら一個分の距離で顔寄せ、と。
どうしよう、拳固で一発殴るぐらいで済ますべきだろうか。それは顔か、腹か。
オウリは思案したが、心配そうなカナシャに気づき、髪をよしよしと撫でながら笑ってみせた。
「まあ、ライリのとこに行ってくるよ」
「え……あの、殺さないでね」
わりと真剣に言われて吹き出す。
「俺をなんだと思ってる」
「だって……」
ライリをどうするか、なんて言うからだ。
ちょっと説教しに行くだけだ、とオウリは言った。その後倉庫の手伝いに行くので忙しくてごめんな、と謝る様子はいつも通りだ。
まあ大丈夫だよ、とカナシャは自分を納得させ、オウリを送り出した。
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