二十八 再会


 家に行ってみても、やはりカナシャは帰っていなかった。

 珍しくカナシャ抜きでテイネやリーファと話すことになって、少し緊張する。


 最近カナシャが真面目に修行し始めたのは、クチサキとしての力を伸ばしたいからなのだろうとオウリは思っていた。

 しかし本人がいないから言うが、と打ち明けられた両親の本音は、力の抑え方を覚えてほしい、だそうだ。

 何故なら常日頃から神や精霊と交わって暮らしているなどクチサキとはいえ普通はありえないから、と聞かされてオウリはぞっとした。


 オウリと出会ってから、更にはっきりと声が聴こえるようになったというカナシャ。

 道を歩いていてもフイ、と声にとらわれて何処かに飛んでいってしまう心。あれはやはり、クチサキとしてもおかしいのだ。


「そういうところを操れるようになるといいと思って母に任せたんだけど、どうしているやら。向こうにいる兄が一昨日来た時には、なんだか苛々鬱々していると言ってたよ」

「カナシャが?」


 テイネに言われて驚いた。あの一直線な子がそんなこともあるのか。


「少し考えるようになったなら成長なんじゃない?」


 リーファがのんびりと言うのにテイネもニコニコうなずく。

 まったくの考えなしだと両親から思われていたようで、オウリは複雑な気分になった。そんな子に絆されている自分が馬鹿みたいな気がしてくるじゃないか。


 しかしカナシャのそんな様子を聞いてしまうとすぐにでもパバイ村に行きたくなる。

 それでもジンタンから持ってきた仕事を放り出すわけにはいかなかった。




 翌日は、持ち帰った案件を検討するために商会に陣取った。ラハウが朝帰りして引っ込んだのは、まあそっとしておこう。

 パジでの用事が済んだら茶を持ってイタン村に行くとして、刺繍の件をフクラに話してからにしたい。

 見本用に渡す品をズミと一緒に選び、大ぶりな花柄、うねるつると小花、色とりどりの羽を広げる小鳥、となるべく違う雰囲気の物にした。


「あいつ、ほんとに刺繍なんてできんのかよ」


 隅で丸まっていたシンが寄ってきて品物を眺める。こんな繊細なことができるように見えない、と言うのは背を叩かれたのを根に持っているのだろう。


「晴れ着の刺繍を請け負ったって聞いたぞ」


 普段着は自分で刺すのが一般的だが、晴れ着となると細かな刺繍と小珠大珠をつないだ飾りを合わせてそれは華やかなものになる。珠飾り職人と刺繍職人が共に仕上げていくのだった。


「なら大丈夫でしょ。見せてみるだけでもいいんだし」


 ズミが見本を分けて包んだところで、オウリが「あ」と入り口を振り返った。目を閉じてふうっと深呼吸してから、確信したようにうなずく。


「ちょっとすまん、カナシャが来たかもしれない。出てくるよ」

「え、ほんと?」


 オウリはさっさと土間に下りてくつを履く。

 どうしてそんなことがわかるのか。奥でナモイが振り向き、カフランも片眉を上げていた。面白そうにズミが乗り出す。


「いいじゃん、入ってもらえば」

「えええ、だってあいつ、うるさいし」


 コンコン。

 言っているそばから戸が叩かれた。ああ、とオウリが天を仰ぐ。

 ズミが戸を開けると、やはり立っていたのはカナシャで、おお、と一同は感心した。どういう仕組みなのか、もはや笑ってしまう。


「オウリ、やっぱり帰ってた!」


 だがカナシャは泣きそうな顔だった。他の者は目に入らない様子でオウリに駆け寄る。

 どん、とオウリの胸に頭をぶつけ、帯をつかんでギュウッと離さなかった。うつむいたまま、ふうぅ、と大きく息を吐く。

 予想と違う反応にオウリは戸惑った。


「カ、カナシャ?」

「あのう、こいつすごく心配してたんです」


 戸口からもう一人別の声がして、皆がそちらを見た。

 そこにいたのはハシホラだ。パバイ村からカナシャに付き添ってきたのだった。

 とりあえず中に入ってもらうと、自分はカナシャの従兄弟だ、と言ってハシホラが説明した。


 瞑想するとオウリの気配を感じられるようになったこと。その気配が十日も途切れていたこと。昨日の昼過ぎに突然オウリがパジに帰ってきたと言い出したこと。気配がなかった間は事故でもあったのかと生きた心地がしなかったこと。


 昨日カナシャは、すぐにパジに行くと泣きそうになって言い張ったのだ。

 だがいくら知った道で遠くはないとはいえ、女の子一人を村から出すのは危なくてさせられない。マダラもハシホラも手が離せなかったので今朝発つことになってしまったのだった。


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