三十 豆花でおやつ


「温めた豆乳をくるくる混ぜながら、にがりを少しだけたらしまぁす」


 サヤは真剣な顔でポタポタッとにがりを加え、素早く均一になるようかき回した。静かにへらを抜くと、両脇から鍋を押さえていた弟妹に「はあい、もういいよ」と声をかける。弟のチグがわくわくして目を輝かせた。


「姉ちゃん、もう固まる?」

「少し待つの。その間にお椀とお匙を出してね」


 今日の午後は、カナシャの幼なじみサヤの家で豆花作りが行われていた。今朝、祖母の家から戻ったカナシャが、サヤに頼まれていたを伯父のもとから手に入れてきたのである。

 普通の豆花は石膏の粉で固めるが、豆乳はにがりでも固まると聞いたサヤがやってみたいと言ったのだ。

 サヤとチグ、妹のリナ、そしてフクラとカナシャ。弟妹の子守りも兼ねた、カナシャの帰宅を祝うおやつの宴だ。

 鍋を揺すったサヤは、ふるん、と揺れる豆花にホッとした。これで失敗していたら、まだ五歳のリナが泣くだろうから。


「おねえちゃん、ふるふるね」


 リナが卓に手をついたままぴょんぴょんと跳ねる。お座りしなきゃ食べられないよ、とフクラに言われてリナとチグが並んでいい子になった。


 温かい豆花をすくってお椀によそい、糖蜜をかける。

 鍋の底の方の出来にムラがあり、おぼろに崩れたり水が染みだしたりしているのを見てサヤは悲しそうになった。

 やっぱり難しい。間違えたのは豆乳の温度か、にがりの量か、かき混ぜ方か。


 サヤはこういう実験が大好きなのだ。

 両親共に糸や布の染色屋で、幼い頃から染料と触媒に囲まれて育った。同じ染料でも条件の違いで発色がまるで変わるのが面白くて仕方ない。

 サヤの見た目はほわほわ可愛らしい女の子だが、中には職人な面が潜んでいるのだった。


 気をとりなおしてみんなにお椀を配ると、さっそく頂いてみる。舌触りがいつもと違うが、味は悪くなかった。


「あちゅっ」

「リナ、ふーふーして」


 中に熱い部分があったらしく、リナがびっくり顔をする。すると隣からチグがお椀を吹いてやり、くすぐったがってリナがコロコロ笑った。


「あー可愛い」


 小さな兄妹を眺めてカナシャがニマニマする。もとから子どもは好きで近所の子の面倒はみているが、子ども達の方からは仲間扱いされているようだった。

 でも最近少しお姉さん的立ち位置に変わってきている気がするのは、たぶんカナシャが大人になろうとしているからだろう。


「なあに、早く子どもがほしくなったの」


 フクラにそんなことを言われてカナシャは咳込んだ。


「話が飛びすぎでしょ」


 なんとか言い返すが、今朝のことを思い出して耳が熱くなった。考えないようにしていたのに。


 オウリの無事な姿を見てついしがみついてしまったのは、とてもはしたなかった。しかも商会の皆さんの前である。

 やっちまった、と後で気づいて家で転げ回ってタイアルに気味悪がられたぐらいだ。


 だって、ずっと心配で怖くて仕方なかったんだもん。

 そう言い訳してみるが、オウリがそっと背中に手を添えて優しく頭を撫でてくれていたことなども思い返すと、身悶えしてしまう。もう恥ずかしくて死にそうだった。


 ぷしゅう、と卓に突っ伏してしまったカナシャは、突然オウリの気配に気づいてビクッとした。なんだか近くに来ているような感じがする。

 だがオウリはサヤの家を知らないはずだ。まだ午後の早い時間だし、この辺りは職人の町だからきっと何かの仕事なのだろう。

 カナシャはそう思い込もうとした。今会うのはちょっと恥ずかしい。

 そう考えていたのに、オウリはどんどん近づいてくる。カナシャは我慢できずにガバッと起き上がり、戸口に駆け寄った


「カナシャ?」


 フクラとサヤが不思議そうにする。シーッとみんなを牽制して、カナシャは外の気配を窺った。オウリがすぐ側まで来ている。

 戸の前で足が止まったのを悟ってカナシャは観念した。そっと戸を開けると、驚いた顔のオウリがいた。


「カナシャ」

「なんで、来るのよぅ……」


 うっかり漏れてしまったカナシャの心の声に、オウリはわけがわからなくなった。


 ソーン刺繍の見本である絹の小袋を携えて、オウリとズミはサヤの家を探して来たのだ。

 フクラに会いに家に行ってみたら、今日はサヤの所だと教えられた。サヤが下の子達の面倒をみなくてはならないから、そんな日もよくあるらしい。

 だがたどり着くと、戸を叩くより早くカナシャが顔を出してこれだ。そんなに邪魔だったかと少し傷つく。


「えー、ホダシちゃん、ひどぉい」


 ズミが後ろから茶々を入れる。するとフクラが出てきて、あら、という顔をした。


「カナシャを迎えに来たんですか?」

「あ、いや。君に頼みがあって探してたんだ。お宅に行ったらこっちだと言われて」

「私?」


 怪訝な顔をされる。それはそうだろう。後ろにいるズミにも視線をやり、首をかしげられた。


「こんにちは、カフラン商会のズミと申します」


 ヘラヘラと名乗るズミは、もちろん前髪で顔を隠して出歩いている。フクラやサヤにも素顔を晒すのはやめてくれと言っておいた。ズミの顔面は青少年の健全育成に悪影響を与えかねないと思うのだ。


「商会の人ってことは、何か商売のお話ですか」

「そうなんだけど、お邪魔だな。また明日にでもしようか」

「邪魔なんて。豆花を作って食べてただけだから」

「え、でも」


 カナシャをちらりと見る。さっきジト目でにらまれたので来てほしくない理由が何かあるのだろうと思ったのだが、今度は目をそらしてモゴモゴと話す。


「い、いいのよ。どうぞ入って」

「カナシャの家じゃないでしょ」


 フクラがクスクス笑いながら招き入れてくれた。いや、フクラの家でもないはずだった。



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