二十一 大陸の港町


 アニで石材を買い付けた後、再びセンカを経由してパジに戻る。

 そう思っていたのに。


「ソーン初上陸、おめでとうオウリ!」


 ナモイに肩を叩かれてもオウリは無表情だった。


 俺はどうして、ソーンの貿易港ジンタンにいるのだろうか。


 アニから戻ったセンカで、見学のふりをして外洋船に乗せられ否やもなく海峡を渡った。他の商会とも乗り合いで「普通の貿易だから安心しろよ」とナモイにささやかれたが、そういう問題じゃない。

 アニに行ってこいとは言われたがその後ソーンに回るなど一言も聞いていないのだ。


 カフランからは確かに先日「海を渡ってごらん」と言われた。

 だが内緒で実力行使することはないだろう。お茶目にもほどがある。


 考えてみれば初日から違和感はあったのだ。

 今回の出張は「半月ぐらい掛かるかな」と言われたのでカナシャにもそう告げた。おかげでカナシャはその間祖母のところに修行に行っている。

 だが二日でホゥラに着くならばそんなに日数は掛からないはずなのだ。

 納得いかない顔のオウリにナモイは苦笑した。


「オウリは有能なんだが……人がいいよな」


 言葉とはうらはらに、褒められている気がまったくしない。オウリはブスッとして言い返した。


「人が悪い上司にはかないませんよね」

「すまないなあ」


 笑いを堪えられなくなったナモイも十分人が悪いのだった。カフランに比べればまともな人かと思ったが、あの人と子どもの頃から付き合い続けられるのだから相応だ。


「あいつはいつまでも悪戯っ子でな」


 あなたもだ。何故自分だけ棚に上がる。

 まあ来たからには仕方ない、せいぜい見聞を広めておこうとオウリは開き直った。大国ソーンというものを見てみなくては。


「ほらあ、行こうよ」


 町の中心部に向かってさっさと歩きだしているズミが振り返って呼んだ。


「お、ちょっと待て。今回はそこの米問屋に用がある」

「米?」


 港には各種資材の問屋が集まっている。それぞれ大きな倉庫付きだ。

 広大な国土に大量の人口を抱えるソーンでは国内物流も船を利用しないととても賄いきれない。ジンタンは貿易のみならず物流そのものの一大拠点だった。


「ハリラムすべてが被災すると仮定すると、他所から輸入しておかないと意味がないからな」


 ナモイはオウリに目配せした。自分の進言を受けての措置だとわかり、オウリは軽く頭を下げた。


 パジ周辺を救うためにシージャの他の地域が餓えては意味がない。

 かといって例えばカダルの米を買い集めても、向こうの民が困窮すれば戦いが起こるだけだ。だからソーンから買い付けるのだ。


「こっちも去年一昨年と豊作だったから、価格は下がってるし」


 船代を上乗せしてもそんなに割高なことにはならないという判断だ。

 実際に備蓄分を市場に出さねばならない事態になったら、その時はツキハヤ様が買い取って下さるさ、とナモイが真顔で言った。

 だがその非常事態が起こらなかったら。

 オウリは責任を感じた。もちろん地震など起きない方がいいのだが、買い付けて無駄にするわけにはいかないのだ。古い備蓄から上手く捌いていかなければならない。まあその辺りもカフランなら考えてあるのかもしれないが。


 米をはじめ今回買い付けたかった物品の手配を大体済ませ、次は物見遊山といくか、とにぎやかな街の中心に連れて行かれた。

 東西南北に整然と走る通りと建ち並ぶ店々。

 ここでオウリはいらかの波というものを初めて見た。


「華やか、ですね……」


 呆然と呟く。

 延々と連なる朱い瓦屋根の並み。

 建物の柱に施された花鳥風月の彫刻は、赤、青、黄、緑に彩られ、円い窓枠も赤く塗られている。

 人々は丈も袖もぞろりと長い衣をまとい、そこには優美な草花や精緻な鳥獣の刺繍が施されていた。彼らは木沓きぐつをコツコツと鳴らしながらゆったりと歩き、笑い、さんざめく。


「ここには、働く者はいないんですか」


 あんな格好では動けやしない。信じられないという顔のオウリに全員ががっくりした。ナモイが呆れる。


「まず気にするところがそこか。実務主義だねえ」

「……農家の出なので」

「ここが表通りだからだ。裏に回れば他の面が見えてくる」


 同じく農村出身のラハウが言った。彼も今は町暮らしだが、ここまで煌びやかなのはどうも馴染めない。虚飾、と感じてしまうのだ。

 それでも都の壮麗な様に比べれば、ただの港町のジンタンなど大したことはない。


「あの屋根は、瓦というものですよね。けっこうな重さだと思いますが、ここらは地震はないんでしょうか。木の柱や壁で支える、特殊な構造があるのかな」

「アニにも石板葺きの建物があるが」

「あれは石積の壁でも支えてますし、重い屋根を支えるために梁も選び抜くんですよ」

「よく知ってるな、おまえ」


 シンが素直に感心した。感覚的に生きているシンと理詰めで突き詰めたいオウリはまったく水と油なのだが、お互いに足りないところを補い合えれば上手くいくだろうとナモイは思った。


「あ、ほらほらオウリ、これがトラでこっちがタツだよ」


 店の入口にあった衝立ついたてに描かれているのを見つけてズミが手招く。

 龍虎の争いの図を見てオウリは沈黙した。

 どちらもギョロリとした眼が印象的だ。トラは確かに大きな猫かもしれないが、タツは。しばし考えてオウリは言った。


「空想の生き物とはいえ、この細い脚ではヨチヨチ歩きだな」

「歩かないよ、飛ぶの!」

「飛ぶ? 羽もないぞ」

「あれ、そうだね、どうするんだろ……」

「やめろやめろ。伝説を理屈で考えるなよ」


 ラハウが笑って止めた。一周回って会話が間抜けだ。するとシンが鋭い指摘をした。


「だいたいおまえこそ、ホダシなんて理屈じゃわからねえ相手がいるくせに」

「う……」


 オウリは言葉に詰まった。

 姿が見えもしないのに胸のざわめきに導かれて惹かれ合い、人混みを掻き分けて出会った様子はカフランがとっくに言いふらしている。

 あれはまさに理屈で説明できない力によるものだった。


 カナシャのクチサキの力だってそうだ。

島の声とやらがどんな風に聴こえているのか、オウリにはまるでわからないが、彼女が何かを感じているのは確かなのだ。

 オウリ本人の志向とは逆に、フワッとした謎ばかりに囲まれているのは本当に奇妙なことだった。







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