三人目……(二)【脆き平穏の忌譚】

 ◆◆◆




 ――ついさっきの、思い出した。

曰く『人ならざる存在達がいとな喫茶店きっさてん』ての。あの噂。まさか、嘘だろ、マジで、ここが……?


 のこのこと奥に入ってくんじゃなかった。

バーガーショップから出たら繋がった非現実の時点で異常性やら危険性とか気づけよウチのバカ!


 戸惑いと、恐怖やら、不安とか、そんなん。

噂のこと認識したから、押し寄せる感情の波。

 強気をよそおってても、内心こころのなか荒波あらなみに飲まれて、


「ぅっ……っ……!」


 ウチはまるで『へびに睨まれた蛙』みたいに身動きの一つもできないでさ。バカっぽく口開けながら身体をすくませて、座敷ざしきに居た化け物の少女と何十秒と見詰め合ってた。きっとウチはアホずらさらしてんだろなって思う。ウケるよな。逃げれも隠れも抵抗さえもできないバカとアホで構成された失敗作な生き物のウチは彼女バケモノにとってはちょうどいい獲物だろうなって内心笑えてくんの……。


 対して、腕を伸ばせば届く程度の距離で固まってるウチの姿に、彼女バケモノは少しだけ頭をあげてうかがうような上目遣うわめづかいをし始めると、蜷局とぐろ状にしてた尻尾を胸の前に持っていって大事そうに抱える。そいでその後は何を考えてるのか分からない目でもって真っ直ぐに『じぃー』てウチを観察してくるわけ。


https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818023213023497228


 見るな。見るなよ。見んなって……! 

 ウチへの視線をやめろよっ! やめ――ッ!


「…………んぐっ!?」


 ――急に目眩めまいがして、視界が回り出す。

あ、そうか。緊張で息すんのも忘れてたわ……。


 視線。視線。視線。やめてくれ。やめてよ。

 走馬灯みたいに浮かぶ、最悪な昼間の記憶。

 ウチが悪い、そうだよ。失敗作ウチのせいだよ。

 

 でも一緒になってやったのに責めるのかよ。

 友達て言ってたのに、ウチだけさらし者かよ。

 聞こえよがし、皆で指揃ゆびそろえて向けて犯人ウチて。


 軽蔑けいべつに、あざけり、はずかしめの見世物にする私刑。

 こうなるなんて、思わなかった。許してよ。

 匿ってよ。庇ってよ。助けてよ。一人でも。


 視線。視線。視線。感情の荒波は重なって。

 最悪な昼間の出来事、戸惑い恐怖と不安で。

 逃げられない。逃げたくない。逃げさせて。


 ……逃げ込めるとこが、欲しかったんだよ。

 昔優しくしてくれた遠い親戚の兄みたいな。

 ウチをわかって、引っ張ってくれる逃げ場。


 そんなとこ、どこにも無いってのにさ……。


「……はぁ……はぁ……」


 息すんのを思い出して、視界が晴れてきた。


「スゥ……はぁっ! すぅっ、はぁ――!」


 嫌な追想に頭を押さえて、深呼吸をしとく。

 現実でウチが見詰め合ってる相手に向かう。

 彼女バケモノの視線は、余計いやな感情をすすいでくれた。


 心に残ったのは彼女バケモノへの恐怖だけで……。

 命の恐怖、それはウチの心を少し軽くした。

 

「っ……なーに見てんだよ……!」


 うわべのいきおいで言ってみるけど反応は薄い。

頭をかたむけ、ぱちくり瞬目まばたきをして返されてもよ。


 どうすりゃいい? 目をそらして平気か?

でも視界から外してみたら、その瞬間に頭から飲み込まれるなんてウチは嫌だぞ、ホントにっ!

 なぜか動画共有サイトの『オススメ』で出てきたアレ。油断した獲物に食らい付いて、ゆっくりと飲み込んでく爬虫類へびの動画を思い出す……。


「……お客様。居るそれは気にしなくていい。

いんてりあ? おぶじぇ? みたいなもん」


 そんな感じで、ウチが無駄に数分はダラダラしてたから給仕の幼い少女にそう言われたわ。


「こんなオブジェがあるかっての……!」


「今のとこ、そこに居るだけの置物。

何なのか母様かあさまもわからない、何もしない置物」


「置物てよ」


 そこに居るだけ? 何もしない?

 ならウチは、びくびくして損したのか?

 ホントだな? 食べられたりしないんだな?


「さっさと座るといい。それかひやかし?

頼むものべつに無いなら、お帰りはあちら」


 ……そうか、普通に帰っていいのか。

 へ。帰っていい? 後ろから襲われないか?


「――まぁ、ナズナ。約束でしょう?」


「ん。……はぁい。母様とのやくそく――。

お客様のお出迎えから、お見送りまで。しんせつていねいに、まごころをもって接客します」


 そのウチへの雑な『帰っていいよ』的な発言は失言だったとかか。接客について注意されて唇を尖らせる、名前を【ナズナ】というらしいあの幼い少女。そのナズナの頭を、注意した後に優しげに撫でる黒着物な白皙の彼女。そんな感じのやり取りは横目で見ててもなんか緊張感とかがまるで無くてさ。座敷席の前で、ウチ化け物アイツと生存を掛けた必死の睨み合いをしてるって状況にしては不釣り合いで、ウチは一人で何をやってんだかってバカらしくなった。


 で、帰っていい……て? 人を食べる店がか?

ウチの解釈が間違ってんのか? ……そうかも。

頭が冷めたわ。もう一度、記憶を整理だなこれ。


 あー? あー! たぶん考え違いしてたわ。

噂の内容をよく思い起こしてさ。前提でここが噂の店だと決め込んでだけども、噂じゃあ別に『やって来た人間を直接補食する店』ってわけじゃなかったけな。ウチは『人を食べる店』って聞いた部分のとこの印象が強く先立って、そのまんま彼女バケモノの食事にされるのかと身構えたけど。でも、なら必要ない警戒しちまってたてことか。直接の身の危険が無いってんなら、目の前の彼女コレな。こんな鱗と尻尾があるだけの“ちんちくりん”に怖がるかっての……。


 マジにダサいな、勘違い長々と引っ張って。

 ウチはバカ丸出しだ。反省、肩の力を抜く。

 そのおかげで完全に緊張がとけたから、


「この……コイツは……?」


 ウチはそうらしてた。初対面の人外な少女を指して『コイツ』扱いは、ちょいあれだけど。

 とても個人的なウチの意趣返いしゅがえしで、彼女バケモノが被った龍的なモチーフの仮面から伸びる角っぽい装飾を手のひらで軽く押してやった。すると大きな角の装飾のせいか、それだけでバランスを背中側に崩したのか「ぁぅ!」と小動物みたいな鳴き声を出して、置いてあった座布団の上に倒れて。なんか自分自身では上手く起き上がれずに手足と尻尾をバタつかせてやんの。怖い彼女バケモノに勝ったぞ! っても嬉しくも何ともないし。てか、ちっとも怖くなかったわ。わかった、彼女コイツの正体はマスコット人形だったか。


 流石に倒してそのまま放置する程まではウチも性格が終わってるわけじゃないから、鱗とか生えた生理的に苦手な腕とかを直接触らないように工夫して座布団を引っ張って起き上がらせてやる。ウチに起こしてもらったお礼なのか、先に倒されたことへの文句なのか「むぅー!」と変な唸り声で返された。

 彼女の顔は仮面によって隠され、唯一そこだけが見える瞳孔どうこう縦長たてながな蒼い瞳は、動物的な警戒色の中にどこか人懐こい雰囲気も含ませてて。どっかの誰かさんに似てるような似ていないような。……いんや、背丈とか髪型は似てるといえば似てるけど、髪や目の色合いとか以前に人外な身体特徴がぜんぜん違うってのに、ウチはウチが知っている『誰かさん』のことを連想してて勝手に腹を立ててるってことに気が付く。あーやだやだ。


「ん。それ? 気に入った? 欲しい?

物買ってくお客、そういうお客もたまに居る。

お客様はお目が高い。母様……売っていい?」


「ナズナ。うふふっ、悪い子ねぇ……?

もぅまなよ。その娘はどころなき泡沫うたかたおもかげからわかれた一滴ひとしずく水底みなぞこまかかえることもできぬ何か。それゆえ妾達あのひとは迎え入れたのです。仮初かりそめとはいえども、これからここでの同胞はらから傍輩ほうばい姉妹みうちなのだと伝えたでしょう? そのような扱いをしてはなりませんよ」


「……ぅはぁい。ごめんなさい……。……怒られてしまった。ナズナから母様や姉様達を奪いかねないあのキケンな『妖怪トカゲ女』を成り行きで始末する計画だったのに……んむ、だめか」


 店員二人の声は聞き及ばないでさ。

ウチはまた個人的な意趣返しで、今度は彼女の龍な仮面を取ってやろうと手を掛けた。いやまぁ、彼女の素顔に興味があっただけだけど。なんか確かめないといけない気がしたのもある。彼女からは「むー!」とか「ふにゅー!」とか鳴き声と指で些細な抵抗をされて、仮面がズレた瞬間に、ウチは指先に熱を感じて、腕ごと反射的に引く。指先を見ると小さな歯形がついてて、徐々ににじんでくる血。あ噛まれた。噛みやがったよ。


 指先の血をポケットティッシュでぬぐい、ハンカチで巻いて押さえる。おいこれバイ菌とか大丈夫なのかよとか、おまえ動物かよとか、置物じゃねーじゃんとか、色々と口から出かかったけども。いやこれ全面的にウチが悪いからさ、何も言わないように気を付けて口をつぐむ。でもせめての感情の捌け口で、噛んだやつの顔を睨んでやったわ。


 そしたら噛んだ本人だってのにさ、仮面越しに綺麗な蒼い瞳を揺らして『じぃー』ってウチのことを心配そうに見てやんの。うざ、うざすぎ。

 なんだよ小さな傷だよこんなんって、指を見せて手の平をヒラヒラ振ってやると。その手の平をいきなり掴まれて、結構力強く引っ張られて、ウチは身体ごと『ぐいっ』と持ってかれててさ、なんか自然に隣の座布団に座らせられてんじゃん。


「…………ここ、座って良かったのか?」


 ウチの言葉に彼女は、ウチの指をハンカチの上から壊れ物みたく抱きしめてきてよ。きっとたぶん『肯定』的な感じで応えてくれて。手の鱗の肌触りは気持ち悪かったけど。少し、嬉しかった。


「じゃ、座ってやるよ……」


 ウチはあんま普段は使わない顔の筋肉で笑う。

彼女も仮面の内で微笑んでくれてる気がした。


 もしも。ウチがこんなんじゃなけりゃ、アイツともこうやって付き合う事もできたのか? 友達と思ってた奴らに、見放されたり裏切られることも無かったのか? 両親に愛されることもできた? 死んだ親戚の兄に好きだっつって伝えられて、ずっと近くに居てもらうこともできた? あり得ねぇ。絶対にウチじゃ無理だ、無理だっての、現実はこんな失敗作だから。

 ウチが座ると、店員二人が近付いて来た。


「聞いていい? ウチは物理的に食われるとかそんなん無くて。帰りたいなら、今帰ってもいいの?」


 ちょうどいいから聞いておく。


とお答えしましょう。

……当然ですわ。御客様であることを他ならぬ御客様自身が放棄なさるのでしたら、店に引き留める理由は無く。むすばれうるよすがも裁ち切られてしまいますが故に。御客様の選択に尊重を。お帰りになるならば、どうか前途多難ぜんとたなん憂世うきよたる苦界くかいで、まことたされぬままでも足掻あがき、何時いつかは実を結べますよう。陽の光の下で人並みのさち多からんことを……そのように送り出して差し上げましょ」


 はんなりと丁寧で優しげに言ってくれるけど、彼女は喋るたびに一々言葉が難解で長くてクドい。『帰っていい?』に『はい』で良いだろ。ていうかさ、


「幸せ、なんてよ……ウチには……ッ!!」


 質問に返された言葉。『幸多からん』ての、

その物言いがすごいウチのしゃくにさわった。選択を尊重するって何様だってーの。ウチは近い将来に破滅するしかないのに。なのに現実でせいぜい幸せになれて? 詭弁きべんだろ。聞いた噂じゃ、それが簡単にできない奴がこの店に来んじゃないのかよ?


 ……この感情が、八つ当たりなのわかってる。

けども幸せを得られる、帰る場所なんて無いの。


「帰っていい……なら、帰りたくないわ」


「まぁこれは、美しい哀愁あいしゅうの音を響かせて。

うふふ、念の為に申し上げましょう。妾達わらわたちはまさか貴女を取って食べたりなどはいたしませんとも。こちらは先に申し上げた通りであり、せんずる所は大乗的たいじょうてきな『人助け』を目的とした御店やしろ。由は純然、御客様の全てを対価に『望まれた救済か破滅のむすびをもたらす』ただ其処故そこゆえここは在るのですわ」


「ん。座ったなら、頼むといい。

めにゅーは、お客様だけのとくべつなもの」


「…………」


「貴女はここをどうとらえ、どうするか。

弊履へいりつるがごとし、れ日々をつ、変貌ねがいに身をゆだねるならば、素晴らしき事。現下げんかで踏み止まるならば、それもまた良き事。どちらにしろ今宵こよいの貴女は闇中に消え失せ、ここの全てを忘却なおざりにし、次の陽は昇りましょう。あるいは一期いちど一会かぎりの夜の縁。よくよく吟味ぎんみし見定めてくださいませ」


「めにゅーで、どうなるかはお客様による……。

けどたいていは、ろくなことにならない。そうやって注意しておいても変貌めにゅーを願い、頼むのは、どうしようもない人の性だと母様は言う」


「……意味わかんないっての」


 って口にしたけど。でも、そうなんだ――。

たとえば『別人になりたい』とか。叶うのか?

 いや、そんなん興味ない。ウチは望まない。

なら、叶うというならウチは何を願うんだろ?


 ――バカバカしいよな。へ? 何がって?

こんなの、あからさまだろ。よくある悪魔の誘い的なやつに決まってんじゃんか。話に乗るやつがバカバカしいって話だよ。でもウチは、バカだから。客の『全てを引き換えに』して【“今”とは別の生き方を提供してくれる。人の弱さを食らう店】てさ。

 どうせ明日には破滅するかもなら……てさ。


「ナズナからの忠告。あんなことになるかも……? 

あの妖怪トカゲ女も、色々あった成れの果て」


 置物って、商品見本サンプルって意味かよ。


 ともかく。彼女バケモノ彼女このこなりの何かがあって、そいで人間を捨てて異形こんな姿になったとかいう感じ? 

 もし同じような末路を辿ったらさ。ウチも置物みたいに扱われて、彼女このこの横に座らされるの?

 ……それはそれで、良いかもしれないな。

……なんて思ったウチは、もう壊れてるんだ。


 ……ウチは。


 ……なにか……何かが欲しかったんだ。


 ……きっと………だから頼もう。かな、てさ。




 ◆◆◆




「強くむすばれ得る、忌譚きたんが一つ。

えぇ確りと。注文がんぼうをここに承りましたわ」


 指示されるままに目をつぶって。

ウチは闇の先にある自分の変貌ねがいに手を伸ばした。


「どうぞ。握り、折り、ちぎり……。

是非とも触れ合い、味わって下さいませ――」


 それは、忌譚きたんの一片とかなんとか。


「――忌譚きたん患処わずらいどころの節、【井底セイテイノ弊穏ヘイオン】ですわ。

こちら。世俗せぞくのしがらみに心底から嫌気が差した者がおりまして。その者が酔いの深さに誘われた村外れの林の奥、偶然に見付けた古井戸の封を退け、内の様子を覗き込んでみたところ、その井底せいていかつて見たためしのないうるわしく心惹こころひかれる仙境べつせかい垣間見かいまみてしまったと。その者は平穏を求め、そこに身を投げてしまったと。かような物語で……」


https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818023213306387350



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