三人目……(一)【硝子心の晒し者】

 ◆◆◆




「――ねぇさ、ねぇねぇ! このサイト!

ほらほら! 見てよ、この噂っ!」


【――まことしやかにささやかれるうわさ………。

寂れた田舎町の深い路地裏の何処かに、人ならざる存在達がいとな喫茶店きっさてんが在るのだという。店の入口は心の隙間。人の弱さを喰らう店……】


 怪しげな喫茶店の噂。人を食べる店の噂。

そんな眉唾まゆつば話を誰かが誰かに教えている声だ。

騒々しくてたまらない。早くどこか行って欲しい。


「へーうけるー」


「ちゃんと聞けや!」


【――いわく、その喫茶店では、おとずれたお客様の全てを引き換えに“今”とは別の生き方を提供してくれると噂されている。それは、もしも、あるいは、たとえばと。誰しもが抱える理想願望じぶんじしんと向き合う機会。人が人であるがゆえに必要とされる禊祓せんたく。すぐに引き返すか、何かを願って店の『メニュー』を頼んでしまうのか、全てはお客様の本人しだい】


 そこまで言ってだんまり。無言の間。

話し声は息を呑むように一拍置くと、続け。


【だから……もしもアナタが次の『お客様』になってしまったとしたら、よく考えて決めなければならない。一度選び、頼み、運ばれてしまったモノは返品ができず。後悔したって、その頃にはもう来た道を戻る事はできやしないのだから――】


 ――と。そんな馬鹿げた内容の噂話だった。

 アホらしい。『別の生き方を提供してくれる』『全ては本人しだい』だって? 怖い話だとしても中身が無いし、曖昧に過ぎるだろうに。いかにも頭の緩そうな奴らが好きそうな、そいでもって頭の悪そうな奴が考えたんだろう話なこった。


「くだんねぇー」


 その言葉に、心の中で同意しかない。

聞き耳を立てていたわけでもないのに最初から最後までしっかりと噂話を聴かされ、脳みその要量を無駄に使った事に腹が立つ。あー損した。もう本当に騒々しいっての。おまえら早く出て行けよ。


「つかさ、あんたはもぉーほんとぉ昔からそういうの好きだよねぇ? 現代怪談、都市伝説ての?

毎度それを聞かされるけど、興味薄塩味だし」


「……はぁー? おい、夢があんでしょが!

宣言しましょか。もー好きだよ、あたしゃ!

口裂け女に、メリーさん、ドッペルゲンガー、ちっこいおじさん、アザミキザミ、カエデノ様、ケセランパサラン! なんでもこいやー!!」


「そかそか。受験を控えてついに壊れたか。

くわばらくわばらー! えんがちょよぉー!

人間、現実逃避をし出したら終わりだわー!

つかなー会ったら死ぬやつ混じってんぞー!」


「なちゅらるみー、すげぇひでーな!

おまじないとか占いとかは、女子のたしなみよ!

ネットろあーは、その延長線上なんさ!」


「てかヤバばばっ! もうこんな時間じゃん!

ポリーに見付かったら補導でGoされっぞ!」


「聞けや! ……いや、ヤバいっすね。

ほな、かえるかえる! ぴょんぴょん!」


 バタンッと入り口の扉が閉まる音。

バカな声を上げ、洗面のところで化粧直しでもしながら駄弁だべっていた二人が足早あしばやに出ていった。


「…………」


 ……静かになり、個室の中で顔を上げるウチ。

個室の扉に書かれた『バカ』『犯人はオマエだ』『逃げるな卑怯者』『◯◯のこと好き』『アホ』『後ろに居るよ』『どこにいるの?』『お前の居場所なんてないよ』『消えろ』『ビーフカレーみそしるinうどん裏の自販機に有った』そんないくつかのラクガキが目に入ってイラッとした。


 ともあれ。そういえば現在の時刻か。

去って行った二人が発した言葉で意識する。


「……あいつら『こんな時間』て言った?

はぁ、あー今って何時なんだか……携帯は」


 ウチは携帯を取り出して、すぐに仕舞った。

そういや電源を切ったままにしていたんだ。そいで電源は当分の間は入れたくはない気分だった。何故なら今日は色々とあって最悪の日で、夕方頃からメールが絶え間なく届くようになり、電話の着信も引っ切り無しに鳴り響いて。ウチはもう本当に本当にうんざりになって電源を切ったんだから。


 腕時計を見ると、23時半をこえたとこ。

自分に呆れた。要するにウチは思っていたよりも長時間ムダに、何もせずうつむいたまま個室の中で座っていたってことで。あーどうりで少し降られて湿っていた髪も制服も乾いているはずだな。

 この時間にもなると壁越しの店内そとから聞こえる音もガヤガヤとした人混み特有の喧騒けんそうは無くなり、もしかしたらもう店の中には他に客は誰も居ないのかも知れない。喧騒そうぞうしさが去ってみてやっと耳に留る店のBGMはジャズ風の落ち着いたピアノの曲、ウチの好みに分類できる曲であって。でも店内に他の客が残っていないなら、誰の為でもなく無駄に流されている無意味な曲で。もう止めてしまえよと思った。好みのはずの曲は今日の最低なウチの心には響かず、ただの嫌な喧騒と変わりがないから。


「……あー、しんど」


 このままここで夜を明かしてやろうか。

頭に浮かんだ“それ”は意固地いこじになっているだけなのか自分でも不明で曖昧な愚案。バカらし。


 今は持ち合わせがほとんど無いから、よくウチらが利用してる『ホテルモドキ』は使えない。仲間内でそう呼んでる『カラオケ店』や『マンガ喫茶』なんだが、年齢確認が雑で高校の制服を着たままの未成年でも入れてくれる良い宿なんだけども。

 それに加えて今は誰にも頼れやしない。頼りたくもないや。友達の家に泊まるなんて論外。あー友達なんてのは間違いだったな、友達なんて口では言っていてもいざ状況が悪くなれば簡単に裏切ってくるような奴らだ。もう絶交してやるさ。


「うざ」


 そいでも家に帰るのなんてもっと論外。親はウチに昔から関心がなくて、普段は『子供が怖くて手綱も取れないから』とご近所さんに公言して放任中。なのに世間体せけんていだけはめっぽう気にする矛盾こしょうした思考バカ回路アホ機械ロボットだから。もしも今日の事が伝わっていたらと思うと、また『しつけの為』と称して『見せしめ』まがいの暴挙バカに出るのではと嫌な感情が沸いてきやがる。勝手にウチの私物を壊して捨てて、高校を止めさせて、問題のある未成年者の更正施設にでも入れるとかな。あの親ならやりそうだ。いや実際に似たような事を前にしようとしたか。世間体って何だよ。自分達で『子供が怖くて手綱も取れない』って子供ウチの教育失敗を暴露し、決まった額の金だけは渡してくるがそれ以外の責任を放棄し、外に突き放してる時点で世間体も何もないアホだろうによ。


「うぜぇな」


 そうさウチは親にとって失敗作さ。だから本当の失敗作になってやった。バカへの子供バカな反抗はウチがウチであるために必要だった。ウチにとって大切なものや好きなものを、奪われたり壊されたり失くさないようにだ。それらを守るための行動や手に入れるための努力も、その場の感情に任せた親譲りのバカな出力やりかたでやった。たぶん間違いで悪い事だと自覚しつつもやった。バカの子供で失敗作なウチには他にうまくやれる方法なかったから。


「ウチが一番、うざすぎ」


 結果的に全て一方的にウチが悪い。

誰にも咎められないまま、今に来てのツケさ。誰かが途中でウチを叱ってくれりゃ良かったのに。友達て言うなら一緒にバカ笑いしてないで一人くらいウチを止めてくれれば良かったのに。アイツもアイツで、ウチらにやられっぱじゃなく反抗してくれば良かったのによ。つぅことで責任の所在を探すと、全てウチが悪いとなる、言い訳はしない。けど今夜は逃げも隠れもさせてくれ。いつか近い内に破滅するのは知ってるし。それ明日かもだからさ、今夜のうちはゆっくり朝までは時間をくれよ……。


「ウチ、おかしいよな」


 そんな感じで、今後のウチの方針……を考える前に個人的な鬱屈鬱積バカなじぶんに対する愚痴けんおを頭の中で羅列じかくしていると、やや遠くの方でノック音がした。


「あ、すいません! 失礼しますよ!

まだ女子トイレ内に残ってるお客様はいらっしゃいますか? ああ、個室を利用中のお客様。本日は店内の棚卸しと清掃を行いますので、申しわけありませんが24時をもって閉店いたしますので」


「……すげーしんど」


 そのままで夜を明かす計画はダメになった。

以上。行き場も無くて24時間営業のバーガーショップのトイレに長時間こもっていたバカな女子高生のウチがそこを追い出されるまでの流れだ。

 これからどしよ。公衆トイレでも陣取るか?

なんでトイレ縛りなのかって? 一番落ち着くのがトイレの個室だからだ。いやほんとバカらし。

 ウチは日付が変わる頃に渋々と店を出た。月の隠れた空の下は真っ暗で、別世界のようで――。




 ◆◆◆




 ――出入口の開閉の度に鳴る、バーガーショップのマスコットである不気味なカラフルピエロの笑い声を背後にして。先の見えない暗闇に一歩、


「ん。いらっしゃいませ……」


「うふふ。ようこそおいで下さいました」


 そんなウチを迎えたのは、二人の声。


 踏み出して店の外、と思いきや入店した。

暗闇が晴れて、淡い提灯が揺れる玄関に――。


 何を言ってんだって? ウチが知りたいわっ!

物理的なあれやこれや完全に無視してんだろ。


「ここは、きっさてん、まほらば」


 まだ幼さのある、可愛げだがやや舌足らずで感情の乗りきっていない、ドラマとかの台詞を言わされてるだけの子役のような喋り方の高い声。


「えぇ。すなわち御客様ごとに相応しいかげりをまと御店やしろにして、一時ひととき常闇やすらぎ。訪れる者の心の隙間より繋がる、うつついっした刹那こんじょう夢幻みそぎにございますわ」

 

 その声に続けた、高く張りがあって淀みない友好的でおしとやかそうな、でもどこか得体の知れない怖さというか冷たさを感じる美声。


 待て待て。とにかく意味がわかんない。

平然と進行する店の店員? 達が、怖い。

ウチがおかしいわけじゃないよなこれは。


「は? ……どゆこと……?」


 意味がわかんないっての。振り返ってみりゃウチの背後には開け放たれた木組みの引き戸だけだ。バーガーショップはどこに消えたんだよ。引き戸の向こうには暖簾のれんがかかってて、店先には黒い鳥居が立ち、それ以外は真っ暗でどろりと粘り着くような深い闇がずっと広がってい……「あまり淵の闇を覗き込むのは心地無しですわよ?」ウチが引き戸から頭を外に出そうとしてみたところで、そう美声に言われ止まる。

 そこで袖を引かれ。最初の高い声の正体だった幼い少女、灰色の髪をしたあどけない顔の和風趣向な給仕服の彼女が「そのまま帰る? このまま入る?」とウチにたずねてくるから、一度ここに入ったからにはまぁとりあえずでと店内の方に進む。



「うふふふ、案ずる必要はありませぬ。

御用が無いとて構いはしませぬ。この世のならずお呪いや、その身に過ぎたお悩みも、怨嗟えんさ嘆嗟たんさ愁歎しゅうたん慨歎がいたん、ここにお越しになったならばすべすべては詮方せんかたき事。遁世とんせい厭離おんり一夜いちや一興いっきょう。どの様な所以ゆえん由縁ゆえんかでほころび、縛られ、絡んで、繋がり訪れた貴女は大切な御客様。ご希望であれば首途しゅと御祓みそぎをば。哀縁みたされぬ忌縁くるしみい合わせて差し上げましょ」


 困惑するウチに対し、客を出迎えるように。

はんなりとした黒い着物の少女は微笑んで言う。

 とても深い感情を込められて精巧に作られた人形が動き出したんじゃないかと勘違いするような、同性のウチでさえ見惚れるような人外めいた色白の美少女。彼女の言い回しはとてもクドくて、言ってることも難解複雑なんだけども、ウチの事を親身になって語ってくれてるようで嫌じゃなかった。


「好きなとこ。座るといい。

席は自由に。あと店内はきんえん」


 ウチが立ったままでいると、幼い少女に店の奥へ手を引かれ、畳張りの座敷の前で手を離される。


 で突然のことに、


「…………はぁっ!?」


 ウチはびっくりして声を上げた。


 そこには化け物が居た。蒼くて、硝子がらす細工みたいにきれいな化け物が居た。人と爬虫類のあいの子とでも言えばいいか、人間の身体に鱗を生やし、着ているワンピースのお尻から蛇に似た尻尾が伸びた化け物。座敷の隅で身体を小さくして体育座りのような体勢を取り、怪しげな仮面を被った化け物の少女。ウチはその仮面越しの目と、目が合ってしまって――。


 ――ついさっきの、思い出した。

曰く『人ならざる存在達がいとな喫茶店きっさてん』ての。あの噂。まさか、嘘だろ、マジで、ここが……?


https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818023213023497228

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