第26話 架空の戦争

「あなたはここに来たいでしょう?」

 その声に導かれるように、僕は森の深奥に侵入した。

 視界が夜霧に包まれ、気が付くと、僕は哀しい歴史が紡ぐ、昔日の陽画に堕ちた。

 どこまでも果てしない、時の流れに入り込み、森が擁立する、揺籃の中に堕ちていく。

 闇は深度を増す。僕は傀儡人形のように手足もぶらぶら、ぶらぶらと浮遊する。



 瞼を開けると、そこは七色の彩光を纏った、寒村だった。

 僕は不意にくしゃみをした。何かが焼ける、臭気だ。

 空から途轍もない、轟音がけたたましく、嗤うように一声を放った。



 見上げると、蒼空に大きなジェラミン製の銀翼を広げる、飛行機が数十機も飛んでいた。家々が燃えていたのに、熱風を感じない。

 誰かいないか、と不安感に駆られ、大声を張り裂けた。


「すみません、誰かいませんか!」

 叫んでも返事はない。



 空から死が降ってくる。

 爆弾だ。空襲だ。

 空から降ってくる、火の玉だ。

 とっさに木立に隠れ、轟音を聞くまい、と両耳を当てて、発作的にじっと、蹲った。



 向こう側の家が燃え始め、空中に向かって、赤い龍の鱗のような、火花が散り始めた。

 この村は戦時下なんだ。

 架空の戦争と爆音。

 空から火の雫が降りやまないのに、何も感じない。

 粉々に熱いはずだ。皮膚が爛れるまで、熱いはずだ。


 緑陰から離れ、迂闊には行動してはならない、と僕の心に冷静さが、なかったわけではない。

 膝頭に激痛を感じたら、地面に叩きつけられ、素っ頓狂に転倒し、おーい、おーい、おーい、とあのときの声が耳を蝕んだ。



「私の森へ入りましたね」

 目の前には、姫がいた。

「あの子の末裔の一族が招いた、惨禍ですよ。あの業火の炎は」

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