第27話 螢火と迷い人

 気付いたら、僕は数多の遺体の山の上に立ちすくんでいた。

 鼻腔に酸鼻を極める、死臭が突き刺し、血潮が手のひらにべったり、と濡れていた。

 焼死した遺体は数えただけでも、十ある指を優に超えていた。

 火傷した皮膚が露呈し、表情さえも覚束ない。



 黒焦げになった遺体の中には、子供のものもあった。

 たぶん母親なのだろう、大人の遺体が、その小さな躯を覆いかぶさるように守っていた。僕は思わず、目を逸らした。



 惨い、と口は動いていた。

 言葉から永遠に拒まれて、全世界から糾弾されてしまい。



 僕は僕を否定した。

 常に正しさに囚われ、後ろめたさを隠したいがために、仮初の言葉を操るしかない。

 本物の言葉がこの世に果たしてあるんだろうか。

 こんな惨状に閉ざされても、何も言えない。



「あなたは罪深い想いに囚われているでしょう? 私は存じています」

 僕はすぐさま、首を振った。

 違う。そうじゃない。

 ここは戦争がある世界だ。

 再び、戦争が始まらない、保証はどこにもないんだ。



「あなたの心は不甲斐ないのですね。あなたは……」

 この世界は見えないもので、成り立っているのかもしれない、と僕は判断した。

 姫の正体は分からなかったし、僕が今、何をするべきか、道標さえも用意されていなかった。



「君は悔しくないの? こんな風になって」

 姫の表情は頑なに硬かった。

「私には関係のない話ですよ。今も昔も」

 その刹那、森が轟々と焼ける音が戦慄した。

 今さらになって、視界がくらくらする。

「あの子は捨てられたんですよ。あの人に。私を捨てたあの方に」

「君は悔しくないの?」



 どうして、そればかり、繰り返すのだろう。

 どうして、同じ言葉ばかり、繰り返してしまうのか、分からない。

 僕は螢を見に森の中へ入っただけで、別に自ら、悪運にさらけ出そうとしたわけではない。姫は僕の真意を見透かしたように、こっくりと頷いた。



「妹があの方との間に産んだ末裔は、今世でもなお、飛ぶ鳥を落とす勢いで、ますます、栄えておりますからね。私はこの米良の山で、永久に独りきりなのです」

 僕は恐る恐る、ここは時間が普通じゃないんだ、と噛みしめた。



 どこか、出口はあるはずだ、と藻掻けば、声が遠のく。ぼんやりと不安を貪る、心が落ちていく。

 僕は息を整えようと、こまめに吐いた。

 腐臭が鋭く咽喉に充満する。



 あの螢をなぜ、僕は追いかけたのだろう。

 東京では見なかった、螢の淡い光の燈火。闇の中に閃く一筋の光の綾。



「また会いましょうか」

 声はくぐもる。

「あなたも迷い人ですもの」

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