第24話 先走る雫

 義展さんのお節介な忠告に、鬱々とした胸中の僕は救われ、何とか、その場を切り替えられた。

 背丈は標準よりも高いほうなのに自分の体躯が華奢な部類に入ると、自覚はしていたけれども、義展さんの方がうんと背が低い、事実を目の当たりにして、これは一体、どういう意味だろう、と苦笑いにもならない微笑ましさを覚えた。



「まあ、まあ、義展さん、そこまで言わないでください」

 義展さんに連れられた正子さんが、義展さんの茶々を注意したのを、横目に食べ終えてから、男性陣みんなで、一緒に石投げを開始した。

 伯父さんの指導を受け、平面のつるつるした小石を集め、腰を深く屈めた。

 伯父さんにアドバイスをもらいながら、体力の限界突破まで腰を落とした。

 視線を集中し、息を切って、石を素早く投げたら、ようやく、水面を石が走った。

 二回水面を走り、川底に礫は素早く消えた。



「おや? やっときったね。辰一君」

 素直に喜んでくれたのは、伯父さんだけだったので、僕はそれなりに気落ちした。

「これくらいできないと山の子ではない」

 五回も水面を走らせた、義展さんの駄目だしに、僕の心はじんわりと応えた。

 山の子になろうとしても僕はなれない、と事実を突きつけられ、灼熱を孕んだ、川辺で立ちすくんだ。

 疲れたから麦茶を飲みに木陰まで歩くと、不穏な空気をひしひしと感じた。



 聞こえてきたのは僕の悪口だった。

 内容は簡単に記せば、パターンは同じで仕様もない、欠点をあげつらって、よくもまあ、そんなに罵詈雑言が言えるな、と逆に感心するくらい、あの人は茉莉子さんに対して、最後に罵倒の花束を飾った。

「あの子はいつも、あたしに顔に泥を塗るようなことをしてばかりだったんです」

「辰一君は成績もいいし、将来が楽しみじゃないの。県内主催の模試で一番だったって、村中で大騒ぎしたじゃない」

 茉莉子さんが当たり前の解毒剤を巻くが、あの人の愚痴は止まらなかった。

「あの子はあたしの子じゃない。あの男の子供だから」

 本人もつい言い過ぎた、と自覚したのだろう、僕が近くで聞き耳を立てていた、とようやく気付いて、急に静寂が纏わりついた。

 最大限にきつく睨んだら、あの人も睨み返した。

 お互い様だった。

 わざと紙コップを大きな音を立てながら、麦茶を注ぎ、苦々しく飲み干すと一切声もかけず、伯父さんたちのところに戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る