第23話 難しい年頃
「もうすぐ昼飯の時間だぞ。お腹すいただろう!」
伯父さんが焼き上げる、バーベキューセットまで、僕らは駆け足で詰め寄り、香ばしい匂いにつられ、紙皿を丁寧に配った。
コンロの上には、世にも珍しい、ジビエ料理が満足気に並び、予想外の鮎もこんがりと焼いてあった。
肉は狐色に焼き上がり、山奥ならではの鹿肉や猪肉をふんだんに使った、豪快な食卓だった。
焼肉のたれを過不足なくかけ、焼き上がると、シシ肉に息を吹きかける寸暇もなく、一気に食らいついた。
味蕾がひりひり、と火傷しそうだったので、先刻まで川面で、冷やしておいたお茶で飲み干し、軽く火傷した舌には、程良く優しかった。
「まだ焼けるから。思う存分食べなよ」
伯父さんがせっせと肉を焼き続けていると、伯父さんの筋肉隆々の二の腕から、清潔な汗が滴っていた。
僕は木陰で野晒しとなった岩盤の上に座り、木漏れ日を感じながら、天然物の鮎を口にした。
背骨まで思ったよりも柔らかく、箸でどかすのに大きな苦労はいらなかった。
鮎を欲張って二匹も食べたら、伯父さんがにっこりと笑いながら、手を振った。
シシ肉の臭みは以外にも少なく、豚肉に野性味を帯びさせたといえば、分かり易いだろうか。
脂皮には目立つ毛穴があり、視覚的に食べるのを臆する。
鮎は川の味が染み込み、得も言われぬ美味な山の幸だった。
もう、食べられません、とゲップが止まらなくなりながら、言うと伯父さんがさらに肉を焼いた。
「男の子だから、たくさん、食べないと大きくならんよ。伯父さんは辰一君くらいのときは、丼ぶり四杯くらいの肉を食ったな」
勇一は見かけによらず、食が図太いのか、僕の平らげた量よりも軽く、三倍は食べている。
一度にたくさんの量を食べられないのが、僕の長年の悩みだった。
無理やり食べようとすると、あとで吐いてしまうのが難癖で食後、トイレに赴いて、何十分も籠城したのも、一度や二度ではない。
「もう食べられません」
少量かもしれないけれども、充分山の幸を堪能したつもりだった。
「辰一君はあんまり食べられないんだ。みんなで食事をとったときも残していたから」
指摘されると、大好きな伯父さんから言われても、何となく罰が悪かった。
遠回しにあまり食欲が沸かない、女々しい奴、と気を揉んだような気がしたからだ。
気分がすぐれない最中、強い陽射しを真っ向に浴びながら、箸を止めると、あの人が抜き足差し足でやって来た。
「辰一は中学生だから川遊びなんて恥ずかしいでしょう」
その人は満面の悪意を持って、僕に攻撃を仕掛ける。
偽りのない感動を反故にされた、と僕は内面、激しく憤った。
最初は照れ臭かったけれど、いつも僕を顧みないあんたに何がわかるかって、と啖呵を思わず切りそうになる。
逆にここで反抗したらいけない、と平静に嗜める、僕もいた。
「母さんと僕は違う人間だから」
あの人は僕が言い放った、言葉の切れ端にある、苦痛の影を敏感に感じ取ったのか、予想通り、眉根をよせた。
「お母さんが中学生の頃なんて、恥ずかしかったから、心配して損だった。小さい頃は本当に可愛かったのに、難しい年頃ね」
難しい年頃だから、と僕の苦心は無残にも打ち砕かれ、素面を切った、ありがちなフレーズに固執された。
何を言いたいんだ、この男たらし、と唾棄したくなるのもここでは我慢した。
「伯父さんは川で遊ぶのは好きだったんですか」
険悪な話の展開を変更しようと、僕は伯父さんに話を振った。
「中学生の頃になると、さすがに遊ばなくなったかな。地元の子は恥ずかしがるからね。よそから来た訪問者くらいさ、物珍しさで遊ぶのは」
あの人に隙を作ってしまった訳じゃない、と僕は伯父さんに、邪慳に扱われたような振る舞いを、幾度も心の奥底から否定した。
「勇一、辰一。ほら、食わないか。ほれほれ、たくさん食わないと大きくならないぞ。辰一はたった、これだけしか、食っておらんのか。男ならたくさん食べて、大きくなるんだ。そんな女みたいな小さい身体じゃ、嫁も来ないぞ」
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