第22話 水飛沫に跳べ
蝉時雨の下で泳ぐ、清流の真水がここまで冷たいなんて、想像の域を遥かに超えていた。
僕は生まれて初めて、川遊びを体験した。
中学生になってまで、川遊びなんて幼稚だな、と軽んじていたけど、そんな迷い事はすぐに吹き飛び、気付いたら、川遊びを思う存分、謳歌していた。
紺碧色の川に背中までつかると、真夏なのに寒気がして凍えそうだ。
背中まで浸かり、氷の針が腸の深奥まで蝕んでくる。
川面に浸かったとき、真夏の日輪に照らされた肌を見た。
深窓に幽閉された、姫君のような真っ白な肌質。
日焼けしない、体質だから永遠に見縊られる。
夏の終わりくらいには、小麦色くらいに焦がそう、と意気込む。
「辰一お兄ちゃん、すごく冷たいよ」
勇一がバチャバチャ、と水飛沫を立てたので肩まで浸かり、思い切って、水をかけた。
「勇一、ほら!」
こんな安らかな時間が、いつまでも続けばいいな、とふと過ぎる。
あそこの岩から飛び降りよう、と調子に乗って、川岸の向こうにある大きな岩を指すと、勇一はうん、いいよ、辰一お兄ちゃん、と賛同して、こけないように走った。
「おーい。気をつけろよ!」
川岸で焼き肉の準備をしている、伯父さんが心配して声をかけてきた。
岩は小さめの熱気球ほどは、優に超えていた。
岩肌をよじ登りながら、岩面に到着すると、深山は成熟した大人の緑色に変貌していた。
川下に目線をやると、水底は足がつかないほど深く、緑水を湛え、思わず、ひやひやする程だった。
もたもたしているうちに、勇一がいとも簡単に巨岩から飛び降りたので、地味に悔しかった。
後先構わず、目を瞑って飛び降り、熱風を走り、水中に支配される、瞬間が忘れられない。
呼気がブクブクと水泡を発生させる。
目を開けると辺り一面、水の華の闇が広がっていた。
溺れる。
溺れてしまう。
僕は背中を反り、身体を浮かせた。
浅瀬までクロールで、水波を荒めに掻き、水面から呼吸をしようと、すぐさま、顔を出した。
両目がひりひり、と炎天下での強い光の刺激を受ける。
「辰一お兄ちゃん、怖かったんだ!」
澱みのない、青々とした夏空に入道雲がマッシュルームのように生やしている、水の澄明さ。
伯父さんが焼き上げる、焼肉の芳醇な匂い。
岸辺ではしゃぎ回る、勇一。
絵に描いたような幸せな、家庭的な風景だった。
いつもの憂鬱も今日は無縁だった。
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