第17話 初めての神楽習い

 伯父さんは行動を起こすのに、時間は早かった。

 急いで夕食を済ませ、軽自動車に乗り込んだ。

「辰一お兄ちゃん! お父さん、待ってよ!」

 勇一が車庫の裏から駆け込んできた。

 その様子を見て、僕も誰かをお父さん、と呼んでみたかったな、とふと、そんなくだらない願望をたまに持て余す。



 神楽。

 それは八百万の神々への敬い、祈りを捧げる、聖なる神事。

 寒空の下で終夜、神楽は奉納される。

 未成年が舞う花の舞では、通常、四人で舞うという。

 神楽は三十三番の演目があり、それは夜通し、朝方になるまで舞われ、花の舞は神楽の三番の演目だという。

 神楽の前夜の、『星神楽』から、次の日の明朝に終わる『神送り』まで徹夜で舞われるのが銀鏡神楽の特色なのだという。



 もう一つ、特徴的なのが祭壇である、神籬(ひもろぎ)に猪の頭を捧げるのが、全国でも銀鏡神楽だけだといい、まるで僕は『鬼滅の刃』の嘴平伊之助のようだ、と思い起こした。

 少年漫画の『鬼滅の刃』でもヒノカミ神楽という神楽が舞われるし、冬の最中の一夜、舞われるという点も共通している。



 伯父さんは丑三つ時にちょうど、舞われる、一人剣(ひとりつるぎ)という演目を舞って、それは本物の小刀を使うそうだ。

 まるで、主人公の、竈門炭治郎が使う、『水の呼吸』の壱拾の型の『生生流転』のようだ、と僕はこっそり唸った。

 想像以上に、激しい舞いらしく、小刀を持ったまま、でんぐり返しをしたり、荒々しく刀を持ち上げ、宙に弧を描いたりするものだという。

 それは凍えるような、深々とする闇夜で舞うから、言葉に表せないほど、荘厳なのだとか。



「辰一君も地元に残ったら、一人剣だってできるようになるから。伯父さんがうんと特訓してあげるよ。銀鏡に残ったら、辰一君は山で働きたいんだろう?」

 山で働きたい、とは主張はしていなかったものの、よく、山には出向いていたし、伯父さんの仕事をじっくりと観察していた。



 このなよなよした細い腕で、大木を切り落とせるなんて、ちっとも想像できない。

 林業は体力がいの一番の勝負だ。

 大木を一本切るだけでも、微細な神経を酷使するし、山の手入れは綺麗事では済まされないからだ。

 伯父さんは若い頃に小指を切断し、慌てて麓の病院に駆けつけ、難を逃れたらしいし、山仕事に事故は付き物だ。

 怪我をすれば、ここから三十分もかかる、診療所まで降りないといけない。



 神楽会館は銀鏡神社のそばの空き地にあり、石畳の舞台の上で神楽は毎年舞われる。

 小高い丘陵をよじ登り、木製の門構えを抜け、神楽会館で挨拶し終えると、最初に動画を視聴して練習を開始した。

「辰一君、神楽の舞い手は祝子(ほうり)っていうのは前に教えただろう。神楽には特別な言葉が使われるんだ。祝詞を覚えるのにもちゃんと意味があるんだよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る