星神楽 星に祈りを捧げる神楽は銀鏡神楽だけだ、と。

第12話 天孫降臨

　空に昼前には無縁だった、薄雲がかかりだし、虚空の果てから、孤高な鷹が一声を放つ、鳴き声が聞こえた。

　――昔々、大山津見神（おおやまつみのかみ）という主が、この米良（めら）の地を治められており、二人の娘がいらっしゃった。

　一人は桜のように光り輝く姫、木花之佐久夜昆売（このはなさくやひめ）と、岩のように醜い姉の石長比売（いわながひめ）だった。

　ある日、一人の若人が船に乗って、石長比売が川で洗濯された逢初川（あいぞめかわ）の岸辺まで辿り着かれた。

　その若人の名は邇邇芸命（ににぎのみこと）といい、草薙剣を持つ、血気溢れる逞しい若者だった。

　邇邇芸命はあくる日、逢初川で木花之佐久夜昆売を見初められ、大山津見神に縁談を申し込まれた。

　大山津見神はこの縁談を快諾され、木花之佐久夜昆売と石長比売とともに多くの品々とともに二人の姉妹の姫を娶せられた。

　しかし、邇邇芸命は石長比売のお顔をご覧になるなり、驚かれ、姉君の石長比売だけは山に返されてしまわれた。

　後日、大山津見神は酷く立腹され、邇邇芸命にこう申された。

　――御子のお命は石長比売も娶られれば、細石のように永年長く、続かれるはずでしたが、こうなっては徒花のように大変短くなられましょう、と。

　家に帰された石長比売は、鏡に映したご自身の顔に傷つかれて、その鏡を龍房山（りゅうぶさやま）まで投げられてしまった。

　鏡は遥か彼方、龍房山の尾根に引っかかり、それからずっと、山頂は白く目映く、光り続けた。

　白く見える、という字がなまって、天空を見上げた人々はこの地を銀鏡、と呼んだという。

　この二人の姉妹を娶られれば、後世まで人々の寿命も永遠に続くはずだった、邇邇芸命はその後、木花之佐久夜昆売と一夜だけ、契りを交わされた。

　故郷の米良の山で気を塞ぎ、薄暗い座敷で籠り切りになられた、石長比売は最愛の人に捨てられてまででも生きることは虚しいだけ、と晩年、悲嘆にくれられ、今日においても伝承される蛇淵（じゃぶち）に身を投げられてしまった。

　そこで米良の人々は、石長比売の亡骸を淵からさらい、社を建立し、丁重に崇め奉った。――その鏡を奉納したのが現在の銀鏡神社である。

　長い神話が終わったとき、僕は何も言えなかった。

　石長比売と僕は同じだな、と心という、鏡の表面に夕靄がかかりそうだった。

「石長比売が可哀想だ、と伯父さんは小さい頃、思ったよ。人間って美醜で判断されてばかりではいけないのに昔の人は酷だなあ、と思ったものだよ。今もあんまり変わっていないようだけどね。辰一君は古事記を読んだことがあるかな。辰一君なら物知りだから、知っていそうだな、思うだけど、日本最古の歴史書なんだ。上巻の大半にある逸話が、宮崎が舞台なんだよ」

　言われながら、僕はここには触れてはいけない鍵を探った。

　また過去をほじくり返してしまった。

　身体は淫らな宿痾を求め、黒い砂漠での些かの憤死を呪うように、生は漲っていく。

　成熟した女人の裸体を求め、夜もすがら、女色の交わりを求めよう、と懊悩は日々荒くなり、見境のない怪獣のように自滅しながら焦げていく。

　邇邇芸命が上辺だけの美に惑わされ、醜い姉を拒絶され、光り輝くような妹である木花之佐久夜昆売を一晩だけ、寵愛されたように。

「僕と石長比売は似ています」

　少女を弄ぶような男にはなりたくない。

　そんな一心で否定したい言の葉によって、伯父さんの視線がわずかに困惑の色が滲んだのを、僕ははっきりと確信した。

　いけない、こんなことを言ってはならなかった、と後悔はすでに遅く、両肩が小刻みに震えたのは、言うまでもない。

　激しく罵られ、背中から宙を裂くように、なぎ倒されるのか、と不安が襲いかかる。

　違う、伯父さんはいい人だ。

　これくらいで人を非難したり、良心の呵責もなく殴ったりはしない。

「ごめんな。あんまり気にしないでな？　辰一君は整った顔立ちをしているし、あまり関係ないと思うよ。千夏は兄の俺が言うのもなんだが、モデルさんみたいだな、と思っていたくらいだったから。もっと自信をもってごらん」

　色んな人から慰められた言の葉の呪縛。

　あんなに生々しく湿った、薄月夜を淫らなままに促されたのに自信を持てなんて、どんなに努力しても無茶な話だ。

　愛する人からも深く拒絶されたら、僕は誰とも関わらないで、荒野に咆哮する一匹狼のように生きていけるんだろうか。

　本当は誰も傷つけたくないのに、酷薄な朝は僕にひたすら、呪詛を浴びさせる。

　当の石長比売の父である、大山津見神が後代までの市井の人々までに、吐き捨てた呪詛のように。

「いいえ、僕の方こそすみません。余計なことを言ってしまって」