第11話 山の端の語り部

「だろう? 民俗学的には色々と関係があるのかもしれないな。辰一君って、すごい箇所を突くな」

 だろう?

 それが伯父さんの口癖みたいだ。



 銀鏡では原生林に近似している、山々がうねっており、厳選された水質の川は、どこまでも透き通っている。

 太古の森が僕を包み、時にはそのまま、絶望を試すように放置する。

 誰かに守られているけれども、誰かに見捨てられている、この山奥で僕はこうして、ささやなか日常だけが欲しいんだ。



 頂上に一際目立つ、野晒しになった巨岩の真上に乗って、遅めの昼食を取った。

 弁当の中身を空けると、山の幸がふんだんに詰め込まれていた。

 畑で採れた沢庵、蕨の煮付け、無農薬の梅干し、昼ご飯はまたもやこれも畑で採れた麦飯。

 その山の幸のメニュー表の中に見たことのない肉質の、日清食品のカップヌードルに入っている、サイコロ状の謎の肉のような物体が混ざっていた。



「この肉は秋から冬になると、キイーキイー、と大きく鳴く、生き物のものだよ」

 猪はあんまり遠方まで鳴きそうにないし、狼は日本では幕末に絶滅したから、消去法で行けば、たぶんあれだ。

「鹿の肉ですか?」

「大正解、辰一君、お見事」

「鹿ってキイーキイーって鳴くんですね」

 読み漁った本の一節に、秋に奥山を分け入れて、鹿が鳴くと哀しい、という内容を記載されていた和歌をふと、思い出した。



「鹿の肉って食べられるんですね」

 僕が少しだけ、戸惑っているのをよそに伯父さんは大口を開けて食べている。

「鹿を解体するときは天井に括ってある、縄に首をくっ付けて、大型のナイフで皮を剥ぎとるんだ。毛皮を剥いだら、内臓を取り出して、食肉になる部位を採る。ちょっと、初めての人にきつい話だな。実際、解体するときは血にびびって、逃げる人もいるくらいだから」

 心の鏡には色鮮やかな血痕で、濡れた縄の結び目が浮かんだ。



 残酷なワンシーンを思い浮かべることで、じりじりと後ろめたい快感に見舞われるときが最近、多い。

 必ずしも持ち合わせていなかった、タナトスの底なし沼に僕は溺れる。

 真夜中にしか、考えもしない禁じられた空想に、白昼から及ぶなんて、どうかしている。

 妄執を忘れようと意固地になって、むしゃむしゃと鹿肉のジャーキーを食べ込むと、噎せて空咳が出てしまった。



「美味しいか?」

 僕は重苦しく、噎せながらも何度も頷いた。

「ここからは龍房山が一段と良く見えるな。銀鏡の地名の由来は知っているかな? 日向神話の一説なんだ。たぶん、学校でも習うと思うけれど」

「知らないです」

 口をクチャクチャにしながら、僕は弁当を予想よりも早めに平らげた。

「銀鏡の地名の由来でもある。哀しい伝説でもある」

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