終→追

七草世理

本文

 1987年9月22日。今日の5時間目は、幼馴染の彼のお別れ会だった。親の仕事の関係で、この生まれ育った町を離れて、別の高校に通うのだという。彼はクラス内外の色んな人から、花束やプレゼント、メッセージカードなどを貰っていた。号泣している人もいて、改めて彼の交友関係の広さを感じた。

 それからHRが終わると、私と彼は、高校から駅までの長い坂をゆっくり、ゆっくりと下っていった。

 沈黙が続く。彼と私は普段からこんな感じなのだが、不思議と気まずくは無い。だが、今日ばかりは別で、私の方が凄くドキドキしていた。彼といえば私の横で涼しい顔をして飄々と歩いている。なんかムカつく。

 私は意を決して、彼に話しかけた。

「あのさ。今日で学校に来るのは最後なんだろうけど、引っ越しはいつなの? まだしばらくこっちにいるんでしょ?」

「今日だよ」

「今日!?」

 周りには私たちと同じように帰路についている学生がいたのだが、人目も憚らず、つい大声を出してしまった。私も彼も、動かしていた足を止める。

「もう荷物も全部運んである。今日も実は新居の方から電車に乗ってきたんだ。朝、俺駅のホームにいなかったろ? だからお前とこうやって帰れるのも今日が最後だ」

 たしかに、いつもいるはずの時間に、あいつはホームにいなかった。電車の中で会えたから、後から遅れて来たのかと気に留めていなかったけれど。

「なんで……なんでもっと早く言ってくれなかったの?」 

「だって聞かれなかったし……それに、なんとなくお前には言いたくなかったんだ」

 なにそれ、意味わかんない。言いたくなかったってなに? 言ってくれたら離れる前に一緒に遊んだりもできたのに。どうして話してくれなかったんだろう。

 私が納得いかない顔をして俯いていると、彼は何か言葉を選んでいる様子で、ゆっくりと躊躇うように口を開いた。

「悪かったよ……タイミングが見つからなかったというか、言いづらくて。最近なかなかサシでゆっくり話せる時間無かったからさ」

「あっそ」

 彼はまだ何か言いたげだったが、私は構わず先に進みだした。別にそんなタイミングとか気にせず普通に話せばいいじゃん。

 無言のまま駅に着く。改札を抜け、向かい合った二人席に座る。さっきはつい強く言ってしまったが、明日からこいつとこうやって一緒にいられなくなると思うと、やはり寂しいものがある。こんな雰囲気のまま離れるのは嫌だ。

 窓の外に向けていた顔を彼の方に向けると、目が合った。お互いに相手が先に話し始めるのを待っている。そうこうしているうちに、私が下りる駅に着いてしまった。

 停車を知らせる車内アナウンスが流れる。

「そ、それじゃ。さっきは意地張っちゃってごめん。新しい高校でもがんばって」

 精一杯の笑顔で告げる。当たり障りのない、無難な言葉しか出てこなかった。

「お、おう。お前もな。それじゃ」

 向こうも同じ。

 軽く手を振って、電車を降りる。これがあいつとのお別れ。連絡先を持っているわけでもないし、今後何かしらの奇跡的な偶然がなければもう会うこともないだろう。

 ――本当にそれで良いのだろうか。別に友人が一人いなくなるだけだ。どうということはない。しかし、後悔はないか。これから先、この別れの仕方はずっと頭に残り続ける気がする。そう思うと、足取りは自然と電車の方に戻っていった。


 自分でも何をしようとしているのかよく分からない。あいつにばれないように、一両後ろの電車に乗り込む。ぎりぎりあいつの姿が見える位置、連結部のあたりに立つ。さっきまであんなに苦しそうで、何か言いたげだったあいつの顔は、ほとんど普段通りに戻っている。なんだかまた無性に腹が立ってきた。

 電車に揺られること二十分。高校の最寄駅から数えればもう四十分以上経つ。しかし、あいつはまだ降りない。私は周りの席が空いても立ち続けていたので、さぞかし目立っただろう。だけど、あいつから目を離すことはできなかった。離したが最後、あいつは私が知らないうちに降りてしまうような気がしたからだ。だが、いい加減家にも帰らなくてはいけない。家に帰った時の言い訳を考えていると、そのうち終点に着いた。うちの町と同じくらい栄えている大きな町だった。あいつが降りたので見つからないよう少し遅れて私も着いていく。

 駅を出ると、ロータリーには降りてきた人を迎えに来たたくさんの車が並んでいた。しまった。あいつが車で駅まで来ている可能性を考えていなかった。幸い、あいつは徒歩移動だったので、後ろから着いていった。

 あいつはどんどん先に進んで行く。ばれないように気をつけながら、こっちも追いかける。しばらく歩くと、あいつが信号機を渡りきったところで赤になってしまった。どんどん背中が小さくなっていく。信号が青に変わったころには、あいつはもう人混みに紛れて消えてしまっていた。

 踵を返し、駅の方向に戻る。いったいあいつに着いていって私は何がしたかったのだろう。さすがにもう帰らないと両親に怒られてしまう。だが、どうにも視界が滲んでうまく前に進めなくなってしまった。それでも、ゆっくり、一歩ずつ足を進めていると、数分で駅の所まで戻ってこれた。

 滅多なことが無い限り、ここにはもう来ることはないだろう。最後に駅の看板を目に焼き付け、自動ドアを抜けて改札に向かおうとすると、不意に、後ろから手を引かれた。

 驚いて振り向く。後ろにいたのは、さっき見失ったはずのあいつだった。

「やっぱりいた。振り返ったらお前に似てる後ろ姿見つけたんだ。見間違えじゃなくて良かった。何でいるんだよ、こんな所に」

 彼は汗だくで、息を切らしながらけらけらと笑って言った。

 何て答えたらいいのか分からない。頬を紅潮させながら口をパクパクさせていると、彼は掴んだ私の手を取ると、ぎゅっと紙を握らせた。

「それ俺ん家の電話番号。それで、もし良かったらお前ん家のも教えてほしい」

「う、うん! 勿論!」

 ひと際大きな声で返答する。クールに答えようと思ったのに、声が上ずってしまった。急いで紙に番号を書いて、彼に渡す。

 「あのまま別れなくて良かった。ありがとう。来てくれて」

 「別に。今日は遠出してみたかっただけだし」

 一度別れて駅で降りているのにそんな言い訳が立つものか。だが、彼も私もそれを分かった上で、何も言わず二人で笑っていた。

 最後まで素直にはなれなかった。だけど、今はこれでいい。

 これから少しずつ、私たちのペースで、ゆっくり話をしていこう。

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