ENEMY‘s SIDE 03 : 2日前、火星統一政府首都にて






 ────その日、火星統一連邦政府の行政区では異形の客が来ていた。



「───では、今のところはどうしても『中立』以上の約束はできないと?」


「申し訳ないな、代表殿。

 我々は陣営を決められるほどの勇気も力もないのだ」




 長身、白目が黒く、目がひたいも含めて3つ。

 さらに鋭利な角と、4つ腕と太い尻尾。

 全員が女性系の姿だが、その実両性具有の身体。


 地球は霊長類由来の生物ではない、もう一つの火星の知的生命体、


 『レプリケイター』


 その2つの国の片方、蒼鉄王国の王『ムルロア・ヘーリクス』は、その青肌の顔に苦笑を浮かべながら相手の質問にはっきり答えていた。


「‪……‬いや、こちらとしてもありがたい話です。

 敵じゃないだけ、負担が減ります。

 もしもの場合は、中立の立場の国家が必要でしょうしね‪」


 火星統一政府行政官代表カヨコ・ヒーリアは、あくまで柔和な笑みで相手を鋭く見ながらそう答えた。




(────嘘が上手いあたり、やはり王政とはいえ一国を動かす頭なだけあるな。

 この中立とかいう『全方位に敵』な条件を出してもこちらに攻め込まれない保証を良く根回せたもので!)


 内心、相手の『国のトップ』としての格の高さへ警戒はしていたが。



 これまで、ヘーリクスはかいつまんでいえば、


『まぁ中立にはなるがもしもこちらを脅すようなら敵対化して火星人類生存圏のインペリアル皇帝に取り行って物資やら何やら融通しちゃうぞ』


 という脅しをオブラートに包んで伝え、


『中立ならこちらには多分欲しい物資も交易できるだろうし少しは仲良くすればメリットあるぞ』


 を『手土産』つきで示してきた。


 技術力の有無じゃない、真っ当な外交である。

 脅せば、逆に国家としての信用を内外で失う可能性もあるラインを見事攻めてきたのだ。



 火星統一政府の主要な民族は、ネオおよびネオツーデザインド。

 旧人類には大なり小なり差別する民も多いが、

 同時に自国の民は差別が嫌いだ。


 未開の地、とはいえ礼節や何より言葉と常識が同じ相手で、過去の恨みもないレプリケイター達には概ね好意的だ。


 少なくとも今は‪……‬



「寛大で感謝するよ、小さな代表殿。

 いずれは、ここの民と我が蒼鉄王国も平和な交流したい物だ」


「ええ‪……‬いずれ戦争は終わりますよ。

 どうしても旧時代人類と決着をつけたいが故に。

 中立の立場とはいえ、多少の協力はしていただきますよ、ヘーリクス王陛下」


「‪多少、か。

 我が国土を間諜のホテルにでもする気かな?」


「お互いそうでしょう?

 火星統一政府と友好は結んでいるでしょうが、同じくあの人類生存圏の3大勢力が一つ、インペリアルとも友好がある」


「ああ、それは少し違うかもな代表殿?

 ‪……‬一応は、ユニオンとも、オーダーとも‪……‬トラストを仲介して大使を送っているのだよ」


 でしょうねぇ、と内心、弱いなら弱いなりになりふり構わないでことを勧められる相手の手際に苦い賞賛を送る。


 なまじ優秀さを自負するこちらの陣営の、遠くない未来に出る欠点をただせる才能なのだから。



「‪……‬腹の探り合いも面白いのだが、一つ教えて欲しい事があるが、良いかな?」


 と、ふとこの応接室から見える首都の絶景を見ながら、ヘーリクスがそんな質問をしてくる。


(なんだ‪……‬‪……‬このタイミングで何を?)


「一体なんでしょう?」


「‪……‬前提としてだが、我らレプリケイターの兵器は、我らと同じ‪……‬ふむ、人類で言う『ナノマシン由来生命体』を利用しているのだ。

 この通り鉄の身体だ、どうも機械と相性がいいらしい」



 と、掲げた真っ青な素肌の片腕を、やや青みがかった黒く金属光沢のある硬質な表皮に変えるヘーリクス。



「もとより、鍛えれば強化人間プラスアルファという機械化した人間の運動能力や、才能によっては防御もそのぐらい硬くなれる身体だ。


 今、輸入している兵器達も、『人類向けに調整された操作系』をどう我々に合わせるかで四苦八苦しているだけで、いずれは解析も出来るだろうし、いっそ我々の生きた兵器達で同じものも作れるだろう。


 我々はまだ技術力は及ばないが‪……‬一応はわが国はネジが作れるからな」



 サラッと言うが、ネジが作れると言うのは国家の技術力の指標としては大変重大な物である。


 敵であるインペリアルも、ネジは企業連合体トラストが作っている。

 ある意味で国家としての工業力は弱い。そこがある意味で弱点でもあるが‪……‬



「で、だ。

 私は生物学と古生物学を修めているのだが、

 この学問はある意味で我らレプリケイターでは兵器開発や工業にも直結しているのだ。

 最近は、あなた方にとっても敵ではあるがトラスト経由で良い電子顕微鏡や、遺伝子を解析する装置が入ってきてな‪……‬‪……‬いや前置きが長くなった。


 聞きたいのは、ネオツー・デザインドとはなんだ?と言う事なのだ」




 ───!?



「‪……‬どこでDNAを手に入れたので?」


「おや、やはり地球でも火星で今見つかってる我々でも無い遺伝子を持っていたのか。

 ちなみにDNAなんぞ手に入れなくても分かるよ。

 その光る角。それ自体まず自然界では見られない。

 骨は本来カルシウム貯蔵庫だからな。我々もそれ以外の必須なミネラル類を貯蔵し、ついでに重力に立ち向かうべく使っている。


 ‪……と言うよりは、あなた方の生物の能力は、そうだな‪……‬だいぶ不自然だ。

 私も浅学の身だが、地球由来とも我々由来とも違う部分は‪……‬外部からでも観測できるよ」



 はは、とお茶を濁すような苦笑いせざるを得ない。

 そろそろ、捕虜を介して敵も気づくはずだ。

 ネオツー・デザインドの身体の秘密を、その詳細を。



「‪……‬‪……‬」


「‪……‬‪……‬我々の、肌の色による部族の違い以上に‪、


 聞いてはいけない事、だったかな?」


「‪……‬‪……‬いえいえ、失礼しましたよヘーリクス王。

 舐めていたのは、こちらです」


 エイリアンとは思っていないが、やはり悪い癖でどこか『未開の土人』と侮っていた面もあったのかもしれないともう一度戒めるカヨコ。


「‪……‬‪……‬どうでしょう、ではこの後に、


 私が知る限りこの火星統一政府と‪……‬この都市の真の歴史を知れる場所にでも行きませんか?」



「おや、この国最高の博物館かな?

 なら、私が好きな場所だ」


「それ以上ですよ」



           ***



 ────火星統一政府首都、それは巨大なメガフロート都市である。


 そして、都市としての機能は海上だけではなく、


 海中にも、広がっている。


「ここからは歩きでお願いします」


「いいとも。私は歩きたい‪……‬おぉ!」


 その場所は、頭上が海であり、300年以上前に地球から持ち込まれた魚群や、クジラやイルカの群れが泳いでいるのが見えた。


 その場所は、海中だと言うのに木々が生い茂り、不思議な森のような、自然公園だった。



「陛下、はしたないですよ。立場と歳をお考えください」


「許せ、フロスト。感激が止まらないんだ。

 アレがクジラか‪……‬!あんな大きさで大人しいヤツが、海にいるのだな‪……‬!」


 と、蒼鉄王国軍人でありながら、赤い肌を持つイグ・フロスト少尉に嗜められてしまうも、ヘーリクス自身はなお三つの目を輝かせて真上のクジラ達を見ていた。



「────クジラの遺伝子は、我々に流れる血の中でももっとも濃厚に受け継いでいるものだった」



 ふと、そんな言葉と共に歩いてくる者がいる。


「ネオ・デザインドビーイングが生み出された時、とりわけ超重元素Sp133媒介の生体反応を読み取る能力を持ち始めた生き物からDNAを厳選されたが、

 不思議なことに、ナミチスイコウモリやオキゴンドウ‪……‬もとより聴覚などが優れた生物がそのDNAを多く保有していたらしい」


 銀髪の長身の女性、その顔は無数の傷と眼帯に覆われ、コートのように白衣を羽織っていた。


「あなたは?」


「こちらが、オニキス博士。

 初期火星統一政府の頃から全てを知る重鎮ですよ?」


「老害の間違いだ、代表。

 ‪……‬そして会えて光栄だ、ムルロア・ヘーリクス王。

 私は、オニキス・ウォルター。IR対策機構という古い妄執の為の組織の代表をしているものだ。

 ここのテーマパークは気にいっていただけたか?」


 右手を差し出し握手の姿勢をとるオニキス。


「テーマパーク?ここが遊園地とでもいうのかな?」


 下の方の普通の人間サイズの右手で握手を受け、ふとオニキスの言葉を尋ね返す。


「ここは、人にとって都合のいい自然だ。

 本物の険しさも不便さも無い、自然を感じる事だけで作った自然公園でしかない」


 なるほど、と遠巻きに護衛の人間の向こうから物珍しい視線を向ける人々を額の目でチラリと見て納得するヘーリクス。


「‪……‬‪……‬代表にした質問はこちらにも届いている。

 ここで、話すのもいいが‪……‬ヘーリクス王、どうせならば答えを見れる場所に案内したい。

 少し歩いていただけるか?」


「‪……‬良いとも。

 オリジナル・ワンから伝わる地球の言葉で言えば、

 『虎穴に入らずんば、虎子を得ず』かな?」


「虎穴、か‪……‬‪……‬面白い冗談になってしまうな」


 そうして、この自然公園の奥に案内された一行が見たものは‪……‬‪……‬







           ***




 下へ、下へ。


 もはや光も届かない闇一色。


 ────深度、訳2000mの深海。


 その場所へ続く、耐水圧耐性が高いと一見思えないような透明な管の中のエレベーターを降りていく。



「ぐぉ‪……‬早すぎませんかこのエレベーター‪……‬!

 加圧がすごいのですけれども?」


「ネオツーやネオだからその程度で済むのさ代表。

 ‪……‬‪……‬だが驚いたな。レプリケイターはこの気圧の変化は平気なのか?」



 当然というべきか、まともな人間は耐えられない速度で深海に進んでいるために、圧力の影響をかなり受けるはずなのだが‪……‬‪……‬


「?

 ああ、そう言えばレプリケイターの身体はある程度の圧力の変化は平気だったな。

 流石に空気が無ければ死ぬだろうが‪……‬やはり見た目以上に我々と人間は違うな」


 冗談めいた言い方だが、同じレプリケイター以外笑っていいかは分からなかった。

 ヘーリクス自身、滑ったと気づいてしゅんとしてしまう。


「‪……‬‪……‬本来なら、減圧の方が危険だ。

 それでもこれだけの加圧に耐えられるのがネオや強化済みの身体ではないとは本当に驚異的だ」


「‪……‬‪……‬にしたって、言ってしまえばいらない性能ではあるなオニキス殿。

 我々のもある意味で人の盲腸に近い。

 遠い昔‪……‬とも言えない、わずか400年かそこらにこの星は一気に加圧された。その頃の祖先の名残だ」


「なるほど‪……‬」


「‪…‪……‬‪…クジラの遺伝子があると言ったな。

 もしやあのクジラか?」



 ふと、クォォォ、という声が聞こえる。


 この深海へのエレベーターに追いつくよう、透明な外の素材越しに巨大な顔が近づく。



「マッコウクジラ‪……‬あんな大きな生き物を良く火星に運んだと感心するが‪……‬

 確かに、ネオ・デザインド時代から、あの深海を狩場の選んだ哺乳類のDNAは流れている」


 このエレベーターの速さでも見えるほど、案外この場所にはマッコウクジラが密集していた。


「‪……‬彼らはなぜここに?」


「海上や浅い場所は、食料も多いが争いも多い。

 この深海は、餌の種類は少ないが争いも少ない」


 今、巨大なイカがマッコウクジラに食われた。

 今の深度は、すでに3000m近くだ。


「‪……‬ん?」


 ふと、遠く、この暗闇の底から、光がゆらめくのが視界に入るヘーリクス。


「‪あれは?」


「‪……‬‪……‬そろそろ『ハイドラ』の巣か」


 その光を見て、オニキスはまるでその光を待ち望んだかのような言葉を発した。



「ハイドラ?」


「‪……‬ハイドラと呼ばれる物質がある。


 恐らく火星でのみ獲れる物質であり、それ自体が現在普及しているワームホール式ジェネレーターシステムとほぼ同等か、瞬間的にはそれを超える出力を叩き出す高エネルギー結晶体‪……‬


 特筆すべきは、この結晶は海水とある種の火星由来の土中物質さえあれば、無限に増える。


 我々のエネルギー基盤の一つだ」


「なんだそれは‪……‬?

 増えるとは、一体どういう理屈で?」



 ふと、真横でポォ、と光る何かが現れた。


 それは、虹色に発光する巨大なクラゲだ。

 

 無数にいる、深海を照らすランタンのような、半透明の身体を発酵させているクラゲのような何か。


 ふと、バクリと一匹がマッコウクジラに食べられた。



「綺麗だ‪……‬あんな生き物もいるのか‪……‬」


「‪アレは、この星のこの海の底にしかいない。

 ハイドラを体内で有する数少ない生き物のうち、

 非捕食者、の方だ」


「え?」



 その時、海底から光が急速に迫る。


 すぐ真横に現れた、虹色に光り輝く巨大な顔。

 岩のような地肌がその色に光り輝く結晶となっている、巨大な爬虫類のような顔。


 ガブリ、とあの光るクラゲに噛みつき、マッコウクジラから横取りしたそれは、


 信じられない大きさ‪……‬いや長さの蛇、

 あるいは、竜に似た生命体。



「なんだ‪……‬!?」


「アレが、ハイドラ。

 火星の深海に住む、この場所の頂点捕食者。


 そして、2億年近くも火星に海が蘇るまで眠り続けていた、先住民。


 そちらの大地のナノマシン生命体群とは違う、本物の地球外生命体」



 ふと、その巨大な二本の角が生えた顔をこちらに向ける。

 近づいて、この透明な管の中の自分達を、巨大で二つ連なった片目で見る。


 一瞬身構えたが、即座に興味をなくして、クラゲに似た方へ高速で向かう。



「‪……‬‪……‬あんな物が、この海の底に‪……‬!?」



「見つけたのは、我々ではない」


 ふと、エレベーターが止まった。


 出口側には、巨大なドーム型の施設が、海中に備えられたライトで照らされていた。


「‪……‬まるで我が国の首都の、300年前に我々を作った物たちが残した施設そのもののようだ‪……‬」


「恐らく、300年前からのこの星の生き物の創造主のものより、古い」



「何‪……‬?」




「推定、800年以上前、

 各地に残る、海ができる前からの最初の地球からの開拓者の施設が、ここだ」




 驚愕。


 ヘーリクスが驚いた顔をする中、その施設へ続く扉が開いていく。



「代表、改めて聞くが、良いんだな?

 ここはある意味で、『全て』が詰まった場所だ」


「‪……‬‪……‬未来の同盟もありえる相手ですよ?

 この程度隠すほどでもない」



 と、気圧の変化に弱い方なのか、軽く頭を抑えながらカヨコがどうぞと手で入口をさし示した。



「‪……‬‪……‬おそらく、どんな博物館よりも恐ろしい歴史が眠る場所か‪……‬


 そそるな、どうしても」



 ヘーリクス達レプリケイターは、内心怯えもあるが足を進める。


 この場所には一体、何があるのだろうか‪……‬



           ***

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