ENEMY‘s SIDE 02 : 大局は変わらず












 ヘラス内海、火星統一政府首都、行政区





「────先行量産された『ジブリール』が、全滅!?


 たった1日でですか!?」




 行政代表、統一政府のトップであるカヨコ・ヒーリアは流石にこの報告では普段は閉じているのか分からない細目を大きく見開いた。




「事実確認もすでに済ませておりますよ、代表殿?

 ふふ‪……‬しかしわたくしより随分と遅い情報網のようですけれども」




 目の前には、紅茶を片手に柔和な笑みからは想像できない毒を吐くネオツー・デザインドがいる。


 彼女は、ナノハ・リーン行政代表次席。

 同時に、この政府のカヨコ側の派閥とは違う、もう一つの派閥の代表のような存在だった。



「まぁそこを疲れると痛い話です。

 てっきり、こちらを追い落とす材料に使うのかと思えば、やけに素直に教えていただいた方が意外ですよ、ナノハ」



「‪……‬腹の探り合いもいつもならしますが、単刀直入に尋ねましょうか。


 『おサルさん』達と、本気で停戦交渉を?」



 ナノハは、一瞬文字通りの真剣のような鋭い視線を刺すように向ける。



「サルではないのです。

 彼らも火星の人類。困ったことに野蛮で粗暴な、しかしあなたの情報通り恐ろしい戦闘力を持った知性ある蛮族。


 蛮族相手にはこれ以上礼節を欠けば、たとえ取り込んだところでもっと面倒な戦いが始まる」



「だったら絶滅させれば良いのですわ。


 わたくしはコレでもまだ、そう思う人間に近いだけで無理と思っているから、あなたにはあのサル達を丸めこめるだけの『材料』があるか聞きたいと思いっております。


 ‪……‬‪……‬でなければ、サルとゴキブリの違いがわからない愚かでしかし我々と同じ『民意』の代表として‪、


 あなたには、代表から降りてもらうしかない‪」



 内心、言わんとしていることの意味を理解しているカヨコは大きくため息をつく。


 ネオツー・デザインドは大変に有能で、アホだ。



 辟易した心を癒すように、窓の外、煌びやかな首都の高層ビル達に映る綺麗な空の光を見る。




「‪……‬‪……‬私達は当時を知りはしません。


 ただ‪……‬‪……‬この火星統一政府は、始まりは『敗走』だった。


 そう結論づけるしかない歴史が、我々の始まりだったのです」



「歴史のお勉強ですのね。

 まぁ、認めたくはない事実。


 私達は、旧人類おサルさんより優秀なのに、生まれた時から敗北者だなんて。


 大多数はこの歴史に耐えられない」



 ナノハの言葉に、ヘッと自嘲気味に声を漏らすカヨコ。




「生物の勉強の話ですが、進化の始まりは『敗北』からという話があるそうです。


 ある環境に居続けることが出来なかった『敗者』が、別の環境へ世代をかけて適応し、繁栄し支配者になる。


 ですが、結局元の環境では何一つ勝てない。

 ただし‪……‬‪……‬元いた場所の変わらない相手を捕食することは出来る。


 わざわざ海の魚に泳ぎで勝とうとする人間はいない」




「それは違いますわ。

 たとえ叡智を極めた賢人といえど、魚を相手に泳ぎで勝ちたくなるでしょう。

 それほどまでに我々は傲慢さを捨てきれない。

 わたくしも、あなたも」



「私は、海を泳ぐ魚は釣って捌きたい傲慢な人間ですので。

 海水浴は嫌いです」




「‪……‬‪……‬では、釣り人のカヨコ・パターソン?

 あなたが次に狙うものは何かしら?」



 一瞬、一応は競合派閥の相手に話すべきか悩んだ。

 だが、隠した方がろくな結果にならないとすぐに分かる結論を下し、全てを開示するべく口を開く。




「『ホーネット』を使います」


「!?」



 流石に、その兵器の名を聞いて驚く顔を見せるナノハ。




「‪……‬‪……‬てっきり、はあなたの考えとは合わないから使わない物と思っていましたわね」



「何か勘違いしていませんか?

 私は、人類生存圏側の人類に対しても平等主義です。


 相手は今、巻き返すだけの戦力があると分かった以上は『サル』などと舐めてかかっていてはこちらが死にます。


 停戦交渉は、持ちかけた側が有利でなければ行けない。


 ‪……‬‪……‬慢心で我々が不利になっては、こちらの同胞達は余計に拗らせるでしょうしね」



 カヨコの冷静な言葉に、ナノハは青ざめた様子で長く息を吐く。



「‪……‬わたくしも、あなたがやらないなら『ホーネット』を出すつもりだったとはいえ‪……‬


 いざあなたが、『出すと判断する事態』になったと思うと、身が震えます。


 ‪……‬本気で、出すのですね?

 『ホーネット』を」



「それで、敵に前線を押される事態を止められるなら。

 あくまで、有利な間にこちらから停戦などの交渉を持ちかけます」



「‪……‬‪……‬あなたが代表になれた理由がよく分かる」



「懸念があるとすれば、私の友人たるオニキス博士の提唱する脅威のみ」


 と、カヨコの言葉に、ナノハが今度は怪訝な顔になる。




「‪……‬『IR対策機構』、新兵器の理論や配備においては多大な貢献をしておりますけれども‪……‬


 あなたは、信じていますの?

 イレギュラーなどと言う、UMAや妖怪の類のような生物の話を」



「‪……‬‪……‬ええ。この戦争の書類を処理するうちにですが‪……‬

 かつて、かの『IR対策機構』の代表でもあるオニキス博士がかつて敗れた存在‪……‬


 いえ、もっと言えば、

 我々の先祖達である古い火星統一政府が敗れた理由、


 それそのものであるイレギュラー‪……‬

 今はいない方が説明がつかないと思っておりますよ。


 そうでなければ、今の状況は生まれていないはずです。


 もし私達が、旧型人類や、旧世代のネオより優秀じゃなかった、と言う理由でもなければ」



「‪……‬‪……‬もしもそうだったら、自殺してやりますわ」



「まぁ、ただそうだとしてもだったら我々の強みを探してぶつけるのみですよ、私はね。


 相手もそうしているんですしね?


 我々は優秀な種として試験管を母に生まれたネオツー・デザインドビーイング。


 猿真似だって、旧型人類よりずっと上手いはず」



「‪……‬‪……‬そうね。なら私も安心して、あなたほど柔軟ではない民の声を上げる先導者はやれそうですわね」



 ナノハは立ち上がり、この部屋の入り口へ向かう。



「‪……‬‪……‬もしも、おサルさんの中に『イレギュラー』という異物があるのなら、」



 そして、扉を開けたところで、こう言葉を残す。



「相手はすでに『ホーネット』と同じものを持っておりますのよ?

 もし、弱点を知っていれば、攻略も容易いのでは?」



 振り向いた視線を向けられたカヨコは、フッ、と不敵に笑う。



「弱点は分かりやすいですが、アレが果たしてそう簡単に攻略できると?



 この星のクリュセ海側に存在する『エデン・オブ・ヨークタウン』、


 地球に存在する『ファイト・オブ・エンタープライズ』、



 それらの『姉妹艦』たる超弩級巨大歩行型要塞、」







          ***





 ─────ドシィン!!!



 荒野に落ちる脚一つ。

 それだけで大地は震え、あるのならば地震計は針を振り切るほどの衝撃が走る。



 それほどの存在感と質量を持った巨大な脚が、


 全部で‪……‬‪……‬6つ。


 その脚の付け根の中央は、左右にに伸びた戦艦の様な部分が見える。


 そして、羽根のように広がる、空母を思わせる飛行甲板のような区画。



 その巨大な姿を我々は知っている。


 数キロに及ぶ巨大な移動要塞を。



 その中央のビルのようなガラス張りの一角、艦橋の壁には文字が書いてあった。




 FORTRESS of HORNET



 蜂の巣と飛行機乗りのヘルメットを被ったスズメバチの絵と共に、その文字がそこに描かれていた。





           ***






「我が火星統一政府軍所属の移動要塞、


 『フォートレス・オブ・ホーネット』


 それが負けることなど早々はない。



 そうでしょう?」



 カヨコは、さも当然と言ったように言い放った。


 フッとナノハもただ笑みをこぼす。



「当たり前の事でしたわね。

 ‪……‬‪……‬油断はしないでくださいな。あなたと関係のないミスをついて座を奪うのは嫌なので」



「‪……‬‪……‬まぁ、あとは余程の『イレギュラー』がない限りは」



「‪……‬それで、和平交渉ついでに国交を結べた先方とは?」


 ふと、再び振り向いてそんなことを尋ねるナノハ。



「あらまぁ、情報はいってないようで」


「何せあなたの派閥だけが動いているのだもの」






「‪……‬‪……‬蒼鉄王国は、中立を約束していただきましたよ。

 それと、和平交渉を行う場合の立ち会いも」




 にぃ、と誇らしげに言うカヨコに、内心複雑な顔を見せるナノハ。



「‪……‬‪……‬凄まじい手際の良さですわね。

 あなたも、あの肌の色の違う隣人たちも」



          ***

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