ENEMY'S SIDE 01 : 愛すべき至高の種であるバカ達へ








 ────火星統一政府、星の南半球に存在するヘラス内海に位置するメガフロート都市、首都でもあるここに存在する中央行政区、そこの執務室。






「何もしてないのに予算が減るよ〜!?」


「なんで捕虜がゼロ報告しかいないのか?」


「‪……‬‪……‬ひょっとして我が軍おバカしかいないのでは?」



「‪……‬‪……‬くぅ〜!いやぁ、まともな感性がある官僚って素敵ですねぇ!」



 火星統一政府行政代表、カヨコ・ヒーリアは大変嬉しそうな声で、大量の書類の承認と却下の印鑑を推して行くのだった。



「代表、軍務担当官として言わせてもらいますが、

 このままだと勝利しても軍の3割が消えますよ」


「知ってますよぉ、リンナ軍務担当官さん。

 だから今なんとかとても勤勉で正義の心と優良遺伝子の自負を持ったアホの同胞をどう抑えるか考えてるんですよ」




「代表!!何もしてないのに予算が減るよ〜!!」


「ハイハイ、セイナ財務担当官お手柄ですよ大真面目に。


 やっぱり予算申告漏れに電子データ改竄ですか。

 ペーパーレスなんて言いますけどねぇ、こうやって面倒で重くて厚い書類がなきゃすーぐちょろまかすんですからね。

 あってもするでしょうけど」




「代表‪……‬捕虜ゼロの件ですが、」


「やってますねぇ、前線の皆さんは!

 ニコ諜報担当官さんナイスです。

 はは、そりゃあ私達戦う相手より上等な生き物とは思ってますけど、まさか本気で『旧人類オールドタイプの捕虜はいらない』やるとは‪……‬!

 休戦の時不利になりますよコレ‪……‬!」




 ははは、と笑うカヨコのそれは、もはやヤケクソんと同義だった。





「‪……‬我々は、ネオツー・デザインドビーイング。

 50年前敗走した昔の火星統一政府が、逃げ延びた先にあった旧地球文明の遺産であるこの都市と例のアレを利用して、『真の火星の統一のために』とネオ・デザインドなどの人工生命体技術をさらに発展させる事で生まれた者‪……‬でしたよね?


 我々もっと頭のいい生き物として、人工子宮で培養されて生み出される物でしたよねぇ〜???


 ‪……‬‪……‬いや、だから序盤はまだ勝ってる状態まで持って行けたんですかね?


 悪夢だ‪……‬これ負けのルート一直線ですよってわかる人は手をあげてくださーい」



 ひと段落した仕事の中、休憩中に問いかけるとカヨコが選んだ行政官達はしっかり全員が手を上げた。



「‪……‬良かった‪……‬!!

 まともな人を選んで良かった‪……‬!!」


「あの、カヨコ代表?

 前の行政官達は自ら粛清した時いてますけど、それほど酷かったのですか?」


「ニコさん、私はコレでも独裁者なので殺すときはスッパリ殺しますが、好き好んで殺人なんてことはしませんので。

 お友達人事なんてしないで見たのはいいですが、まぁどれもコレも『優等遺伝子病』にかかってる方々だったんですよ、困ったことに」


「『優等遺伝子病』?それって─────」






「失礼する!」




 と、そんなタイミングでバンと勢いよく執務室のドアが開かれた。


 見れば、カヨコにとっては『見たくはない』を通り越して『見飽きた』相手がいた。



「‪……‬カナデ・グレイン中将‪……‬!」


 内心『ゲェ、出たよ!』と隠さない嫌悪の視線の先には、すらっとした長身に整った顔つきと着こなした軍の制服と幾つもの勲章という‪……‬まぁ見栄えだけは良い火星統一政府軍の将校がいた。



「代表、どうかこの嘆願書をお受け取りください」



 内心またかよ、と思っている見たくもない紙を渡してくる。

 カヨコにとっては見慣れた地獄の光景がまた始まった。


「‪……‬‪……‬」


「代表!なぜ我々の侵攻を止めるのですか!?

 我が精強なる火星統一政府軍の力なら、」


「ちょっと黙りなさい。一応は目を通す義務があるのが代表という仕事です」


 見飽きた内容でも、嘆願書には目を通す。

 通した上で、頭痛を覚える。


「読んでいただけたなら分かっていただけるはずです!!

 我が軍ならあのオールドタイプ達に圧勝できます!!

 このままなら勝てるのになぜ軍を止めるのですか!?」


「‪……‬‪……‬」


 とりあえず、タバコ嫌いしかいないこの執務室に存在する立派で巨大な灰皿に、嘆願書を置く。

 そして、安物のライターで火をつけるカヨコ。


「!?」



「圧勝?

 長く苦しい敗北の間違いでしょうに。

 もう間も無く、相手との交渉に必要なだけの占領地が出来る。


 それでまず停戦交渉へ入る、がベターなのも分からないですか、そーですか」



 わなわなと震えているカナデ中将を尻目に、カヨコは自らの机に向かう。

 椅子に座り、ゆっくり腕を組み、あらためてカナデ・グレイン中将へと顔を向ける。



「あなた、本当にそのオールドタイプの人間に圧勝できると思っています?

 まぁ、我々はネオツー。生物としては優秀ですがね」


「当たり前ではないですか!!

 相手は、」





「────エデン・オブ・ヨークタウンを落とすのに失敗したくせに、随分とした自信ですねぇ?」





 う、と言葉を詰まらせるカナデに、カヨコは鋭い視線で言葉を続ける。



「そもそも、『オールドタイプ』を差別的に扱うとは、あなたも優等病に罹っているようだ。


 弱肉強食というか、優れた物が世界のルールを決めると思っている。


 バカな話ですねぇ。

 劣っていると言われている側が多数なのは、劣っている存在と言われる側が環境を整え、

 それを優れている側といわれる者がうまく利用しているだけに過ぎないというのに。


 そして、大抵はこの勘違いをした優秀だった愚か者が死ぬ運命。

 我々の祖先もそうでしたでしょうに」



「っ、しかし我々は!!」



「というか、まさかこの戦いは『相手を絶滅させれば勝ち』だなどと思っていませんか?


 言っておきますが、この戦いの目的はあくまで『火星統一政府の惑星内での容認』が第一です。


 今でもおおよそ、その為の準備としての占領は完了しているじゃありませんか。



 それとも、アナタでしたか?

 捕虜になるような人間の皆様の虐殺を指示したのは?」



「それは‪……‬!

 さ、流石に‪……‬‪……‬」



「‪……‬知っていた上で黙認していたという言い方なのは別として、まぁ素直なだけマシな方ですか」



 はぁ、とカヨコはため息をつく。

 横目に他の行政官達を見ても、同じく頭を抱えている。



「‪……‬‪……‬自らが優勢な遺伝子を持つネオツーである自負は私にもある普通の感覚です。

 私たちは、『地球のコピー』である事をある意味でやめた真の意味の『火星人』。

 アナタも私も地球基準じゃ大分歳がいっているにも関わらず、生物的にも全盛期が長い新種であり火星に適応した生物。

 優れていないはずはない。


 ならば逆に相手を貶めるのは辞めましょう、カナデ中将?


 相手は争いをやめられなかった人類。

 言い返せば、『戦争の達人』たる相手なのですから」



「では我々は勝てないとでも言うのですか!?」


「もうほぼ勝ってるのだから大人しくしてなさいと言っているのです。


 ここからは、逆転される前にどう外交的に立ち回るのかと言うフェイズに入っているのですよ」



「外交‪……‬?」


「なんですかその顔?

 まさか、オールドタイプ相手と外交するのが嫌だと?


 バカな事です。我々は種として優れているのでしょう?

 なら、外交ぐらい「してあげる」気持ちでいても良いはずでしょう?


 何より、我々は我々の能力の高さだけでは手に入れられない物を相手は持っている。


 奪うだけなのもこちらが疲弊するだけですし、何より優秀な我々のやることとは思えないのでは?」



「‪……‬‪……‬」



 理屈は分かるが、心が理解を拒む顔。

 まさに、どこまで行っても人間から生み出された存在らしい感情を見せるカナデ中将だったが、カヨコはそこだけは理解している。




 ここ火星統一政府の歴史には、『敗走の結果生まれた』というコンプレックスと、


 『我々ネオツーは相手より生物として優れている』というプライドで出来ている。


 故に、こういう事態を起こす脳がこんな上に立場の者にも現れると。



「‪……‬まぁ良いでしょう。戻って仕事を果たしなさい中将。

 当分は睨み合いか小競り合いが続くでしょうし、相手への外交的な提案のタイミングが重要ですので。


 さて、私は休憩時間なんです、オヤツの時間なんです。

 糖分補給しないと、仕事がいつ増えるか分からない」


「ああ、その‪……‬」






「その予定はキャンセルだ、代表。

 悪いが仕事を一つ増やしてもらう」





 と、ノックと同時に空いたドアの向こう側、

 そこには、その本来は端正な顔に無数の傷跡が付いた、左目に眼帯をした長身の女性がいた。

 それも、頭の上に光輪のような角がない。


 ネオツーではない存在が。




「あなたは!」


「おやおや、ご老公。珍しいですね。

 ですが、私休憩はキッチリ取るタイプなので。

 何か賄賂があったとしても、そこは譲れま──」



 どさり、と何言わず近づいたその女は、唯一袖が通った左腕で持ってきた菓子の詰め合わせの箱をテーブルに置く。



「『賄賂』ならある」


「‪……‬オニキス博士、あなたが手際良く話を通そうとするだなんて、『IR対策機構』絡みの話ですかね?」




「ああ。ハンナヴァルト領だ。そこを落としてやる。

 そこにはようやく殺したかった『目標』に私の試作型が届く範囲に出た。

 よしんば出来なかったとしても痛手は出さないようやるさ」



「!」



 オニキスと呼ばれた相手は、硬い表情の傷だらけの顔でそう手短に言う。



「そんな勝手な!あそこは、まず私の管轄なのだが!?」


「カナデ中将だったか?迷惑はかけない、支援もいざっていう時の救出もだ」


「オニキス博士、そういうわけにはいかないんです。

 で、何を殺すつもりかまず話しなさいな、この行政官とちょうど居合わせたそこの管轄の軍のトップに。


 まぁ、この賄賂はいい判断ですけどね。

 嘆願書よりは話ぐらいは聞く気になる」



 カヨコの言葉に、オニキスと言われた女性はすぐに答えた。



「私の、私達の作り上げた『IR対策機構』の目標はただ一つ。

 ここに住む人民の安全のため、



 


 そして今回ここに現れたのは、私の身体とプライドをズタズタにしたあのアンジェの血族だ」



 ギリ、と無くなった右腕の中身のない裾を掴みながら、奥歯を噛み締めて憎悪を瞳に映すオニキス。



「コレは私怨だが、同時に警告だ。

 まだ勝っているというのなら、私達がイレギュラー認定した相手は私達の作ったモノで相手をする。


 特に、今ハンナヴァルト領に出たヤツだけは‪……‬!」



「どこでその情報を手に入れたのかは置いておいて、では例の機体を使うのですね?」



 カヨコの言葉に同意の頷きを見せて、オニキスがこう付け加える。






「ヤツが本物なら‪……‬アンジェの血縁者、『大鳥ホノカ』がアンジェ以上の『化け物』なら、アレでようやく互角だ。

 アレに対して不利な機体に乗っている間に殺す必要がある」






「‪……‬‪……‬私はイレギュラーの存在信じているわけじゃないですよ?」



 カヨコは、そっととある書類の承認印を押すのだった。

 それは、嘆願書を直接乗り込んで出す以上の気迫を持った目に、気圧されたからともいうべき行動だったのを自覚した上で。





           ***

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