Chapter 3

[変更済]INTRODUCTION : レッド・フォー・ブルー







 ────火星のテラフォーミング計画は、その実極めて単純な4つの段階を持って行われた。


 第1段階:火星を太陽風から守るエネルギーシールドシステムの生成


 第2段階:火星大気濃度及び温度上昇


 第3段階:海の生成


 第4段階:地球型生物環境の整備



 この内、第1段階は600年も前に地球を往復してミッションに当たった宇宙飛行士達の努力によって、2ヶ月と経たずに完了を迎えた。


 地球では兵器として利用されるEシールドは、皮肉にも火星において生命を誕生させる為の下準備として、そして現在も火星大気を守る盾として機能している。


 問題は最もこのプロセスの内で重労働な第2段階だった。


 かつての赤い火星は、寒い。

 はるか昔に星のコア部分の機能が低下し、太陽風から大気を守る磁場がなくなっただけではない。

 火山活動が収まった結果、本来温室効果ガスとして必要な2酸化炭素が大気に還元される事がなく、岩石と反応して炭酸塩という物質として地表に閉じ込められてしまう。


 温室効果ガスを上空へ循環させるシステムが必要だった。


 すでに大気を守るシールドがある以上、年月はかかってもこの部分さえ解決できれば、大気温度の上昇と気圧の発生によって液体の水が出来上がり、すぐにでも第3段階が終えられる。


 今から500年前、

 地球の戦争が激化した頃、それでも火星への望みを捨てられなかった一団が火星に到達する。


 彼らは、とある機械を持って、大気の改造を行う方法を考え出した。


 それが、環境改変用自律型ナノマシン。


 ナノマシンは医療技術としては一般的なものだったが、彼らはこれを極限環境微生物と同じ役割を持たせ、大地の堆積物と共になった二酸化炭素を大気へ排出させる事で温室効果をもたらすことを考えた。


 だが、問題があった。

 この環境改変用のナノマシンの自己複製の速度と環境の適応能力の素晴らしい性能は、機械には無いはずの突然変異の誘発と複雑化────言ってしまえば生物的進化の可能性を示唆していた。


 恐らく完成の段階でただばら撒くだけで火星は100年とたたずに海と1気圧の大気が出来上がるほどの環境改変を可能とするが、


 その時、環境改変用ナノマシンと呼んでいた物が、どのような姿となって我々の前に現れるのかが一切分からない。



 ある科学者は、こう言う。


「神も生命を作った時、果たして望む姿になったのだと喜んだのだろうか?

 我々は神に似せて作られたなどという神話は本当か?

 これはその答えを我々に教えてくれる大いなる実験でもあるだろう。

 ‪……‬私は知りたくはないが」




 火星のテラフォーミング第2段階になり、しかし懸念を持った上で散布された環境改変用ナノマシン。


 それを相手に、地球の生物を移植できるよう作業を進める手段を考える必要が出始めた。


 ナノマシン由来の『何か』と対峙した場合の対策手段‪……‬

 手段自体は、案外早く見つかることになる。


 ナノマシンの基礎構造、コンピュータに当たる部分に直接話しかければ良い。

 つまり、どれほど進化しようとその基礎構造そのものの中枢にアクセス出来るだけのハッキング、あるいはクラッキングが可能なだけの強力なコンピュータユニットと共にすればいい。


 ────この時、約475年前。火星へ挑む人間たちの故郷、地球が全て戦争状態となり、帰る場所を失った事実を知った彼らは、一刻も早く火星をテラフォーミングする必要があった。


 限られた資源。特に人という生物を生かすための資源が足りない危険のある状況で、


 一部の繁殖のため選ばれた人間を冷凍保存し、

 残された人間は、その身体を捨てて保存された人間を生かす栄養源とし、記憶や人格を対ナノマシン対策用コンピュータに移植し、いわゆる『情報体』へとなる道を選ぶのは、それほど時間は掛からなかった。


 個性が消えるわけではないが、当時普及していた量子通信ネットワークを介し、意識や記憶を共有する事で、目的に対して強固な姿勢で挑むことができた。


 だが‪……‬‪……‬何事にも反対意見はある。



 一部の科学者は、このナノマシンで改変されていく火星のナノマシンが進化した物と、そして我々人間が人間のまま共存できるような、全く新しい半機械とも言える生命を作るという手段を提案した。



 もはや神の所業であり、貴重なリソースを奪いかねないコレを、


 しかし‪……‬‪……‬もはや神の領域に踏み入れたような事をしていた情報体人類は、あえてそのプランを認めた。



 『火星人計画マージアンプロジェクト』が始まったのは450年ほど前だった。



 この計画自体、巨大過ぎる情報体となった人類を保全するサーバーを小型化する技術へ転用できる事もあり、意外なほど人間の情報体達は率先して火星人を生み出す計画を進めていった。


 脳神経系全てが量子コンピュータとなり、人間に似た生体の体、そしてそれらを保守するナノマシンで構成された新しい生物。

 真空、高放射線に耐え、70℃から−180℃までの温度に強い身体。

 そして、脳神経である量子コンピュータによるあらゆる機械へのハッキング・クラッキング能力。

 副産物としての高い知能を持つ、本当に完璧な生命体、と作った者たちは今でも最高傑作と語っている。


 どれほどの計画の期間がかかるか分からない以上、生殖能力より寿命を優先したデザインかつ、繁殖の可能性を消すために全員を女性で作り出す事となった。


 火星に降りたてる一つだけ弊害として、彼女達の成長速度は特に胚の段階が極めて遅くなってしまい、生まれて───というより生きていると言える状態じゃら約100年以上は、まだ生まれる段階にすらならなかった。


 だが、既に情報体として生きる人類たちは、彼女達の生命の鼓動に感動し、そして誰よりも祝福していた。


 01から05までの5体が、その年月に反してまだ数ヶ月の子供と言える段階になった頃。


 約380年前、事故が起こった。


 火星へ下ろすべく保存した種子と生物たちのサンプルが乗った宇宙船が火星に墜落したのだ。


 当時、第3段階である海の形成が終わった所にこの事態が発生した。


 はじめこそ貴重な未来の火星の動植物が消えた事実に震えていたが、その後60年でより恐ろしいことが火星に起きた。


 ────火星テラフォーミング計画、第4段階の終了である。



 そう、恐ろしい速さで地球の持ち込んだ動植物たちが星中に拡散したのだ。



 あり得ない。


 例えば、鳥の番が8組いて、それらがすぐに種子を他の大陸に運ぶのだろうか?

 生物サンプルたちには肉食の生物もいる。それらはすぐに他の草食の、あるいは小型のサンプルを食い尽くすだろう。


 それ以前に火星の大気は未だ2酸化炭素が主流のはずであり、地球の生物は生きていけない。


 だが、その時観測された火星の大気の急速な温度低下は、酸素や窒素の濃度の上昇を意味していた。


 一体何が、起こったのか?


 ───今から310年前に、情報体人類‪……‬この時彼らは『クラウドビーイング』と名乗るようになっていたが、彼らクラウドは火星への調査を開始することに決める。


 この時、成長速度が極めてバラバラだった火星人5名のうち、幸い01、02は順調な成長を迎えており、10歳の子供には過酷なのは承知で、共に火星に降り立った。





 そこで、彼らは驚愕の世界を目の当たりにする。





          ***




「────この続き、まだ聞きたいです?」



 マッコイさんの問いかけに、私こと傭兵系美少女な大鳥ホノカちゃん以下、格納庫に集まった割と暇な傭兵たちは、こう答えるしかなかった。



『そこまで聞いたら、当然!!』



「フフフ‪……‬ですわよね?

 ワタクシも、あまり昔話はしませんが、ここだけは見た物があまりにも面白すぎて語らないと夜も眠れませんのよ‪……‬何せ、こういう生物の話にとってあまりにもうってつけな姿で」


「もったいぶらんで教えてーな!

 一体、310年前に何がいたんや!?」


 リンちゃんぐいぐい行くねー!

 でも一体何が‪……‬?


 正直暇人には気になる話題なんですよー!



「それがですね‪……‬少し難しい話で言えば、ナノマシン達はやはりと言うべきか、多細胞生物の様に単一の個体単位ではなく、ナノマシンどうしが結びつき一つの複雑な生物の様になる進化を果たしておりましたの。

 当然、それらは、植物性プランクトン、動物性プランクトンといった微生物になり‪……‬


 その上で、恐らく軟体動物に似た進化を果たしていましたのよ?」



「軟体動物!?」


「なんたいどうぶつ、ってなんだい?」


《28点。

 ‪……‬貝類、アンモナイト類、そしてイカやタコの事だよ》


 手厳しいぞコトリちゃん!

 ってか‪……‬貝にイカタコ?


「海産物なんかになるとはのぉ。醤油とバターか。

 エーネ、お前日本食でもタコイケる口かのぉ?」


「イケる口だし、マリネにしたいよねキリィさん」


「確かに‪……‬タコってタウリン豊富で疲れが取れるし、見た目アレだけど下処理ちゃんとやって煮ると美味いんだよね〜‪……‬大根で叩くんだよ大根で」


「「ああー♪」」


 食いしん坊、万歳である。


「そんなタコ焼きにしても美味いタコさんにイカ飯のイカさんはな、

 昔は、地球時代やと『火星人』のイメージ映像やったんや」


「リンちゃんマジで?」


「それは本当だよぉ〜?代わりにボクが教えてあげよう」


 そして登場、最年少なのに大先輩の銀髪ボクっ娘シルヴィアちゃんだ!


「知っているかな!?

 頭足類、イカやタコは、かつて人類絶滅後は地球の支配者になる可能性があった生き物なのである!


 そもそも頭足類などの軟体動物の発生は恐竜より早く、古くから地球の海の生態系において重要な中間捕食者として栄えてきたんだ。歴史がある生き物と言っていい。


 その上で、イカタコは触腕による複雑な動作や、ある種の形を記憶する記憶能力が高い。


 特にタコは、鏡像理解こそ出来ないものの‪……‬無脊椎動物の中じゃ物体の認識能力が桁違いで、問題を理解して解決する力、そして感受性を持っているんだ。


 何かきっかけがあれば、知性ある動物になってもおかしくはない」



 ちびっ子天才シルヴィアちゃん解説ありがとう。

 タコってそんな頭良いんだ‪……‬私より頭良くない??コトリちゃんどう思う?あやっぱりそう?


「ですけれども、あくまでその、ナノマシン起源生命体は‪……‬言わば収斂進化の結果似ていると言うべき感じでしたわね。


 そもそも、その時見たタコさんは、まるで野犬の様にこちらを4速歩行で追いかけてきましたのよ?


 大きさもコレぐらいで」


 ‪……‬‪……‬サラッと2mぐらいありませんその手のサイズ?



「‪……‬昔おとうちゃん見せてくれた生物系番組のやつやん‪……‬すごいで‪……‬!!」


「タコが犬になるもんかの?」


《うーん、素人の意見であれだけど‪……‬


 君ら、一回絶滅生物図鑑のワニの項を見てみなよ。

 古代地球のワニの多様性を見れば、タコが犬になるぐらい普通だよ》


 そうなのかコトリちゃん!?


《重要なのは、それは310年前までの話ってこと。

 人類未踏破地区なんていうからには、コレから行く場所は少なくとも310年間、本当に一切合切人の手が入ってない訳だ。

 そのナノマシン起源の生物群が、この火星になぜか広く広がらずそこにいるのかも謎だけど、


 たった100年で、頭足類。

 じゃあ、約300年後の生態系は一体どうなっている訳かな?》


 ‪……‬‪……‬あー‪……‬


 それって‪……‬えっと‪……‬


「つまりどういうことだいコトリちゃんや」



《全く分からない場所に行く任務から、

 どんな怪物がいるか分からない『怪獣無法地帯』へ突撃する任務になったってこと》



「‪……‬‪……‬マジですか?」


 マッコイさんを見ると、笑って視線を逸らした。

 答え言ってんじゃ無いかよ答えを!!



「‪……‬‪……‬色々難しい話が出てきたけど、じゃあやることはひとつか‪……‬ある意味で気が楽だよ」


「あら、何をするおつもりで?」


「いやいやマッコイさんにも関係あることだよ。


 マッコイさん、まずペラゴルニスの強化するから、パーツちょっとは持ってきてるよね?


 見せて!」




 そう!

 まずは生き残るために機体を強化しないと!!





           ***

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