第4話 イデオロギー

来るものを拒まず受け入れ、集った人々は最初、言語も習慣もバラバラで、意思疎通や意思決定に困難を極めたが、皆が生存したいという思いは変わらなかった。

飛行ドローンによる3Dプリント建設で隔壁は遅延なく築かれていった。

人々が生活する建物も3Dプリントドローンで素早く必要な戸数を見繕うことができた。

言語の問題は翻訳機能付きのマスクとイヤホンなどのウェアラブルデバイスの登場で解消され、意思決定は様々な価値観を可視化するため、デバイスを通じて集約されたデータを誰もが参照できる形をとった。

ブロックチェーンによる改ざんが出来ない集約システムと音声データのクラウド化によって裏取引のAI検出による検挙が当たり前になった。

不正を働くことはすなわち自身の進路の後退になったため、誰もが不正を避けることが常識となりつつある。

問題を抱える人物や組織をみとがめれば、自身の身を守るために、気軽にAIに捜査を依頼できる。

そうして捜査で検挙されなければ、安全な組織や人だということがすぐに分かるので、安心やリラックスしたコミュニケーションをとれる。

付き合う人を選ぶ時の障壁もずいぶんと低くなった。

その利便性によって、人類史上類を見ない人間同士の争いの無い時代が続いた。


ウェアラブルデバイスには取り外しができるという欠陥があり、取り外してしまうと不正ができるという弱点はすぐに注目され、ウェアラブルなしでデータ共有できるエリアが築かれた。

そのうち隔壁内は全てデータ共有エリアとなった。

床や壁に埋め込まれた電磁的な装置によって、常に音声データと人物声紋が一致したものが集約され続ける。

その装置の拡張性に注目した研究者によって、エリアの床や隔壁の磁気を使ったホバーリフターが開発され、人々の暮らしはより一層利便性を増した。

声による不正が無くなり、文章も全て集約されはじめ、音声波形だけでなく、生体の熱や脈動などの生体反応を元にタグ付けされて、全ての行動が集約対象になった。


そもそも、不正や1部の人だけの利権が何をもたらしたか、この街に集う全ての人が経験から理解していた。

人々は人類激減の原因となった、1部の人の利権や不正による社会の悪化を再び望まず、それを抑止する方向性を模索し続けていた。

その未曾有の経験を後世に与えまいと、記憶を引き継ぎ抑制するシステムを探して、ついに見つけたのだ。

テクノロジーの進化がそれを可能にした。

人類の未来を、そのような1部の人間に委ねてはいけないことを、強烈に意識した改革がこのような極端な実際主義に傾倒させたのだろう。

飢える必要がなくなったことも、この全体主義に進むきっかけにはなっただろう。

生命が脅かされる原因は、既に自然界には存在しない。

人が生きる上で最も人を殺すのは人であるというシンプルな構図しかなかったのだ。

シンプルな動機は強烈な推進力になる。

人は他人を恐れ、自分をも恐れた。

自他ともに制約のある外部リミッターが欲しかった。

集約されたデータはいつでも参照できることを利用して、不正に繋がる行動を事前に制止してくれるアシスタントAIのサポートが導入され、これも9割合以上の人々に好評を博した。

完璧な安息は人が自制した先にあった。

自然死以外は存在しない安息が。

そこからは自然死の克服についての研究は進められたが、成果はせいぜい延命に留まった。

しかし、高性能な半導体技術は思わぬ進化の方向性を示した。


高度なAIサポートにより、生命維持装置の中から遠隔で機械の体を動かせ、それまでと遜色のない生活を送ることができるばかりか、生身とは異なり、より行動の制限がなく、老化の影響もほとんど受けない。

これほどの自由を知ってしまうと、後戻りすることはできなかった。

やがて、機械の体での基本生活の大部分をAIに任せて、好きなことにだけ没頭する者も現れた。

それは少なくない欲求だった。

そして、複数の機械の体を操ることで、好きなことにだけに没頭できる時間的制約を広げることが可能となっていった。

しかし、それでは人類の発展自体は遅遅として進みそうもなかった。

好きなことのベクトルは人類の発展に寄与するものである場合と、全く進展に繋がらないものがあり、基本的には大部分が発展に向いていないことが多い。

太陽系の変化に適応し、存続するには発展を緩めることはできない。

発展を停滞することなく、人類の幸福を継続するために取られたある法律が制定された。


分体労働基本法だ。

つまり、分体アバター1体の無条件の強制労働である。

全ての人類の分体アバター1体を人類全体のための労働に集約して、並列プログラミングとデータ分析に割いた。

そうして築かれたのが巨大複層構造の、生態系も人々の生活も安定した人口激減前よりもさらに豊かな社会基盤だ。

政府など存在せず、他人に危害を加えることも、その必要もない社会。

では、なぜ紛争が起きるのか。


紛争はある種のシミュレートである。

将来的な脅威の抑制のために、解決策を複数用意しておきたいのだ。

人類の発展方向をひとつに絞ってしまった以上、その先に待つ結末もひとつにしてしまうと、いずれ致命的な最期を迎えてしまう。

人類全体として、地球全体として、別の結末の先もシミュレートして解決策を持っておく。

そうすることで、致命的な最期の前に、別の発展の意識を全ての人にインストールして、進行方向を変えることができるように予防線をはっているのだ。

そう、制御できるのは天気予定だけではない、あのスフィアの中の試合結果や試合運びも細かくシミュレートされている。

暴動や事件が起きるタイミングも全て、これまでのシュチュエーションとは異なる設定が盛り込まれており、データを収集・分析するために集約されている。

些細な変化も収集して、将来のために整理されている。

安定的で閉じた世界はいついかなるきっかけで崩壊するとも限らない。

崩壊した時に対応できることが更なる安定に繋がる。

ある隔壁エリアで核弾頭が急に降ってきたとしても、それは予定された演出であり、人が死ぬことは無い。

そのエリアからは本体は遠ざけられている。

分体アバターの意識が死ぬだけで、次の瞬間には本体に別の記憶をインストールして他の人生を歩む。

中身の年齢もごまかしの効く分体アバターシステムは、人類が到達した最高のシミュレート装置だ。

それらの集約データを活用するのも人類で、恩恵もダメージも人類全体として共有する。

ただし、それらを意識出来ている生身の人間は誰一人としていない。

唯一それら全てを意識しているのは、統一機構であり、多体神であり、人類全体で共有した1人の天才の意識である。


今日の天気は雨。

いつもと変わらない日常をおくりながら、今日も予定された事象を観測し、新たな化学反応を待つばかりである。

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