第3話 バックグラウンド
テクノロジーは発達し、言語も統一され、国の垣根は無くなった。
国的な制約が無くなったことで、宗教的価値観も変遷し、幾度となく大規模な宗教抗争が発生した。
前時代の産物である一神教は、人類の激減の原因の一端をになっており、次第に下火となっていった。
人々の生活価値観からも一神教は過去のものとなり、多体神教が一般的になった。
しかし、多体神教は性質上、複雑な派閥を形成し、人々の信仰を一点に集約することはなかった。
そして多くの複雑な派閥は抗争を引き起こし、今でもその抗争が続いている。
各地でいざこざの続く地域が点在しているが、特にフロアが下がれば下がるほど、抗争に対する鎮圧能力が及ばず、結果としては放棄され、治安はすこぶる悪いのだ。
フロアとは、この惑星は全て数階層にも及ぶ生活圏の拡大が行われ、最上フロアについては地表よりも大気圏外に近いところに位置している。
言わば、ひとつの巨大な複層構造のストラクチャーで地表を全て覆い、その中に動植物の生態系を維持するネイチャー層を隔てて、人類が生活するサピエンス層に建物を建てて暮らしている。
各層内にもエリア区分があり、エリアは隔壁によって区切られている。
昼の時間や夜の時間、天気予定もフロア毎やフロア内の隔壁エリア毎に異なっている。
ネイチャーエリアは、人類が激減する前の自然環境を擬似的に再現しており、どんな生き物も自然の状態と遜色のない生活を営み続けている。
人類が、数倍に増えた
ある人はこの進化こそが神が与えた得がたい啓示の賜物であると信じ、ある人は統一機構による不断の努力が結実したものだと主張し、ある人は一重に人類が進化の過程で自然に取捨選択を行ってきた結果があるだけだと言い、またある人は1人の天才が全てを決め、そして今でもその天才によって物事が進められ続けているとまことしやかに囁き続た。
その中の1つの説によれば、1つの隔壁エリア内の事象は全て予定されており、その予定事象に人々がどういった反応や感情を示すのか、様々なデータを収集する目的で、各人には異なるバックグラウンドが与えられ、実験によって得たデータを元に革新的なものやこれまでにないデータをマイニングして取り入れ、人類全体の進化に役立てているという。
それが、人によっては統一機構が行ってきたやり方で、別の人には宗教抗争や天才の存在証明や人類全体として獲得した進化論の基盤となっている。
その実、どれも作り出されたものであり、どれも各人の人生のベース体験であり、真実たり得る。
統一機構自体が人類全体をソースとした統括意識であり、多体神教でいう神であり、1人の意識としての天才であり、人類全体で獲得した進化であるのだから。
個々人の記憶については、映像、画像などの視覚情報、音や振動などの聴覚情報、匂い、味、触覚などの微弱な生体電気信号、体に流れる血液の量や成分、筋肉の約度でさえ、管理されている。
全てを総合した記憶というコンテンツを創り出すことももちろん可能だ。
生殖による種の保存法、種の多様性の維持、推進も人類全体の意志として保全され、減った分を常に補充し続けており、至って安定している。
それらの統括意識を悪用されることなく、むしろ人類全体の進歩のためにひたすら活用されている。
これは外部要因によって人間を家畜化したり、滅ぼしたりする為に使われているわけでは決してない。
人類の正当進化のその先にある単なる形態のひとつである。
惑星の環境全てをコントロールし、何京を超える生物の生態系をそのまま保存しながら、人類の欲望にも忠実なシステムが
これらは人類が
全ての人が、
そこまでの歴史はとてもじゃないが平坦ではなく、イバラの道を歩んだ時期もある。
その影響で人口が激減したのは歴史に深い闇と、人類全体の活動の指針、方向の決定に大きな影響を示した。
激減した人口では文明が著しい後退を余儀なくされた。
その中で内乱が起きたり、飢饉にやられた地域もある。
しかし、南アフリカの1部。
ほとんどの被害から
そこから一気に機械化による人類の生存や文明発展への方向性が広がりを見せた。
急激な人手不足に対応するため、人が作っていた作物や加工品、工業品は全て機械に代替され、飢えや不足が無くなった地域が誕生した。
水の供給も海や大気圏を総合したシミュレートと同期し、人類が使える水の浄化上限が設定され、徐々にだが着実にプラスチック汚染を回避、ろ過された浄化水資源が確保された。
水資源の浄化が進むにつれて、生物への影響も低減。
生体プラスチックの検出センサーが開発され、完全にとはいわないがナノマシンによる除去も可能になり、数世紀掛けて含有量が減り続けている。
今ではプラスチックを作り、環境に流し、最終的にそれを含む食物を食べ続けた人類がアレルギーや身体機能の1部の機能不全を引き起こしはじめた黒歴史は、笑いの種であり、様々な格言を産み、ブラックユーモアとなった。
人類激減後、大気のシミュレートをした結果、大規模に温室効果ガスの発生源が無くなったことを示した。
地球規模の保熱効果減少が氷河期中の地球では、徐々に全体温度を引き下げられていく事が判明した。
このままでは人類が活動できる限界気温を下回ることも示していた。
人類の生存を掛けた隔壁の設置が
南アフリカが急速に発展しており、人類最後の砦であり、楽園だという情報が、遮断された世界に人伝てに徐々に広がり、全世界から生き残った人々が集まり始めていた。
集まった人々が最初に目にしたのは、雲の上までそびえる超大な隔壁の姿である。
隔壁の材質はカーボンナノチューブやグラフェンを織り込み、表面は炭化ケイ素でコーティングされた高耐久で、光を黒く反射する見た目である。
人類最後の安息地をぐるりと取り囲んだ隔壁の中では、外の寒さとはうってかわって、穏やかな気候が維持されていた。
外の荒廃と衰退とは対照的で、そこは確かに楽園と呼んでも差し支えなかった。
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