高校二年 ?

 空調の音。テレビでは二十四時間だか八時間だか分かんないけどぶっ続けで番組がやっていて、テーブルの上には文字で埋まった作文用紙が。シャーペンは持ち主の手を離れて、作文用紙のわきに転がっていた。

「涼悟、ここ時代考証が出鱈目よ」

 そして、テーブルを挟んで向かいの椅子には、もはや見飽きたおさげの眼鏡が座っている。

「え? どこ? ……っじゃなくて! 勝手に見んなよっ」

 ひったくるように作文用紙を引き寄せると、吉乃は言った。

「ちゃぶ台・扇風機とスマホは、基本的に使われていた時代が異なるわ。それに、スマホで学生がやりとりをするなら、一般的にはメールじゃなくてLINEね」

 もっとも、どれも間違い、とは言い切れないけど。と付け加えた吉乃に、俺は言った。


「しょうがねえだろ、夏があったのなんて、もう何百年も前のことなんだから」


 俺は夏を知らない。

 今から何百年も前に、人類は四季を諦めたからだ。窓の外には人工太陽が浮かび、気温は年中二二度程度に保たれている。

 夏がなくなり、夏休みもなくなり、それでも宿題は無くならない。

 いま俺と吉乃は、歴史の宿題を俺の家で一緒に片付けているところだった。

 宿題の内容は、いまはもう〝存在しない〟夏休みの思い出を、夏休みがあった当時の人になりきって書く、というもの。

 ったく、なんでこんな面倒な宿題を出すんだか……と歴史の教員を思い浮かべていると、吉乃が「それから」と、口を開いた。

「……私とのこと、書くのやめてくれる? 恥ずかしいし。先生に提出するのよ、それ」

「しょうがねーだろ。思い浮かばなかったんだし」

 そう、今回の宿題は、〝存在しない夏休み〟の思い出を書くこと。

 存在しないのは夏休みだから、思い出の方は存在するものを書いてもいいわけで。

「それにしても、意外だったわ。浴衣姿、そんなによかった?」

 からかうように、吉乃が言った。

「は? ち、ちげーし? あれはただ、普段おさげと眼鏡ばっかだから意外だったっていうか? 字数稼ぎで書いただけって言うか?」

 慌てて言い繕うも、俺の態度で本心はバレバレだろう。

 吉乃は――吉乃琴葉は余裕たっぷりに「ふーん?」と言ってくる。

 当時すでに、吉乃と俺は付き合っていた。だが、吉乃はそれを隠したがった。同級生にからかわれるからだ。

 そこで、俺は二人でいるときだけ、琴葉、と下の名前で呼び、学校では名字で呼んでいた。

 今ではもう、特に隠してもないのだが、吉乃と呼んでいた期間が長かったため、デートの時意外は吉乃と呼んでいる。

「週末お祭りあるけど、行かない?」

「行く」

 あの日チャットできた誘いが、今度は直接飛んでくる。またしてもノータイムで、俺は答えた。

「あんたがどーっしても浴衣を着て欲しいっていうなら、また着てあげてもいいけど?」

 そう言う吉乃に、俺はふと思った。

 今日も今日とて、吉乃にはいいようにされっぱなしだ。なんか悔しい。ここらで一つ、仕返ししたい。

「ああ、せっかくだし着て欲しいな。……あん時の琴葉すげえ可愛かったし」

 吉乃の顔を見遣る。いつもと変わらぬポーカーフェイス。

 けど、俺は知っている。

「……ばか」

 そう言った吉乃の耳は、いつかのりんご飴みたいに真っ赤に染まっていた。

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存在しない夏休みの思い出 秋来一年 @akiraikazutoshi

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