第6話 ポンコツ学年主任
楓は帰りのバスの中でもずっとこの宿題について考えていた。おかげで学校の最寄りのバス停を乗り越してしまった。
楓は職員室には向かわず、真っ直ぐことり学級に向かった。野田が面倒を見た後だ。何事もない、なんてことはあり得ない。
教室のドアを開けて、楓は顔を思い切りしかめた。教室中央部に使用済みのおむつが無造作に放置されており、そこから強烈な異臭を放っていたからだ。給食後の五限目だ。便を催したのであろう。おむつの周辺に、尿の飛び散りも確認できる。達樹君はたくさんの薬を服用しているため、尿が少々緑かかっている。この飛び散り方からして、相当、達樹君は暴れたのだろう。
達樹君は“自分のことを嫌っている”という人間は分かるらしい。これこそ動物的本能だろうか。野田が自分のことを毛嫌いしていることを瞬時に認識した達樹君は、野田相手に暴れに暴れまくったのだろう。この状態から察するに、野田は大量の糞尿を浴びたに違いない。
楓は窓を開けた。そして自分の荷物を教卓に置き、いつも教室の隅に溜めてある新聞を数枚抜き、ビニール手袋をはめて、テキパキとおむつを片付け始めた。
トイレの汚物入れにおむつを捨て、教室に戻ってきたとき、テーブルの上に置いてあるラジカセの上に、使い古した雑巾のような趣味の悪い色づかいのスカーフが置いてあることに気がついた。
野田のものだ。達樹君の首を絞めるつもりでいたのだろうか。
楓はおもむろにそのスカーフをつかむと、達樹君の糞尿が散乱している場所に向かった。
「どんな仕事でもね、きちんと最後までできない人は、現場には要らないんだよ。」
そうつぶやくと、スカーフを飛沫の上に落とし、床を拭き始めた。床がきれいになったところでアルコール除菌スプレーを吹き付け、掃除を終えた。
楓はスカーフを持って職員室に向かった。
職員室には野田の姿はなかった。ホワイトボードを見ると、『野田・年休一時間』と書かれている。野田の机は爆破されたように荒れていた。達樹君と格闘して服を汚してしまった野田は、命がけで切れたのだろう。
楓は野田のお気に入りのスカーフを広げて椅子に掛けた。そして踵を返すと、
「お先に失礼します。」
とその辺にいる職員にあいさつをしてドアに向かった。何人かの職員が、スカーフが放つ異臭に気付き、顔をしかめ出していたが、楓は視界に入っていない芝居を通した。
達樹君の卒業まで残り百日。
楓は心の中でそう唱え、ビニール手袋をはずした。
非情禁交子 ラビットリップ @yamahakirai
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