第5話 欠席裁判

楓がこの空間に入った時に感じた異様な重さは、確実に重量を増していた。やがて宮下は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。

「皆さんの事情は分かりました。そうしましたら、今日の中教研に参加してくださらなかった木葉中学校の中山先生にお願いしましょう。欠席裁判のようで後味が悪いのですが、致し方ありません。僕の方からお願いしてみます。」

硬直していた空間に、一気に緊張緩和が流れ込んだ。思わず笑みをこぼした者も見受けられる。次の瞬間、その笑みを瞬殺するかのように、宮下は一気に言葉を吐きだした。

「ですが、木葉中学校の中山先生もどうしてもできない私情を述べてきて断ってきましたら、また皆さんに集まっていただき、再度決めたいと思います。来月もこの会があるかもしれませんので、常に木曜日は五限目以降、何も予定を入れないよう、お気をつけください。」

全ての参加者から笑みが消えた。研究授業免除は仮決定だよ、と言ったも同然だからだ。

「それでは次の議題に移ります。」

文書をめくる音が、すすり泣きのように聞こえたのは、楓だけだっただろうか。その後は誰一人、文書から顔を上げる者はいなかった。


第二回目の中教研は二時間ほどでお開きとなった。楓は最後まで残り、紙コップの回収や会場の机の解体作業を手伝った。

「宮下先生、ほんとにすいませんでした。研究授業、お引き受けできなくて。」

楓は片付けが一段落したところで、声をかけた。宮下は、楓に席を勧め、残っていた紙コップにお茶を入れ、「どうぞ。」と楓の前に置いた。

「いやいや。こういう風になるって、初めから分かっていたし。それにあんたはできないよ。非常勤講師だからというより、あの佐藤君じゃあねぇ。彼のことは彼が小学生の頃から知っているよ。彼は小学校から、通常学級にすべて交流に行っているからね。彼の親も無茶いうよね。よっぽど障害者が生まれたことが悔しかったのかね。」

宮下はお茶を一口飲み、喉を湿らせ、続ける。

「森川さんさ、教員目指しているよね。」

「はい、なかなか採用試験が受からなくて、まだ講師をしています。」

「大半の講師の方がそうだよ。特別支援学級の担任は君みたいな講師か、戦力外通告を受けた教師が充てられることが多いんだよ。今日の先輩教諭の答弁を見て思ったろ?好きで特別支援をしている奴なんて、これっぽっちもいないんだよ。講師以外は大体が曰く付きばかり。授業が成立しなくなった教師とか、学級崩壊させちゃって鬱病になった教師とかさ。あのね教育公務員だからさ、一度採用した職員を簡単に解雇できないじゃん。やっぱり使えないからって。だから特別支援学級の担任をやらせているんだよ。僕みたいに特別支援の免許を持って、特別支援教育を専門に取り組んでいる奴なんて、殆どいないよ。特別支援学級なんてさ、使えなくなった奴が行かされるところなんだよ。そこの場所が嫌だったら、いつでも辞めていいですよ、って暗に学校はそいつに言うわけさ。あの教室はさ、まぁ、民間でいう追い出し部屋だよな。」

宮下は一気にお茶を飲み干した。

「なぁ、森川さん、一つ宿題を出していい?」

「宿題ですか?」

「ああ。どうせ来月もこの会をやることになるよ。木葉中学校の中山っていう先生は、研究授業が絶対できない。なぜならば先生自身が不登校気味だから。」

「あぁ、そうなんですか。」

楓は紙コップをゆっくり机に置き、宮下の目を見た。

「僕は特別支援学級なんてなくなればいいと考えている。こんなのがあるから佐藤君の親みたいな人も現れるしね。こういう学級がなければ、特別支援学校に行くしかないんだからさ。それに戦力外通告を受けた教師には、違う仕事を考えさせるチャンスを与えるべきだよ。今の学校の人材配置は、子供にとって一番可哀想だし、失礼だよ。これは僕の持論。君の考えを来月聞かせて欲しい。これは教員採用試験の勉強になるよ。よく、考えてきてね。」


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