もうやばい、まじやばい、これやばい

御手洗孝

新たなる伝道師の誕生

 ある日突然、異世界に転移していた。

 よくある小説や漫画、アニメな展開。

 ただ自分は、勇者召喚に巻き込まれた人系であり、特別なスキルを持っているようでもなかった。

 が、異世界だ。ワクワクしないほうがおかしいだろう。

 召喚された教会からは要らない人として認定され、それなりの金をいただいてお暇した。

 アレやコレや、異世界系の定番を試してみるのも良いかもしれないし、知識無双なんてのもありかも。

 スキルはしょぼいらしいが、実はそのスキルを使ってなんだかすごくなるとか、よくある話だし、使い方次第で無双状態かもしれない。

 なんて、思って浮かれていた。

 そう、数時間前までは。

 

 教会のある街は非常に大きな都市のようで、教会地区の大通りはいろんな店がある。

 当然ギルドもあり、ギルドがあるということは武器や防具の装備関連の店もあり、そして宿屋に飯屋があった。

 防具屋の話では飲み屋やちょっとアレ的なところは、教会から少し離れた場所にあるらしく、このあたりは基本的にめし屋が多いとのこと。

 考えてみればココに来てから何も食ってないし、腹も減って来ているようなきがする。

 ショーウィンドーで食品サンプルが置いてあるわけではないし、メニューを通りに出しているところは殆どない。

 メニューを出してくれているところでさえ、「ゼルマの煮付け」なんて書かれてあると、煮付けなのはわかるが、ゼルマってなんだ? ということになる。

 せっかくだし、適当に選びたくないと思ったので、そこらの飲食店以外の店員に美味しいところは無いかと聞いて回った。

 多かったのはゼブの店の「日替わりランチセット」。

 日替わりだが、おかずは全て絶品とのことで、その店に決めて入ってみた。

 今日のランチは「アモーの唐揚げ」がメイン。

 アモーが何かは全くわからないが、肉厚でジューシー、少し噛みごたえがあり、噛めば噛むほど味が出てくる感じで、元の世界で言うところの親鳥に似ている。

 レタスっぽい見た目の葉っぱが入った、野菜たっぷりのサラダに、芋のポタージュのようなスープ、インド米に似て少しパラパラしているが旨味は強い米、デザートはピンクが鮮やかなプルプルゼリーだった。

 流石、薦める人が多いだけあって、味は大満足。かなりのボリュームがあったがぺろりと平らげてしまった。

 これで価格が日本で言うところの600円程度。

 味も価格も満足して店を出て、宿屋を探しながらの数時間後。


 それは突然襲ってきた。


 下腹部に訪れた急な要請に、俺は慌てて近くの店に入った。

 店内をうろついてみるが、それらしき表示がなかったため、仕方なく店員に聞けば、宿屋か自宅に帰ってからにしてくれと言われる。

 なんとか我慢しながら、次の店に行けば同じように断られ。宿屋に至っては宿泊客でなければ貸せないという。

 しかも、聖人召喚記念とかの行事のせいで、それなりの宿屋はどこも満室。

 あいているのは値段に見合わない、質素といえば聞こえが良いほどの状態の宿ばかり。

 なんということだ。

 日本では、そこらへんにあるコンビニに入れば、気軽に綺麗な状態のものが借りられると言うのに、店がこんなにありながら、どこもかしこも全く貸してくれる気配がない。

 俺が何を探しているかというと、そう、トイレだ。

 小もしたいが、それよりも、少し下し気味かもしれない方が気になる。

 慣れない場所での慣れない食事のせいか、はたまた、店で出されたとはいえ生水を飲んでしまったからなのか。

 当然、街中での用足しは厳禁であり、捕まると場合によっては罰金だけでは済まないらしい。

 かといって、店も快く貸してくれるところなど無い。どうやら、以前色々あった挙げ句、他者には気軽に貸したがらない店主が多いのだそう。

 中には金を払えば使わせてやると言って、人の足元を見る価格を提示してくる輩もいた。

 いくらなんでもトイレ1回に10万円ほどの代金を支払うなど出来ないし、教会からふんだくった金しか今は持っていないのだから、無駄使いが出来るわけがない。

 大丈夫だ、まだ、まだ我慢は出来る。

 そうだ、店が駄目なら公衆トイレを使おう。

 噴水広場なんてものが有るんだから公園もあるだろうし、そこにはきっと公衆トイレが有るはずだ。

 そこで、公衆トイレは無いのかと尋ねれば、そんな物があるところがあるのかと、逆に驚かれてしまった。

 なんということだ、俺のトイレクエストは行き詰まりつつあった。

 しかし、必死で下腹部の痛みと戦いつつやってきた場所で俺は思い立つ。

 そうだ、中が駄目なら外に行けばいいじゃな~い。

 そう。街の外へ楽園を求めた。

 立ちションの経験値は多少有るものの、野糞の経験値はゼロ。だが、こんな状況だ贅沢は言ってられない。

 一番近い門までやってくると、兵士らしき格好をしたものに止められる。

 なんと、装備が不十分だから街の外には出せないというのだ。

 あと少しで楽園に辿り着けそうだというのに、そんな理由で足止めされるとは。

 今から防具屋や武器屋に戻って再びココにやってくるなんてとても無理だ。

 俺は泣いた。

 泣いて訴えた。

 野糞をさせてくれと。

 ドン引きされようと関係ない、今ココで漏らすほうが俺にとっては最悪の事態だ。

 本当にもう限界なんだ、こんにちは! ってヤツが勢いよく飛び出してきそうなんだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、この門を守る兵士の上司らしき、他より少し豪華そうな甲冑を着た人物が、兵士に事情を聞き、呆れるような素振りで手招きしてきた。

 言われるままに付いてくれば、そこには憧れのトイレ様が!

 連れてきてくれたことへのお礼もそこそこに、俺は今までにない俊敏な動きで駆け込んだ。

 ボットントイレだったが、それがどうした。ここはトイレだ!

 勢いよく旅立って行ったヤツを見送り、安堵の中の安堵で大きくホゥと息を吐いた。

 ここは門番兵士用のトイレらしい。

 通常はこのように使わせてはくれないらしいのだが、状況が状況だけに気の毒に思われたようで、特別に使わせてくれた。

 ひとまずの山を超えた俺は、お礼にと、とにかく美しくトイレを磨き上げ、よくよく礼を言ってその場をあとにする。


 そして街に戻り、早急に宿屋を決めることにした。

 価格と質素さなど気にしている場合ではない。

 そう、トイレが使える、それがいちばん重要なのだ。

 俺の居た世界は、本当に恵まれていたんだなと、とても懐かしくなった。

 異世界のトイレ事情は非常に非情だ。

 

 俺のこの世界での目的は決まった。

 トイレを開発し、そして公衆トイレという認識を広めること。

 きっと、それこそが俺がココにやってきた本当の理由なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

もうやばい、まじやばい、これやばい 御手洗孝 @kohmitarashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ