見えない除霊師に見えてる幽霊 ~魑魅魍魎跋扈型ラブコメディ~
ゲンゾウ
【短編】『見えない除霊師に見えてる幽霊』
1
【伏見マンション】。
駅近の一等地に建っているこの物件には今、“幽霊”が憑りついているらしい。
そして、その幽霊を除霊するために幽霊退治の専門家集団である『陰陽会』から派遣されたのが、見習い除霊師であるこの私──。
「ごめん!ずいぶん待たせちゃったね。“
……そう。その今にも死にそうな名前が、紛うこと無き私の本名なのです。
誠に遺憾ながら。
「そういうあなたは“
まったく本当にこんな人が──霊障問題のエキスパートなんだろうか。
「七十五分⁉……あれ?くくりちゃん。待ち合わせって、確か十時だよね」
「その通りですよ」
「……なんで九時から待ってるの……?」
「仕事を与えられた身として、一時間前集合は当然の心得です」
「……うわー。やべえのと組むことになっちまったな。ったく、なんで
憑木身さんの言う鎹さんとは、陰陽会に所属している除霊師のまとめ役を担っている、“
「ほら、それでは行きますよ先輩」
「はいはい。……まあ、腕前はともかく、年功序列って意味なら先輩だわな」
──こうして私は、よく分からない独り言を呟いている憑木身さんを引っ張りながら、伏見マンションへと入って行ったのでした。
エントランスの中でエレベーターを待っている間、このマンションで起こっている怪事件の情報を、憑木身さんと一緒に改めて確認しておく。
「伏見マンションに幽霊が現れるようになったのは一か月前から。三〇一号室で住人の女性が首を吊って自殺した事件の直後であることから、幽霊の正体は恐らくその女性で間違いないと思われます」
「“
「事故物件となってから三〇一に新たな入居者はおらず、霊障による被害を受けているのは、主に他の部屋の住人たちだそうです。それから、遺品整理のためにやって来た特殊清掃員の方々も同様の被害にあっているとか」
「そのせいで三上悠子の遺品は手付かずのまま、今も三〇一号室に放置されている、と。住人たちが受けた幽霊の仕業だと思われる被害は、呻き声、金縛りに体調不良……首の骨が折れた女性の幽霊を目撃したって話もあったっけ。なんというか、典型的で分かりやすい怪談話だな」
「ですね。鎹さんが私の除霊師としての初仕事にここを選んだ理由も、そういった前例を参照しやすい事件だったから、ということなのかもしれません」
そこで、エレベーターの扉の上のランプが光った。ぽーん、という電子音のあとにゆっくりと開いた扉の中へ足を踏み入れる。
その時。
「……視線を感じる」
「え?」
「くくりちゃん、急いで乗って」
憑木身さんの言葉通り、私は急いでエレベーターに飛び乗った。
「エントランスの外からかな。誰かに見られているような気配を感じたんだ」
ごうん、ごうん、という駆動音が響く中、憑木身さんは神妙な面持ちでそう言った。
「私は……私は何も感じませんでした。やっぱりすごいんですね、憑木身さん。さすがは霊障問題のエキスパートです」
私は本当に感心しながら、鎹さんから伝えられていた憑木身さんの評価を口にした。
……のだが。それを聞いた当人は、なぜだか複雑そうな表情を浮かべていた。
「それ、鎹さんから聞いたの?他には何か言われてる?」
「ええと、憑木身さんは亡くなられた陰陽会先代会長のご子息で、これまでいくつもの怪事件を解決してきたスペシャリストで、他の除霊師には真似できない特異な才能をお持ちなんですよね。鎹さんからはだいたいそのように伺っていますが」
「……誇大広告というかなんというか──。俺の実力は、君自身の目で確かめてくれ。そうすれば、色々と誤解も解けると思うから……」
「そう……なんですか?分かりまし、」
曖昧な理解のまま憑木身さんの言葉にうなずこうとした瞬間、ぽーん、という音がして、エレベーターの扉が開いた。
そこには。
首の骨が折れて支えを失った頭部を胸の前でぶらぶらと揺らしている女性が立っていた。
「……っ‼‼」
振り乱した髪の隙間から、血走った眼球が覗いている。白いワンピースには黒ずんだ血液が染みを作っていて、手に提げている袋からはぎゅうぎゅうに詰め込まれた生ゴミがとてつもない悪臭を放っていた。
間違いない──この女が、伏見マンションに憑りついた三上悠子の亡霊だ。
息を呑み、身構える私。しかしそこで、憑木身さんが驚くべき行動に出た。
憑木身さんはエレベーターから降りると、何事も無かったかのように、不快なうめき声を上げている三上悠子の横をするりと通り抜けていったのだ。
私も慌ててその後を着いて行く。すれ違った瞬間、三上悠子の眼が凄まじい眼光でこちらを睨みつけて来た。──その視線に気づいていないふりをして、私は憑木身さんの横に並ぶ。
「……何か、意図があっての行動なんですか?」
「え?何が?」
振り返ると、そこにはすでに幽霊の姿は無かった。
「だって今、すれ違ったじゃないですか‼いきなり三上悠子の幽霊が現れたっていうのに、憑木身さんは何の対処もしないまま──」
そんな私の抗議の言葉を遮るようにして、憑木身さんは信じられないようなことを口にした。
「──ごめん、くくりちゃん。俺、幽霊見えないんだよね」
2
「……どういうことなんですか」
鎹さんに電話を掛けると、彼女は電話越しでも表情が分かるくらい愉快そうに笑った。
『そう怒るなよ首巻。あいつは間違いなくエキスパートだ。特に相手が女の幽霊ならな。……というか今、憑木身は近くに居ないのか?』
「あの人は眩暈を起こしたとか言って、今は三上悠子が自殺した三〇一で横になっています。……本当に信用して良いんですか?あんな貧弱そうな人」
『まあ──あいつの言っていた通り、憑木身の実力はお前自身の目で確認してみろ。そうすれば、きっと納得もできるだろうさ』
そう言って鎹さんは電話を切った。……だけど私は、なんだか裏切られた気分でした。すごい除霊師の人と一緒に仕事ができるというので、そのお手並みを拝見させてもらおうと思っていたのに。
「まあ、憑木身さんが頼りにならなくても、私一人で事件を解決してしまえば問題ありませんね」
そう思い立って、私は他の部屋の住人に聞き込みをしに行くことにした。
まずはお隣の三〇二号室の住人に話を聞くべく、呼び鈴のスイッチを押す。
「突然すみません。ちょっとお伺いしたいことが……え?」
カチャリ、という鍵の回る音がした。だけどいくら何でも応対が早すぎる。
待ってみても部屋から人が出て来る気配がなかったので、私はドアノブに手を掛けて、室内に入ってみることにした。
3
情報通り三〇一の室内は、三上悠子が自殺した当時の状況のまま保存されていた。
警察が現場検証を行った際の道具などは片付けられているようだ。事故物件であることに目を瞑れば、このまま居住することも不可能ではないように思える。──しかし。
「……綺麗なもんだ。不自然過ぎるくらいに」
三上悠子が自殺してから一か月の間、この部屋は誰にも使われていない。だというのに、部屋にはまったく埃が積もっていなかった。
「特殊清掃員は霊障を恐れて仕事を放棄し、その結果伏見マンションの大家から陰陽会に除霊の依頼が舞い込んできた……となると、この綺麗さはやっぱり引っかかるな」
何か、三上悠子の生前の為人を知ることができるような物はないだろうか。そう思って室内をできる限り丁寧に物色し、最後に寝室のタンスの上に手を伸ばしてみると、誰かの目に留まらないようあからさまに“隠されていた”写真立てを発見した。
「こりゃあ……でも、しかし……」
そこに映っていたのは、三上悠子ともう一人、事前の情報には無かった男性の姿だった。
だがそうなると、この部屋にはもう一つ不自然な点が存在しているということになる。クローゼット、食器棚、そして洗面所──その全てに、無くてはならないものが一つも無いのだ。
と、その時。この部屋の呼び鈴が鳴った。眩暈を起こして倒れた俺を置いて、一人で聞き込み調査に行ってしまったくくりちゃんが帰って来たのだろう。
「やあ、くくりちゃん。結果はどうだっt」
扉を開けると、そこには全身血まみれの首巻くくりちゃんが立っていた。
「ただいま戻りました」
「うおぉおおい⁉⁉何があったんだよくくりちゃん!」
どうやらその血は、くくりちゃんが怪我をして出血したものではないらしい。彼女は至極真面目な表情のままでこのスプラッターな惨状の説明を始めた。
「まずは隣の三〇二を訪ねたのですが……そこの住人は幽霊に憑りつかれていました。と言っても三上悠子の亡霊が憑依していたわけではないようなので、重度の霊障によって精神を汚染されていた、といった方が正しいのかもしれません」
「……つまりお隣さんは、恐らく幽霊が原因で、ある種の錯乱状態に陥っていて──聞き込みに来たくくりちゃんに襲い掛かって来たってことかな?」
「ええその通りです。ですから、撃退しました」
「は?」
「殴り飛ばして、静かになってもらったのです。幽霊に憑依されて直接操られているわけではないのなら、意識を断てば鎮圧することが可能ですから」
「待って待ってくくりちゃん。──君は霊障の被害者であるただの人間を、意識を失うまで殴り飛ばしたってこと?」
「ええ、ですから撃退したと言っているのです。──証拠をお見せしましょう」
そう言ってくくりちゃんは……血まみれの拳の中に握っていたものを、ころんと床に転がした。
それは人間の前歯だった。
「わぁー☆」
もう呆れてものも言えない段階なのに、くくりちゃんはさらに最悪を広げていく。
「幽霊による精神の汚染を受けていたのは、三〇二の住人だけではありませんでした。このマンションに住んでいる全ての住人が、三上悠子による霊障の被害にあっていたのです。ですから──」
からん、ころんと、くくりちゃん風に言えば、このマンションの住人たちが錯乱の末くくりちゃんに襲い掛かって来たという“証拠”の数々が玄関の上に散らばって行く。
「うわああああああああああああああああああああ‼わぁーっ、わぁーっ‼‼」
「こっちの奥歯が三〇三、こっちの犬歯が二〇二……」
「数えなくて良い!待て待て待て!そんなもん集めてどうするつもりだ!というかこんなの、依頼主の大家さんにどうやって報告するつもりだお前っ‼‼」
「あ、この髪の毛が大家さんです」
「……ひふごとむしりとってきたの……?」
ふぁさ……と、白髪の混じった髪の毛の束が舞い落ちていく。憐れ大家。
「どうするつもりかと聞かれましても。後で鎹さんの所に持って行って報告するのです。『一人前になったあなたの弟子は、立派に責務を果たして来ましたよ』と」
「これ、もしかして俺の監督責任てことになるのか……?」
俺は頭を抱えそうになったけれど──後悔の前に、くくりちゃんには言っておくべきことがある。
「くくりちゃん。君は除霊師の仕事を何だと思っているんだ?」
「?幽霊を祓うことですよね?」
「それだけじゃない。……元は俺たちと同じ人間が、悪霊なんてものにならなくちゃいけなくなった原因を調べて、労わってあげるのも除霊師の仕事なんだよ。間違っても、生きている人間を傷つけたりしたらいけないし、幽霊に対して最初から攻撃的な意思をみせたりしたらダメなんだ」
「……でも、私は幽霊が嫌いです」
くくりちゃんは──普段よりもさらに神妙な顔つきで言った。
「気持ち悪いんですよ。幽霊になった人たちって、どうしてあんなにぐじゅぐじゅのぐちゃぐちゃになっちゃうんですか?無理です、大嫌いです、生理的にダメなんです。幽霊が見えない憑木身さんには分からないことかもしれませんが、きっと私みたいな人は大勢います。私はそんな人たちのためにも、私が強いってところを鎹さんに報告して、もっとたくさん除霊の仕事を与えてもらえるようになりたいんです。そうすれば、私みたいに幽霊が大嫌いな人たちをいっぱい助けてあげられるでしょう?」
──なるほど。それが、くくりちゃんが除霊師になった理由ってことか。
彼女の意見は真っ当で、人間性と暴力性以外は除霊師として完璧だ。しかし穢れた幽霊の姿を見ることができない俺には、本当の意味で彼女に共感することが絶対にできない。
つまりそれこそが、鎹さんが俺とくくりちゃんにバディを組ませた理由なんだろう。
「くくりちゃん、それなら──もしも幽霊が、人間に危害を加えたりしない“良いもの”で、生前のようなきれいな見た目をしていたら、君は幽霊の存在を許容することができるってことかな?」
「……言っていることの意味が分かりません」
「──そっか。なら、俺のやり方を君の目で確かめてみると良い」
「っ、これは──」
ふいに電気が消えて、辺りが真っ暗になる。まだ昼の十二時を過ぎたくらいで、この暗さまで急速に陽が落ちるということはあり得ない。
つまりこれは──三上悠子の霊障だ。
4
『ワタシの部屋を……ヨゴサナイデ‼‼』
闇に落ちた三〇一号室の中心に浮かぶのは──首の骨が折れ曲がった、三上悠子の幽霊だ。
「あなたが……っ⁉」
その血走った眼に睨まれた途端、膝の力が抜けた。そのまま玄関にガクリと崩れ落ちてしまう。
「(さっき見た時は何ともなかったのに……まさか本当に、私が三上悠子とその霊障に対して敵対的な意思を持って接したから、今度は本気で呪いに来たってことですか⁉)」
見ているだけで体調を崩してしまいそうな見た目の幽霊が、身動きの取れない私に近づいてくる。
「(い、嫌──)」
声を上げることすらできない私の首に、骨ばったガサガサの腕が伸びた。
そして罅割れた指先が、私の首筋に触れる瞬間。
「はい、そこまで」
そう言って、ガッチリと。
三上悠子のか細い手首を、憑木身さんが掴んでいた。
「なっ、……あ、え?」
声が、出せる。霊障によって縛られていたはずの身体が、次第に動かせるようになっていく。いや、今はそんなことよりも──。
「憑木身さん⁉どうやって……あなた、幽霊が見えないって言っていたじゃないですか‼」
「そうじゃない。俺は幽霊が見えないんじゃなくて、幽霊が幽霊に見えないんだ」
『「え?」』
幽霊と言葉がシンクロしたのは、この時が初めてだったかもしれない。
「今晩は、三上さん。今朝、廊下ですれ違って以来ですね」
「(あの時……本当は憑木身さんにも、三上悠子の姿が見えていた?)」
だから憑木身さんはエレベーターを出てすぐに、三上悠子を避けるようにして廊下を歩くことができたのか。
彼女を幽霊ではなく、人間だと思い込んでいたから──ぶつからないように避けて通ることができた。
「玄関を汚したことは謝ります。あなたはとても綺麗好きなんですよね。なにせ、死んでしまってからも部屋の掃除を欠かさないくらいなんですから」
『え……えへへ。そんな風に言われると、顔が赤くなっちゃいますよ~』
「いやいやいや‼あんたが抑えてる頬!肉が腐り落ちててほぼ骨‼血通ってないんだから赤くなるわけ無いでしょ⁉というかさっきまでのカタコト喋りはどこ行ったんですか‼」
くねくねと身体を揺らして恥ずかしがっている幽霊にツッコミを入れても盛大にスルーされた。
「(くくりちゃんをさらに無視して)でも、あなたは既に死亡しています。そして、あなたがこの部屋に入ろうとする人間を拒絶する限り、あなたは大勢の人間から恨みを重ねられてしまうことになる。それが──俺には耐えられない!」
『……ッ‼』
「え?もしかしてときめいてる?というか、もしかして口説いてる?」
『でも、ここが私の部屋じゃなくなってしまったら……あの人が絶対に帰って来てくれなくなるような気がして……』
「あの人というのは、この写真の男性のことですか?」
『‼、それは……!』
そう言って憑木身さんが取り出した写真には、生前の三上さんと一緒に笑顔の男性が映っていた。
『私を置いてどこかへ行ってしまった五木さん……彼との思い出の品はみていると辛くなってきて、もうほとんど捨ててしまったけれど──その写真だけは捨てられなかった……』
「だからこの部屋には男性用の生活用品が一つも置かれていなかったんですね。……大変心苦しいのですが、もしもこの五木さんという方がいつの日かこの部屋に帰って来て、幽霊となったあなたを見つけた場合の話をしましょう。五木さんの目に、今のあなたはどんな風に映ると思いますか?」
『……え?』
「さぁ、くくりちゃん。今、君の目に映っている三上悠子さんの姿をできる限り丁寧に描写してごらんなさい」
「首が胸の前に垂れていて目玉が半分飛び出していて唇が腐っていて鼻から汚ねえ汁がはみ出していて髪の毛の手入れが人として終わっているレベルでお肌は月面に広がるクレーターのような惨状で──」
『いやぁああ!誰かスキンケア用品持って来てぇえええ‼‼』
「──だけどっっ‼‼」
『「⁉」』
大きな声で否定の言葉を叫んだ憑木身さんは、おもむろに三上悠子の頭を掴むと、なんとお互いの鼻と鼻がぶつかりそうなほどの至近距離までぐいっと引き寄せた。
「俺の眼をよく見てください。俺の眼には今、あなたはどんな風に映っていますか?」
『あ、あ、ああ……!』
「ま、まさか憑木身さん、あなた──‼」
憑木身さんはさっき、「幽霊が幽霊に見えない」のだと言っていた──ならば、彼の瞳にだけ映っている三上悠子の姿とは、つまり。
「……俺に憑りついてくれるなら、あなたは生前の、美しい姿のまま、成仏したくなるまで幽霊生活を続けることができるんです。──どうですか?あなたを捨てた五木なんて男は忘れて、俺に乗り換えてみませんか?」
『えっ、えぇえええ‼⁉』
「ダメッ、身体揺らしたら頭取れちゃう‼」
いや、今ツッコミを入れるべきは、首が落ちかけた三上悠子の幽霊に対してではない!
「憑木身さん、あなた正気ですか⁉」
「正気だとも。──俺、気づいたんだ。生きている女の子にまったく振り向いてもらえないのなら……もうこの際、幽霊が相手でも良いんじゃね?……って」
「狂気‼幽霊の生前の姿が見えるなんて、除霊師の中でも類まれなる才能を持っているのに──どうしてそんな狂ったやり方でしか活用できないんですか!あなたは‼‼」
「うるせぇなこちとら薄汚れた青春に疲れ果てちまったんだよ‼……なあ、お願いだ悠子!綺麗好きなあなたに、俺の部屋を毎日掃除してもらいたいんだっ‼‼」
『きゃーなんて素敵な口説き文句‼好き‼私、あなたに乗り換えちゃいますうぅうう‼‼』
そんな黄色い悲鳴を上げながら、三上悠子の身体は憑木身さんの中へと吸い込まれて行きました。
「……なにこれ」
「よーし除霊完了‼──どうだい?くくりちゃん。これが俺の実力だぜ(キリッ☆)」
「いや(キリッ☆)じゃねーんですよ。なんすかこれコレが除霊って言えるんですか⁉というか三上悠子の霊はどこに行ったんですか⁉なんか憑木身さんに吸い込まれて行ったみたいなんですけど‼」
「ああ、だからさ。三上さんの憑りついている先を、“この部屋”から“俺の身体”に移したんだ。つまり──」
「……つまり?」
「こうなる」
バタン、と。憑木身さんの身体が倒れ込んだ。
4
「たまに眩暈で倒れるのは、幽霊を身体に取り込むことができる体質のせいだったんですね。そういうことは先に言っておいてくださいよ」
時刻は夜の十九時過ぎ。ぶっ倒れた憑木身さんの体調がある程度回復するのを待って、大家さんに事の顛末を説明してから、私たちは伏見マンションを後にしました。
ちなみに錯乱状態にあった人たちは、私に襲い掛かって殴り飛ばされたことをまったく覚えていなかったので、負傷させてしまったこともうやむやにできました。まあ、何かあっても陰陽会が補填してくれるでしょう。多分。
「まあまあ──。でも、これででくくりちゃんも理解できたろ?鎹さんが俺と君を組ませたのは、幽霊と話し合って事件を解決するって方法を、君に知って欲しかったからだと思うんだ」
「……たしかに。話してみれば、三上悠子は絶対に祓わなくてはならない怖いだけの存在ではありませんでしたね」
幽霊とは、対話もできる。
その事実を知れたことは、私にとって大きな収穫だったのかもしれない。
「──ふざけるな。そんな愚法が、まかり通ると思うのか」
その声は帰り道の人気のない公園に差し掛かったところで、影の中から現れた。
いつの間にか──編み笠に法衣姿の男たちが、武器を手にして私たちの周りを取り囲んでいる。
「あなたたちは……?」
「まあ、来ると思ってたよ」
憑木身さんはそう言って、私を背中に庇うように片手を伸ばした。
「エントランスの外から感じた視線。あれは悠子さんのものじゃなかった。──俺を見ていたのは、お前達だったんだな」
「ほざけ。悪名高き先代の忘れ形見が。我ら本流の伝統を汚す者には、ここで制裁を与えてくれる‼」
正面の男がそう叫んだ直後、周囲の男たちが手にした弓や槍を一斉に構えた。
同時に、私の携帯から場違いなほどに軽快な電子音が鳴った。
『どうだ首巻、事件は無事に解決したか?』
「あ、鎹さん⁉なんか今、急に変なお坊さんたちに囲まれてて超ピンチなんですけど‼」
『何?……本流の連中か。先代会長が亡くなってから、陰陽会は一枚岩じゃなくなったんだ。幽霊絶対祓うべしの本流と、幽霊との話し合いで解決を目指す、私が頭目の亜流にな』
鎹さんはいつも通りの調子で説明を続ける。
『だから本流の連中は、憑木身みたいな霊を祓わずに終わらせちまう除霊師を目の敵にしてるんだよ。ここの所、憑木身の行動を見張っているのは知っていたが、まさかそこまで露骨な手段に出て来るとはなあ……』
「憑木身ソウ!貴様が取り込んだ亡霊を、今ここで我らに滅させよ‼」
ついに男たちが武器を振りかざして襲い掛かって来た。
体調が万全ではない憑木身さんでは、彼らの相手なんてできるはずがない。マンションで助けてもらった借りを、今こそ返す時だ!
「大丈夫」
だけど憑木身さんはこちらへ振り返って、前に出ようとした私を制した。
その首筋に、男の放った、鋭い矢が──。
『私のソウくんを──イジメないで‼』
刺さらなかった。
「……え?」
弓矢は寸前で、憑木身さんの身体から立ち昇ったドス黒い何かに握りつぶされた。
その『何か』は次第に、所々が腐り落ちた女性の輪郭を形作って行く──。
「きっ、貴様──‼」
別の男が振り下ろした長槍は、憑木身さんの頭を勝ち割る前に粉々に砕け散ってしまう。
『ちょっと、私のって何よ‼ソウちゃんは誰の物でもないのよ⁉』
『ああん⁉引っ込んでなさいよこのムッツリ拗らせ女‼』
今度はまた別の女の声だ。憑木身さんの身体から顕れた、数か月放置された腐乱死体のような彼女たちは、身内同士で諍いを繰り返しながらも武器を持った男たちを撃退していく。
「まあまあ佐藤さん、白銀さんも。俺のために喧嘩なんてしないでよ」
『あらー♡』
『ソウちゃん……(キュン)』
憑木身さんの目には、彼女たちも生前の綺麗な姿のままに映っているのだろう。
だけど私から見てみれば──顔がどこかも分からなくなったぐちゃぐちゃのゾンビとラブコメをやってるようにしか見えない。
「じゃあこうしようか。一番頑張った人には、後でご褒美あげるってことで」
『『『『『キャー‼‼ほっぺにチューよぉおおお‼‼』』』』』
「いや、あなたたちほっぺた無いけど⁉……まさかこの人たち全員、これまで憑木身さんに懐柔されて来た幽霊ってこと⁉」
そして、憑木身さんの身体から次々と飛び出してくる女性の幽霊たちは──法衣姿の男たちを圧倒的な力と物量で蹂躙していく。
こうなると分かっていたからか、電話は既に切れていた。
そして私は、自分の目で確認をして──鎹さんの言っていたことを理解した。
憑木身ソウは、間違いなく女の幽霊専門のエキスパートだ。
べちゃっと尻餅をついた男が、後ずさりしながら悲鳴を上げる。
「さ、352体の霊を使役しているという与太話は、本当だったのか……ッ……‼」
「使役だなんて人聞きの悪い。みーんな俺の大切な恋人なんだよ?それに──」
『わ、私も憑木身さんにご褒美もらうぅうううう‼‼』
ついに全力で逃げ出した男の背中に向かって、三上悠子の幽霊が飛び掛かって行った。
「今はもう、353人だ」
fin.
見えない除霊師に見えてる幽霊 ~魑魅魍魎跋扈型ラブコメディ~ ゲンゾウ @sinpei2045
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