1-41 密猟集団殲滅の乱

 森にいきなりテントの群れが現れたと連絡が入り、森に移動してきたホロ、その護衛のギルドマスター、ローレリアン率いる月夜に光る銀のバラ。

 京が諸々を破壊したおかげで、認識を阻害する魔法陣が壊れ、色々と見えるようになったのだが──見えないほうが精神衛生上良かったかもしれない。


「なんじゃ、ありゃ」


 彼らが見た光景。それは、そこらじゅうに転がるムキムキと、ボロボロのテントの残骸だった。


「な、なにが起きたんですの」

「テントが跡形もないぞ……」

「まさか、これぜんぶ一人で?」


 その場の誰もが唖然と立ち尽くしていると、炎の向こうにうごめく影が見える。目を凝らすと、それはわんわん泣きながら大勢の魔物を引き連れて歩いてくる京だった。

 まるで幼子のようにわんわん泣く姿があんまりにも哀れに見えたので、ホロが駆け寄ろうとすると、オレガノが咄嗟にホロを捕まえた。


「ホロ様、行ってはなりません!」

「なんでだ?」

「なんでって──」


 オレガノは京のほうをチラッと見た。京の周りには、大小様々な魔物がいる。どの魔物も、ダンジョンなんかで対峙すれば死ぬ可能性が高い魔物ばかりだった。

 もとは凶暴な野生の魔物なうえ、捕まっていたのだ。人間に悪感情を持ち、こちらを襲ってくるかもしれない。そんな危険地帯へ自国の王子を近づかせるわけにはいかなかった。


(それにしても、あの魔物たち、キョウ殿に従順のように見えるが……)


 京の周りに集まった魔物たちは、一歩だって京の前には出なかった。というか、泣きじゃくるにんげんを、まるで心配そうに見上げている。


(あんな魔物の様子見たことねぇぞ!? あいつら野生だったんだよな? 飼われてたわけじゃないよな? じゃあなんであんな懐かれてんだ!?)


 魔物といいその場の惨状といい、脳の処理が上手くできないオレガノ。意識が飛びはじめた時だった。


「あ」


 目があった。京がホロたちに気がついたのだ。京はクラウチングスタートの構えをとると、号泣しながら走り出した。魔物も引き連れて。


「え、ちょ、こっちに来てますわよ!?」

「ま、魔物が、魔物が!!」


 京の後ろを砂ぼこりをあげながら近づいてくる魔物たちに、腰を抜かす者が多数いる中、ホロは両手を広げて受け入れ体制を取る。京はそこに思い切り飛び込んだ。


「おおうう"ーーー!!」

「キョウ! 無事でよかった!」

「あいうあゆうえああ!! えあうあいあぁ"いおいいあえあ"ーーーーッ!!」

「そっかそっか、辛かったなぁ、頑張ったなぁ」


 みっともなく縋りついておいおい泣く京を、ホロは慣れた手つきで慰めている。京についてきた魔物たちは、その様子を静かに見つめていた。とりあえず人間を襲う意思はなさそうだと、オレガノたちは肩の力を抜く。

 ちなみに、京の言葉を翻訳すると『ホロくん、あいつら許せねぇ、めちゃくちゃ嫌な気持ちにされた』である。


「あれ、その紙なんだ?」


 ホロが指差して問うと、京はクシャクシャになった紙を律儀に伸ばして、ホロの目の前に差し出した。差し出された紙を見たホロは、目をまんまるに見開く。

 ただならぬ雰囲気に、オレガノやローレリアンたちも紙をのぞき見ると、ホロと同じように驚愕した。

 無理もない。京が差し出した紙は、テント内で見つけたバドバドの名前が書かれた資料なのだから。


 トゥリオネ町で王子に向かって説教垂れていたくせに、まさか犯罪組織の責任者だったとは。まさに寝耳に水。

 まさかの事実にみんな固まっていると、タイミングがいいのか悪いのか、バドバドが荷車を引いて、おーいと手を振りながらやってきた。


「これは……」


 原型をとどめていないテントに、倒れているムキムキ。ホロやギルドマスターたちを囲むようにおすわりしている魔物たち。

 刺激的な視覚情報に、バドバドは顔を引きつらせていた。


「み、皆さん、随分とその……おお暴れましたな。さすがギルドマスターとA級冒険者パーティーだ。あはは……」

「あー、いや……我々が来たときには既にこの有様でしたよ」

「えッ」


 オレガノの言葉に、バドバドはさらに顔がひきつった。


(ほんとうに? ほんとうにギルドマスターたちが着いた時にはこうなっていたのか?)


 ギルドマスターたちの前にこの場所に着いたのは、啖呵を切って真っ先に飛び出した京ひとり。


(──あの小娘が、あの惨状を作り上げた……?)


 寒気が怖じ気にかわるのを、肌で感じる。バドバドは、散々馬鹿にしていたF級が、とつぜん得体のしれない化物に見えた。


「なあ、バドバド」

「──はっ、な、なんでしょう。ホロ様」


 恐怖でトリップしていたバドバドは、ホロに呼ばれて意識を取り戻す。

 知らず俯いていた顔を上げると、ギルドマスターやローレリアンたちが、微妙な顔をして自分を見ているのに気がついた。


「キョウがな、テントで重要な証拠を見つけてきたんだ。この紙なんだけどさ──バドバド、密猟集団の責任者ってほんとうか?」


 バドバドから汗がブワッと吹き出る。


「そ、そそそ、そんな事あるわけがないでしょう。ワタシはバドバド商会の責任者であって、密猟集団の責任者ではありません」

「でも、ここに名前書いてあるぞ?」

「そんなの、誰かがウソを書いたにきまってる! そうだ、そこのF級だ。ワタシを明らかに邪険にしていたし、きっとワタシを陥れようと名前を書いたんだ!」

「んな無茶苦茶な……」

「言いがかりも甚だしいですわね」


 オレガノとローレリアンは、呆れたように呟く。ホロも、残念そうに目を閉じた。

 バドバドのあからさまに動揺に、彼が犯罪者の親玉であることが確定した瞬間だった。


(バレた。まずい、まずいまずい、まずーーーいッッ!!)


 悪事がバレたバドバドは、かなりテンパっていた。それはそうである。なんせ、よりにもよって王子にトップシークレットがバレてしまったのだから。しかも、発端は馬鹿にしていたF級の小娘。


 F級なんだし、どうせ何もできないまま逃げ出すか、テント内で捕まって魔物の餌にでもなるだろう。そう、たかをくくっていた。

 自身が密猟集団の責任者である証拠は、すべて特別な魔法陣を用いた隠し部屋にしまっていたし、後で処分すればいいと思っていた。思っていたのに。


「──いで」

「え?」

「お前のせいで!!」


 バドバドは引いてきた荷車に手を突っ込むと、それを京に向かって投げつけた。

 バドバドが投げつけた物体は、回転しながら飛んでくる。筒状で茶色くて、長い紐がついていて、先っちょはいつ付いたのか、火が灯ってパチパチしている。


 その物体の名前はそう、ダイナマイト。


 京には、すべてがスローモーションに見えた。ホロの前に出ていこうとするオレガノ。魔法を使おうとして杖が無いことに気づいたローレリアン。慌てふためくローレリアンの取り巻き。唸る魔物たち。バドバドの方に走っていく子ドラゴン。


 京はホロから離れ、オレガノを押しのけて前に出る。デッキブラシを握り込み、ひもの部分めがけて振り上げた。

 デッキブラシの風圧で火の消えたダイナマイトを、そのまま打ち返す。


「アダッ!!」


 きれいに打ち返されたそれは、バドバドのデコにぶち当たって荷車に入っていった。

 バドバドは尻餅をつく。


「クッ、この小娘が……」


 憎らしげに京を睨むバドバドだったが、京がバドバドではなく、後ろにある荷車をじっと見つめているのに気がついた。

 激しいデジャヴ。バドバドは荷車のほうを見て「あ」と声をあげる。


 ──荷車から子ドラゴンが顔を出している……。


「知ってると思いますが」


 京の落ち着いた声が告げる。


「琥珀竜の雛って、炎を吹けるんですよ」


 バドバドは、走馬灯を見た。

 今朝、もしもの時に証拠をすべて爆発させるため、荷車にダイナマイトを沢山積んでいた時の光景だった。


 カッ!!

 辺りに閃光が走る。


 ホロたちが眩しさと爆風のなか、半目で見えた光景は、コミカルに吹っ飛んでいくバドバドと、爆風で飛んできた小ドラゴンをキャッチしてポーズをとる、京の姿だった。見事な爆発オチである。


 後に、この出来事は『密猟集団殲滅の乱』と言われ、ギルド・スパイスに後世語り継がれて行く伝説になるのだった。

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物理でまかり通す!(※強いのはデッキブラシのほうです) @maturi354

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