1-40 許すな!
人間が感情を爆発させたとき、どの感情がいちばんエネルギーを引き出せるだろう。
それは喜びか、怒りか、悲しみか。いちばん大きく爆発できる起爆剤。京にとってそれは、怒りと悲しみである。
「うわぁん!!」
おお泣きしながら歩く京は、通りすがった魔物の入れられた檻という檻を、片っ端から破壊していく。
えぐえぐと空気を吸いながら、檻のすき間にデッキブラシを差し込む。ねじるように動かせば、通り穴が完成。魔物が檻から脱走。そうして檻が空になったら、吸った空気をぜんぶ、声に変えるのだ。
「あ"ーーーーーーッ!!」
声が出ると、力も出る気がする。
京はデッキブラシを振り上げ、魔物のいなくなった檻を声ごと遠くに飛ばすよう、おもいきり薙ぎ払った。
脱走した魔物たちは、薙ぎ払われた檻の巻き添えにならないよう、京の後ろにきれいな行列を作って後を追う。京と魔物たちの通る道は、檻の残骸だらけだ。
彼女がこのような破壊行動を取っている理由は宣言したとおり、密猟集団に目にものを見せてやるためである。
「ここにあるものぜんぶ、無にかえしてやる!!」
こちらが奪われたものを奪い返せば、向こうは必ずまた奪いに来るはず。無限ループである。なら、どうすればいいだろう。
それは、とても単純で簡単なこと。──奪えなくすればいい。
壊して無くす。無にかえす。京が考えた、密猟集団がされていちばん嫌なことがこれ。いわゆる嫌がらせである。
苦労して捕獲した魔物。苦労して組み立てたテントの数々。長い活動のなかで集めた備品その他諸々。
これらの努力の賜物が、いっきに壊れて無くなれば、さぞ泣きたくなるだろう。だって、自分がされたらきっと泣く。
敵の泣きっ面をおがむために、己も精一杯泣くのだ。
ペラッ。
『まさかこうくるなんて思わなかった〜。やっぱ小鳥ちゃんおもしれーわ。いい歳して恥ずかしくないのぉ?』
「うるせぇ!! 歳がいくつでも泣きたくなったら泣くんだッ。生理現象なんだから仕方ないでしょ!!」
『勢いつっよ(笑)』
生理現象とは、生物が生きるためにおこすからだの働きである。呼吸や排泄といっしょ。つまり、泣くのも生きるためには必要なことってこと。
(泣くことは悪いことじゃない。ないったらない!!)
京は神さまのセリフが書いてある紙で鼻をかみ、号泣しながら再び歩きはじめた。
彼女には泣ける材料がたくさんある。初期はいきなり空に放り出されたこと。魔物に殺されそうになったこと。周りの人間に若干距離をとられていること。最近だと、バドバドたちにF級だと馬鹿にされたことだろうか。
京はストレスをためたら泣き叫び散らかして発散するタイプの人間である。いま彼女の中では、八つ当たりと目的を七対三の割合で破壊活動に勤しんでいた。
「おい、いたぞ!」
「脱走者を捕まえろ!」
このように、たまにムキムキが果敢にも向かってきたが哀れ。ちょっとしたことでも怒り、泣けるようになっていた京により、呆気なく吹き飛ばされていった。理性のタガが外れたのだ。
デッキブラシを振りすぎて腕が痛い。檻の破片が顔に当たった。涙を拭いすぎて痛い。ムキムキが汗臭いなどなど。どうでもいい事でも怒りがわき、嫌になり、きゃんきゃん泣き喚く。
「うわあーー!! もおやだぁーー!!」
辛い。しんどい。そもそもどうして自分がこんな思いしなければならないのか。
本来なら、お昼にアチアチこんがりのステーキを食べて、幸せな気持ちで自室に帰っているはずだった。それがいきなり呼び出されて、極限状態のなか知らないおっさんと冒険者パーティーにF級だからと責められ詰られ、はては知らないムキムキにディスられた。
この世界に来てからもう、何回目の限界だろう。ストレス値はマックス。京はどれもこれもみんな密猟集団のせいにした。
「城下町で避けられるのもギルドで若干浮いてるのもその他諸々ぜーんぶお前らのせいだぁーーー!!!」
関係ないものまで他人のせいにしはじめたら、もうお終いを通り越してなにかの始まりである。ありとあらゆる森羅万象、すべては密猟集団の仕業。そんな気持ちで目のまえのテントの布をぶち破った。
ぱんっと音を立てて破れた布の先。そこには、腰を抜かしたムキムキがひとり座り込んでいた。ムキムキのそばには、なにやら怪しげな機械と資料が置いてあるテーブルがある。
「ヒッ、ヒィッ……ごめんなさいごめんなさい殺さないでッ!!」
ムキムキは京と、京の後ろに控えた魔物たちを見て逃げ出してしまった。それを唖然と見送る。
京がいるのはおそらくテントのいちばん端っこ。場所的に、破った布の先は次のテントだと思っていた京は、訝しげにテーブルを見た。
「なんだここ。出入り口が何処にもない」
さっき逃げ出したムキムキはいったい、どこからこの場所に入ってきたのだろう。
辺りをキョロキョロと見回すとふと、破ったテントの布が視界に入る。内側になにか魔法陣のようなものが描かれていた。
「この怪しげな魔法陣……扉を隠すか、特定の人しか入れないようにする、そんな感じのギミック臭を感じる」
出入り口どころか空気孔もない暗い部屋。そんなの、なにか隠したいものがあるに違いない。人間とは、とにかく閉鎖的で暗い場所に隠したいものを隠したがる。へそくり、エロ本、自分自身エトセトラ。京もどうしても人前に出たくない日はクローゼットの中にひきこもっていたものだと、思い出してはひとり頷いた。
「怪しい。機械はなにに使うかわからないけど、資料は顧客情報とか危ないお薬の入手方法が書いてあったりするのでは?」
小説とか漫画で予習した! と恐る恐る資料を手にすると、京は目をかっ開いた。
「な、バ、バババッ」
手にした資料には、琥珀竜の素材に関する取引内容。それと、責任者の記載に『バドバド』と書いてあった。
「あのおっさん、やけに琥珀竜を討伐したがってたけど、こういうことか……!」
つまり、バドバドは密猟集団の元締めで、琥珀竜の雛を攫い、親である琥珀竜を怒らせ、雛は生きたまま。親である琥珀竜は冒険者に討伐させ、素材として売りさばこうとしていたのだ。
「大変なことは
京は資料を右手で掲げ、後ろに控えた魔物たちに向かって叫ぶ。
「あの肥えたナスを許すなぁーーッ!!」
京の怒りの雄たけびは魔物たちに広がり、連鎖の遠吠えをあげた。この時の京は、まるで民衆を導く自由の女神のようだった。
ちなみに、肥えたナスとはもちろん、バドバドのことである。
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