1-39 号泣、デッキブラシの破壊神

「はぁ〜あ、暇だなぁ」


 密猟集団のテントまえ。そこであくびをしているのは、見張り役を任されている男である。脱走者をみつけ、檻にもどしてからは、特になにもすることがなく、こうしてぼうっと突っ立っている。


(品の調達が終わるとしばらく近場に待機だもんな。見張りの仕事は楽で稼げるけど、暇なんだよなぁ〜)


 男がもう一度、おおきなあくびをしようとした、その時。


 ドォンッ!!!


「な、なんだ!?」


 突然、なにか硬いものをおもいきり壊したような、おおきな破壊音が辺りに響いた。聞こえたのは、男の現在地より遠いテントから。破壊音は『メリメリィッ』だか『バキンッ』だかと、たえず鳴り続けている。

 いったい、なにが破壊されてこんな音が出ているのか。分からなくて恐ろしい。

 男が持ち場を離れて音のした方へ行くか、自分の仕事を全うしようかオロオロしていると、トイレに行っていたもう一人の見張り役の同期が、あわてて向かってくるのが見えた。


「やべー、やべーよッ」

「なんだ、何があった。この音も、なにが起こってる!!」

「さ、さささ」

「さ?」

「さっきの脱走してたやつ!」


 さっきの脱走してたやつ、と言われ、男はもややんと頭上に姿を思い浮かべた。なんだか全体的に曖昧で、あまり印象が残ってない。細くて貧相な体つきだった気がする。あとデッキブラシ。


 一体そいつがなんだというのか。男が怪訝そうにしていると、男の同期は男を引っ張って走り出した。


「おい! なんだってんだ」

「だから。あの脱走してたちんちくりんッ。あいつがいま、あっちのテントで暴れてんだ。音の原因も、そいつが魔物の檻を壊してまわってるって!」


 男は口の端がひくりと引きつるのを感じた。テント内の檻は、どんな獰猛どうもうで屈強な魔物でも壊せない、とても硬い素材でできている。それを、印象も体つきも薄い、ただの人間が壊すなんて、冗談としか思えなかった。しかし、同期の慌てようと、いまもなお鳴り続く破壊音が、それが本当の事だと、自身の焦燥感を煽る。


「破壊された檻から魔物が脱走して、もう向こうはしっちゃかめっちゃかなんだ。いずれここも──」


 先頭を走っていた男の同期が、ピタッと立ち止まる。男が同期から前方に視線を移すと、そこには目を疑う、異様な光景が広がっていた。


「な、なんじゃありゃ……」


 遠目に、号泣しながら歩いている女がいる。うわぁん、うわぁんと泣きながらこちらに向かってきている女は、デッキブラシを携え、片腕でひっきりなしに涙を拭っている。これだけでもじゅうぶん異様なのだが、もっとも異様な部分があった。


「魔物が……魔物が……」


 泣きながら歩く女のうしろ。まるで、付き従うかのように、魔物の群れが続いている。女より大きな体躯の魔物たちは、歩幅をわざわざ女に合わせ、けっして女の前には出ないよう歩いているように見えた。その様子は、女を恐れているようにも思える。


「──い、おい!」


 男は肩を揺さぶられ、ハッと意識を取り戻す。男の同期はひどく焦った様子で、女に向かって大剣をかまえていた。


「あの女、檻に押し込めたときは怯えてなにもしてこなかった。魔物の様子から、職業はテイマーか、洗脳系のスキルを持つ魔法使いだろ。魔物にバフをかけて、檻を壊したのかもしれねぇ。俺達は闘士だ。テイマーや魔法使いみたいな非力なやつなんざ負けない!」


 男の同期は、震えながら言いきった。

 その心意気に、男は胸を打たれる。


「そうだよな……。檻を壊したのも、女自身じゃなくて、魔物にやらせたんだもんな。でなきゃ壊せるわけないし」

「ぜんぶ魔物ありきの戦法だ。魔物がいなきゃ、あいつはなにもできない。逆を言えば、女をどうにかしちまえば、魔物なんてどうとでもできる!」


 女を倒せば、あとはまた魔物を檻に閉じ込めてしまえばいい。男たちは、雄叫びをあげながら女に襲いかかる。


「うぉおおおおおお!!」

「くらえ!!」


 チュインッ!


「え」


 なにかが、勢いよく頬をかすった。前方には、デッキブラシをどこかにやった女が立っている。表情は涙でぐちゃぐちゃだが、なんとなく、怒っているように感じる。というか、完全に怒っている。フーッ、フーッと威嚇するネコのように息をする女の、その迫力たるや。


 男が物理的にも精神的にも引いたところで気づいた。手に持っていた大剣が軽い。


「あ、俺の……たいけん……」


 男の大剣は見事、ポッキリ折れていた。男の三ヶ月ぶんの給料相当の武器である。

 呆然と立ち尽くす男とは別に、男の同期は脳みそが溶けかかっていた。彼はレベルがそれなりに高かったので、よく見えていたのだ。


(投擲されたデッキブラシの柄が、大剣を貫通して地面につきささってる……はにゃ……)


 脳が、いま起きたことの理解を拒んでいる。男たちの大剣は、檻と同じ素材が使われたもの。それを、掃除道具デッキブラシで……?


「くっそッ、こうなりゃヤケだ!!」


 男の同期はポケットから小さな箱のようなものを取り出す。それは、圧縮魔法が施された檻である。これを宙に投げると、檻が大きくなり、中に生き物を閉じ込めることができるのだ。


「閉じ込めるなんてしねぇ。檻で押しつぶされちまえ!!」


 どうせ、閉じ込めたらまた檻を壊される。なら、高いところから檻を落として、重さと勢いで押し潰す。それしか倒す方法はない。


「いっけぇーーーー!!」


 高く高く放り投げられた檻は、大きなドラゴンを入れるための、いちばんおおきな檻。確かな質量をもって、いま、女の頭上に落ちてくる。


(これで、あの女もひとたまりも──)

「うぁ──ひぐ、うぐぅああああ!!!」


 女が、ひときわ大きく吠えた。デッキブラシの先端がぐわりと振り上げられ、檻が女を中心に真っ二つに裂ける。そう、裂けたのだ。魔物も壊せない素材でできた檻が。


 男の同期にとってそれは、どんなグロ動画も敵わない、かなりショッキングな光景であった。トラウマ確定である。現に、いまは腰が抜けて、女の子座り状態だ。


 男たちの背後に突き刺さったデッキブラシは、ひとりでに動き、女の手に戻っていく。

 デッキブラシが手元に戻ってきた女は、『ひっぐ、えっぐ、おぇっ』と嗚咽を漏らしながら女の子座りの男たちを通り過ぎ、彼らが見張っていたテントに入っていった。その際、テント内からまた破壊音と、『わぁーーーーんっ』という泣き声がしたが、男たちはなにも考えられなかった。

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