1-38 目にもの見せてやる

 トゥリオネ町付近の森の中。

 生い茂る木々にまぎれて、大きなテントがいくつも設置されている。そのテントのなかには、大小さまざまな檻が鎮座ちんざしていた。


 そんな檻のなかには、たくさんの生きものが囚われている。その中には、もちろん人間も──。


(あ~、やってらんねー)


 広めに作られた檻の中央で、琥珀竜のヒナに囲まれ、不貞寝をしている人間──言わずもがな、京である。


 ときはさかのぼり、数分前。

 ギルドマスターたちに啖呵を切った京は、琥珀竜の強力な嗅覚により、密猟集団のアジトを突き止めた。


「上空からは木しか見えないけど、地上からだと目を凝らさないと見えない。なんかきもちわるッ」


 たしかにそこにテントがあるのに、なにも無いように錯覚させられる。おそらく、そういう魔法だか道具だかがあるのだろう。


「親ドラゴンは捕まっちゃまずいから、近くで隠れててね」


 親ドラゴンは京の目を見つめて、こくりと頷くと、テントから離れた場所へと移動していく。とても賢い生き物である。


(さっそくテントに忍び込んで子ドラゴンたちを助けに行こう)


 隠密行動をとりながら、子ドラゴンを見つけ出し、彼らに協力してもらいながら密猟集団を滅殺する。それが京のやるべきこと。大勢のまえで啖呵を切ったからには、やりとげなければならない。


(陰キャの底力、見せてやる……!)


 京にしてはめずらしく、強気な態度である。ぐっと握りこぶしを作り、それを空に向けて突き上げた。


「よし、行くぞ!」

「何処にだ」

「アッ」


 肩をぽん、と叩かれる。

 振り返ると、そこには二人のムキムキ。


「なぁ、こいつ脱走したんじゃね?」

「アッ、あのッ」

「えぇ? これ売り物なのか?」

「ヒョッ、ちがッ」

「あ、こいつ! よく見たら琥珀竜のヒナがフードに入ってるぞ!」

「なに!? やっぱり脱走した奴じゃねーか! 檻に戻してやる!」

「アワーーーーーーッ!!!!」


 ──そして、現在に至る。


 せっかくめずらしくやる気に満ち溢れていたのに、さっさと捕まってしまったものだから、京はやる気が一気に下がってしまった。故の不貞寝である。


「こんなはやく捕まるとか無いわー」


ペラッ。


『これが出落ちってヤツ?』

「神さまうるさい」


 京は、降ってきたメモ用紙を握りつぶし、わっと顔を伏せた。お気に入りの人間のひどい落ち込みように、神さまはご満悦である。


 ペラッ。


『そんな落ち込まなくてもよくなーい? どうせ敵に姿見せる予定だったでしょ』

「そうだけど、そうなんだけど!」

『あはっ、ちんちくりんって馬鹿にされたの、怒ってんだ?』


 神さまの言うことに、じわりと涙が滲む。


 京が檻に連れて行かれる道中、捕獲されたハムスターのように震える京に、ムキムキ二人は心無い言葉を浴びせた。


『こんなちんちくりん売れんのかね。奴隷にしたって需要無くね?』

『たしかに。ちんちくりん過ぎてなんの魅力も感じねー笑』

『まー、なんかデッキブラシ持ってるし、檻の掃除係用かなんだろ』

『ドラゴンのうんこ片付けるんじゃん?』

『うんこ係か』

『うんこ係だな』

『わはは!』


 ムキムキ二人にはなんてことない会話だっただろう。だが、京には耐え難い苦痛と屈辱を味あわせるにたる内容だった。


「言わせておけば、ちんちくりんとか、じゅ、需要が無いとかっ、挙げ句の果てにはうんこて!」


 常日ごろから、自分を最底辺の人間だと思っている京は、自分のことを、心底役に立たないカスゴミ人間だと卑下して生きている。ただ──


(自分で自分を下げるのはいい。でも他人に下げられるのはすっごく傷つく。すっごく嫌だ。死にたくなるっ!)


 京は卑屈なナイーブという、とても面倒くさい人間だった。ムキムキの純粋な悪口が頭の中を巡っては、周囲にじめじめとした空気を放っていた。


 ペラッ。


『さっきの悪口、小鳥ちゃんいつも自分で似たようなこと言ってなかった?』

「私に需要がないことなんか、自分がいちばんわかってるし、自分がいちばん感じてるから、癖みたいに口から出ちゃうんですわ。でもさ? 他人に言われるのは違うじゃん。自分で既に分かってること他人に指摘されると、より一層キツイ」


 原理としては、宿題を自主的にやろうとしたら、親に『宿題やりなさい』と注意されてやる気を無くすあれと一緒である。やろうとしていたこと、分かりきったことを他人にあれこれ言われると、気持ちがしぼむ。


(あ、なんか、本気で死にたくなってきた)


 京はからだをめいっぱい丸めて縮こまる。ホロやみんなの前で、あんな大口叩いておいて、このザマ。しかも、目の前で知らないムキムキに悪口まで言われた。


 なぜ、どうして自分が、こんな目に合わなければいけないのだろう。嫌なことを言われて、こんな檻に入れられて、悲しい気持ちにさせられて……。

 じわりと滲んだ涙をこらえ、目をぎゅうとつむった。嗚咽を無理やり抑えたから、しゃっくりをしているような声がでる。


 そこでふと、京は思った。

 なぜ、泣くのを我慢してるんだろう。


 彼女はむくりと起きあがって、あら? と口に手を当てた。


 京は最初、敵に見つからないように小ドラゴンの居場所を探ろうとしていた。見つかれば子ドラゴン救出は頓挫とんざ。檻に入れられたら、もう何もできない。そう思っていた。しかし、京にはデッキブラシがある。ムキムキたちはこのデッキブラシを、ただの掃除道具だと思って取り上げなかったが、これはなんでも破壊してきた、とんでも兵器である。テーブル、地面、生き物の上半身などなど……。檻なんて、かんたんに破壊できるではないか。なんなら、密猟集団のメンバーだって、デッキブラシでパァである。


 いままで、ソルジオラ国内では、デッキブラシのとんでもパワーを見られないよう、できるだけ縮こまって生活していた。魔物とはいえ、生きものの首が下半身と泣き別れすれば、誰だって引く。京も自分で引いた。だから、怖がられたくなくて、色々我慢をしていた。しかし、いまはデッキブラシで暴れているのを見られて困る相手がいない。どれだけデッキブラシを手に暴れても、相手はどうせ悪党なのだから、だれも文句も言うまい。──なら、我慢なんてすることないじゃないか。


「目にもの見せてやる」


 その鼻声は、ひどく低くて禍々しいものであった。

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