1-37 滅ぼします、このデッキブラシが!

 ソルジオラの北側、トゥリオネ町。

 そこでは、すでにドラゴンとの戦闘が始まっていた。


「動きが段々鈍ってきたぞ!」

「ローレリアン様、大技を決めるならいまです!」


 オレガノや、ローレリアン率いるA級冒険者パーティー『月夜に光る銀のバラ』の奮闘により、琥珀竜の攻撃の威力は弱くなってきている。


「邪悪なドラゴンめ、これでとどめよ!」


 これを好機とみたローレリアンは、手に持っていた杖を天高くあげ、詠唱を始めた。


「我が魔法は数多を照らし、何よりも高みに存在する恒星の瞬きの一部なり。光は力に、力は炎になりて、貴様を焼き尽くすッ!」


 ローレリアンは、長々しい詠唱をしながら、内心『わたくしったら、今サイッコーにかっこいい……!』と自分に酔っていた。

 この後、最後に技名をきめ、ドラゴンに魔法を叩き込めば完璧。大勝利。コロンビア。


「さあ、食らいなさい!」


 バチバチと派手な閃光が走ったかと思えば、杖の先から火花が散る。大技が出るときの、スキップできないタイプの演出である。

 演出が長くてなかなか技が繰り出されないが、琥珀竜はおおぜいに拘束されているため、心配はいらない。何より演出が派手で長くて勿体ぶってたほうが、場が盛り上がるのだ。


 ローレリアンは鼻の穴を大きくして息を吸い込み、高らかに技名を叫んだ。


「ファイアー・コメット・インパク──」

「ちょっと待ったーーーーッ!!」


 ガササササッ!

 茂みからなにかが飛び出し、琥珀竜の前に躍り出た。それにいち早く気づいたのは、ギルドマスターのオレガノ。


 すわ魔物か何かかと構えたオレガノだが、よく見るとそれは、逃げたと思われていた、自国の王子を背負った京だった。


「な"ッ、だッ、ばッ!!!」


 上からなんで、だれか攻撃止めろ、ばか。

 オレガノ以外の人間は、辺りが眩しすぎて王子が琥珀竜の前にいることに気づいてないし、詠唱を終えたローレリアンの攻撃は急には止まれない。

 ファイアー・コメット・インパクなんちゃらは、大きな火球となり、杖の先から放たれてしまった。


 この場の責任者たるオレガノは思った。

 あ、いろいろ終わったわ、これ。


(打ち首かな。絞首刑かも。ははは……)


 諦め。諦念。もうだめだ。人生オワタ。オレガノが人生を諦めたときだった。


 その場に、一迅の風が吹く。


 風は強く、思わず目を瞑った。次に目を開けたとき、そこには信じがたい光景が映っていた。


(な、なんだ。なにが起きてるんだ……)


 火球は消え、上空では火花がパチパチ爆ぜている。地上には無傷でこちらに手を振るホロと、デッキブラシをフルスイングしたあとのようなポーズの京が立っていた。


「い、いいいいま、わたくしのファイアー・コメット・インパクトを、ううう、撃ち返しましたの……?」


 ローレリアンは唖然と呟く。

 彼女は自分が持つ技の中でいちばん強くて、かつ高度なものを繰り出した。

 ──それが、馬鹿にしていたF級冒険者に撃ち返され、お空で花火よろしく弾けている……。


 自尊心と脳が破壊される音がした。


「はにゃ……」

「ロ、ローレリアンさま!」

「お気を確かにッ」


 取り巻きたちが、自尊心と脳が破壊されてフニャペチャになったローレリアンに群がった。そのことで、琥珀竜の拘束が解ける。


「ギャァ!!」


 琥珀竜はこれ幸いと、大きな翼をひろげ、空をとぼうとした。しかし、飛ぶ体力はすでに無いようで、弱々しく地面にへたり込んでしまう。


 人間のほうは、琥珀竜が動き出したので武器を構えた。が、なぜか琥珀竜を守るように立ちはだかるホロと、なにより、A級冒険者であるローレリアンの攻撃を無傷で撃ち返した京に困惑して、膠着状態におちいる。


「ホロ様。これはいったい、なんのつもりなのですかな!」


 みんなが動けないなか、バドバドがホロに向かって叫んだ。彼は非戦闘員で、かなり遠くにいたので、京がローレリアンの大技をホームランしたのが見えてなかったのだ。


「オレたち、琥珀竜が怒ってる理由がわかったんだ。今回のことは人間が全体的に悪かったんだ!」


 ホロは、琥珀竜が暴れるに至った経緯を語る。バドバドはそれを、わざとらしく頷きながら聞いた。経緯を最後まで聞くと、にっこり笑って言い放つ。


「おや、そうなのですね。で? だからどうしたというのですかな?」


 ホロは唖然とした。みんな、話せばわかってくれると思っていたのだ。でも、琥珀竜が人間に牙を向いた理由を聞いても、誰もが琥珀竜に敵意を向けていた。


「そこの邪悪なドラゴンは、この町の住民の住処を壊し、平穏を壊し、生活を奪ったのですよ? それを、攻撃するなと。反撃するなと。ああもしかして、黙って殺されろということですか?」

「なッ、ちが……ッ」

「ホロ様はまだ、王族としての判断が未熟でいらっしゃるようだ。ふう、やれやれ。ソルジオラの一国民として、不敬罪も覚悟で言わせていただきます」


 バドバドはホロの言葉を遮り、声を低くして話しはじめる。


「貴方様は優しすぎるゆえ、ドラゴンの暴れた理由を知って助けたいと思われたのでしょう。しかし、そこのドラゴンは、トゥリオネ町を壊し、民の生活を奪い、冒険者を何人も動員させ、貴重なポーションもいくつも消耗させました。ここまでで莫大な税を使っております。此度の件で支払われる金は、民の血税です。そして、トゥリオネ町の再建費も、ポーションを補充する為の材料費もまた、民の血税から支払われる。そのドラゴンを殺し、解体し、素材にして売れば、町の再建やポーションの材料費を補って余りある金が手に入るのです」


 ──どうか、ドラゴンよりも、貴方様の国の民を選んでください。


 この台詞に、トゥリオネ町の民たちが賛同の声をあげた。


 ドラゴンのせいで。

 ドラゴンが悪い。

 害獣より人間を優先しろ。

 こちら側は何も悪くない。

 トゥリオネ町は、何もしていない。


 ホロは民たちの声を聞き、唇を噛んだ。バドバドの言っていることは正しい。こうやって言い負かされて、何も言い返せない自分の、なんと情けないことか。


 拳をにぎり、どうにかこの状況を打破できないか考えていると、京の様子が気になった。彼女はトゥリオネ町に向かう道中、ホロにずっと「人間とは分かり合えない」だとか「人間は悪い生き物」だとか言っていたのだ。それなのに、いまは不気味なほど静かなのである。


 ホロがそおっと京を見やると、彼女はバドバドの方。正確には、バドバドの後ろにある、ポーションの入った荷車を見ていた。

 京の視線の先をじっと眺めていると、荷車からヒョン、と子ドラゴンが顔を出す。


「あ」


 子ドラゴンは口に上級ポーションを咥えていた。バドバドはホロの視線に気づき、荷車のほうを見て、声をあげる。


「な、何だこいつ。コラッ、それは上級ポーションだぞ!? 返せ!!」


 子ドラゴンはバドバドの手を華麗にニュルンとかわし、京の元へとかけて行った。

 京は子ドラゴンからポーションを受け取ると、子ドラゴンの親にそれをかけてやる。

 弱っていた琥珀竜は怪我が治り、みるみるうちに元気になっていく。


「おい、あいつ、ドラゴンなんかに上級ポーションかけやがったぞ!?」

「みんなで力を合わせて弱らせたのに!」


 悲痛な声をあげる民衆たち。

 彼らは、一気に京にヘイトを向けた。


「ふざけんなよお前!」

「いったい何がしたいのよッ」

「いままでの苦労ぜんぶ台無しにしやがって、この極悪人の犯罪者!」

「ローレリアン様の邪魔をするどころか、悪しきドラゴンに肩入れするなど……ッ」

「この、魔物に魅入られた悪魔が!」


 大勢が京に向かって罵倒を浴びせる中、ふらり、ローレリアンが立ち上がる。


「わたくしはぁ……」


 ローレリアンは杖を京に向け、ギンッと眼光鋭く睨め付けた。


「わたくしは、A級冒険者の、ローレリアン……。魔物の味方をするF級なんかに、負けないわッ!!」


 ローレリアンは、こんどは無詠唱で魔法を行使する。高濃度の魔力が練りあがり、杖の先に集中していく。オレガノが「まずい……ッ」といって止に入ろうとしたが、先に京が動いた。


「ふんっ」


 デッキブラシの先端が、勢いよくローレリアンの杖にぶちあたる。杖はバキャンと音を立て、上下が泣き別れした。人間を殺したくない京の十八番おはこ、武器壊しである。練りあがった魔力は空中に霧散した。


「!? わ、わたくしの杖がッ」


 京は杖にすがるローレリアンからサッと距離を取り、再び琥珀竜のまえに立つ。腰を低くして、デッキブラシを横に持ち、やるぞ……おれはやるぞ……のポーズを取っている。ちょっと震えているから、へっぴり腰にも見える。


「もし、ほかに攻撃する人間がいれば、容赦なく武器をブッ壊します……!」


 彼女は、やると言ったらやる。現にいま、ローレリアンが武器をブッ壊された。みんなはサッと武器を隠す。彼女に武器を向けたら、給料三ヶ月分のかっちょいい武器をブッ壊される!


 じり、じり。場は妙な空気に支配された。誰もが蛇に睨まれたカエル状態である。そんな中、オレガノが武器を後ろに隠しながら京に話しかける。


「キョウ殿、なぜこんな……これじゃまるで、そのドラゴンの味方みたいに見えるぞ」

「そうです。私は、ここにいる人間よりは、ドラゴンの味方です」

「なに?」

「こ、こここ、これ以上ドラゴンを、琥珀竜たちを攻撃するなら……滅ぼしますよ。このが!」


 ここでのポイントは、ではなく、の部分である。

 彼女は未だ自分ではなく、デッキブラシが強いと思っているので、なにか不都合が起きたら、すべてデッキブラシのせいにしようとしているのだ。


 さて、京の口からはっきり聞こえた言葉に、オレガノは慌てた。ガワでは冷静な感じを醸し出しているが、頭の中では一昔前のアニメのように、足をダバダバさせながらやばいやばいと走り回っていた。こんなの、ドラゴンが暴れるよりやばい案件である。


 彼女はローレリアンの攻撃を二度も阻止できるほどの力を持っている。そのうえ、王族と、いまはドラゴンまでも味方につけているようだった。琥珀竜が京を、まるで守るようにして身を寄せているのがその証拠だ。強力な手札が揃いすぎている。


 こんなのが敵にまわるなんて、冗談じゃ済まされない。


(こんなの、国家転覆もできるカードだぞ……ッ!)


 オレガノは汗を滲ませながら、京を諭す。


「そいつは、人を傷つけすぎた。いま生かしたところで、またいつ人を襲うかわからないんだ。だから、生かしておく訳にはいかないんだよ」

「最初に琥珀竜たちを傷つけたのは人間です。これは人間が受けるべき報いです」


 つーんとそっぽ向いた京に、またもやトゥリオネ町の住民が怒り始める。


「なッ、俺たちは、トゥリオネ町は何もしてねぇ!」

「そうよ! 私たちは何もしてないのに、そいつが攻撃してきた。だから私たちは反撃したのよ!」

「人間のくせに、なんで魔物を庇うんだ! そんな凶悪なドラゴン、ここで倒されるのがこの世の為だろうが!」


 琥珀竜に町を壊された恨みは深いらしく、住民は琥珀竜や、琥珀竜の味方をする京たちを口汚く罵りはじめる。ホロが悲しそうにその光景を見ていると──。


 ドギャンッ!


 凄まじい衝撃音と共に地面が揺れた。京が地面にデッキブラシを叩きつけたのだ。

 下を向くと、地面は哀れ、ピキピキと音を立て、地割れを引き起こす。衝撃映像に、煩く騒いでいた住民たちはみな沈黙した。


 ──さて、住民を黙らせた京だが、彼女は琥珀竜の味方だったので、まるで自分が害されたかのような気持ちになっていた。ふだんの被害妄想の副産物である。

 京は繊細で、想像力がたくましいので、嫌なことをされた相手の気持ちを想像して、うっかり自分気持ちと勘違いしてしまうのだ。


「……そもそも、怒りをぶつける相手がどっちも違う。悪いのはぜんぶドラゴン密猟集団で、琥珀竜にボコボコのズタボロにされるのも、冒険者に攻撃されるのも、民衆にヘイト向けられるのも、ぜんぶドラゴン密猟集団。ぜんぶあいつらのせいじゃんすか」


 ドラゴン密猟集団がヒナを奪うなんてことさえしなければ、琥珀竜はトゥリオネ町を襲うことなく、こんな戦いが起こることもなかった。


 割れた地面をみて顔を青くしていたトゥリオネ町の住民は、ちょっと冷静になったので、京の言い分に「たしかに……」という空気間をだした。


 ここで、バドバドが慌てだす。


「み、みんな、こんな小娘に騙されてはいけませんぞッ。ここで琥珀竜から素材をはぎ取らねば、誰がトゥリオネ町の修繕費を支払う。誰がバドバド商会にポーションの代金を支払ってくれると言うのだ!」


 彼は焦ったように騒ぐが、最後の方に本音が丸見えである。京はキンキンに冷えた表情をバドバドに向けた。


「そんなにお金が大事なの?」

「決まってるだろ!」

「生き物の命より?」

「金がなければ、我々人間は生きていけないだろうが!」

「じゃあ、お金があれば琥珀竜を攻撃しないんですか?」

「え、あ、いや、それは……」

「町の修繕費と、ポーション代と、あと冒険者へのお給料が支払われれば、琥珀竜を攻撃しないんですね?」

「えっとぉ……」


 急に勢いを無くしたバドバド。

 なぜそこで言い淀むのか。答えは単純。バドバドはどうしたって、琥珀竜を素材にしたいらしい。


 ふうん。そっかそっか。つまり君は、そういう大人ヤツなんだな。


「……私がヤります」

「え」


 京の胸元で、空の呼び笛がチャリリと音をたてる。京は琥珀竜の背中に勢い良く跨がり、バドバドたちを見下ろした。


「私が密猟集団を倒して小ドラゴンを奪還する。壊れた町の修繕費用は討伐依頼の報酬で払う。みんなこれで文句ないでしょう!? っときますケド、これ依頼扱いですから。特級討伐依頼の内容が『』から『』に変更した扱いですからね! 報酬用の金かき集めといてください!」


 京は勢い良く言い放つと、琥珀竜に何事かを呟き、空中へと飛び出す。しばらくあたりを見回したあと、彼女たちは森の方向へ飛び去っていった。その姿は、いまから魔王を打ち倒しに行く、勇者のようにも見えた。


「……ホロ様、キョウ殿は大丈夫なんでしょうか」


 バドバドは不安そうに呟く。密猟集団は、長い間ギルドが追いかけていたお尋ね者である。そのお尋ね者たちには、多額の懸賞金をかけられているのだが、その額はなんと、金貨三〇〇枚。土地が一〇も買える額である。


(国やギルドが金貨三〇〇枚分の迷惑をかけられている、というのもあるが……)


 懸賞金が高ければ高いほど、相手のレベルは高く、強い。密猟集団は規模も大きく、精鋭も粒揃いだと聞く。


「大丈夫だよ」


 ホロは笑った。なんの憂いもない、晴れやかな笑顔で。


「キョウはやれば出来る子だからな!」


 その言葉には、絶対的な信頼の情が滲んでいる。バドバドは、京が去っていった方向を見据えるホロを見て、目を細めた。


(ソルジオラ国が誇る、大占い師。星と運命を読み解く、しるべの申し子。ホロ様の占いは、正確無比で外れることはない。ゆえに、ホロ様の言葉は、すべて正しいことだと言われている……)


 かの王子が大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 オレガノは、金貨三〇〇枚を用意するよう、ギルドに電報を飛ばした。

 

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