1-36 ドラゴン密猟集団許すまじ

 五分後。


「ホロくん、大丈夫ですか?」

「ヒュッ、だいじょ、けほ」


 森を全力疾走して五分。

 ホロはすっかり息があがってしまい、喋るのも困難な状態になっていた。


「ごめんな。もう大丈夫だから急ごう!」

「……」


 京は少しだけ考えたあと、ホロの前で背を向けて片膝をついた。おんぶの構えである。ホロはキョトンとした。


「この先からはおぶって走ります。どうぞ」

「いや、えっと……大丈夫なのか?」


 ホロは迷った。彼女の頑丈さや強さはもちろん知っているが、京はこんなでも一応女性である。なかなかに質量のある男が女性におぶって貰うのはどうなのだろう。


「大丈夫。ホロくんは発泡スチロールのように軽いので、おぶって走ってもなんの苦でもないですよ!」

「はっぽうすちろーる? が何かはわからないけど、そうだな。京が大丈夫って言うなら信じるぜ!」


 ホロが背に乗ったのを確認して、京は走り出す。かなりのスピードで走っているが、彼女が息切れする様子はない。


 人ひとりを背負って、これだけ軽やかな動きをするF級冒険者なんて、見たことないな。この子、ステータスいくつなんだろう。ホロは改めて、京がほかの冒険者とはちょっと違うことを再認識した。


 森の中を走ってしばらく。ふたりはやっと見覚えのある場所へとたどり着く。


「なに、これ」


 かつて子ドラゴンと過ごした洞窟。そこに子ドラゴンの姿はなく、大量の人間の足跡や、鋭い傷がたくさん残されているだけだった。


「足跡と傷だらけになってる……」

「キョウ、見てくれ。足跡とはべつに、なにかを引きずった跡と、荷車の跡がある。琥珀竜の雛は人間に攫われたんだ。恐らく、密猟者の仕業だろうな」


 京はフラフラと洞窟の入り口に立ち、デッキブラシで三回、地面を鳴らす。しかし、音は虚しく反響するだけで、なにも起こることはない。


「なんで、なんで一匹も出てこないの……こうしたら、いつもはたくさん寄ってきて、体によじ登ったりしてきてたのに」


 京は膝をつく。壁に魔法を受けたような傷はあるものの、血はついていないから、少なくとも、攫われた時点では怪我をしたり、殺されたりなんかはしてないはずだ。だが、攫われた先ではどうなっているかはわからない。意地悪なおじさんに意地悪されているかもしれないし、精肉になってるかもしれない。


「あ、あんなに懐いてくれた動物って、私、初めてだったんです。なのに、こんな……」


 京の頭の中で、子ドラゴンと過ごした日々が、次々とフラッシュバックする。薪に火を吹いてくれる姿。ごはんを分けてくれる姿。餞別として笛をくれた時の姿エトセトラ。たくさん助けてもらったし、たくさん良くしてくれた。


 ソルジオラにいる間も、たまに思い出しては元気かな、いつか会いに行きたいな、なんて思ったりもしていたのに、酷い。酷すぎる。諸行無常とはいうが、こんなのは『無常』じゃなくて『無情』である。


「あまりにも惨いよぉ……」

「キョウ、元気だせよ……ん?」


 京がやるせない現実に項垂れていたとき、ホロは「あら?」と思った。


 なんだか洞窟の奥の方から、土の盛り上がりが近づいてきている……。


「キョウ、キョウ」

「なんですか。いま私はクソみたいな人生を悲観している真っ最中なんです。あ、もよおしたのならひとりで行ってもろて。連れション文化、断固反対」

「違うって! あれ見てくれなんかいる!」

「エなになに!? うわっあれなに怖い!」


 はボコボコと土を掘り進めながら近づいてくる。洞窟の地面は転んだら膝がズタズタになるくらい硬いので、モグラなどの普通の生き物ではまずない。

 ヘビっぽい魔物か、ギザギザの牙がはえた巨大ワームでも飛び出てくるのか。京はへっぴり腰でデッキブラシを構える。


「ギュイ」

「あっ」


 土の中からひょっこりと顔を出したのは、見覚えのある生物だった。


「あ、わ、ワァ……」


 京は震える手で人差し指を差し出した。見覚えのある生物は、京の指を小さな手で握る。その手には見覚えのある傷。

 そう、京がオークから助けた子ドラゴンである。


「ちゃんといたぁ〜〜〜!!」

「はは、そっかそっか。地面に穴を掘って隠れてたんだなぁ。賢いなぁお前!」


 京は感激のあまり、ポケットに入れておいたマジックツリーの干し肉を子ドラゴンに与えた。子ドラゴンは京のことを覚えているらしく、差し出された干し肉をなんの躊躇もなく口に入れる。これには京もホロもにっこり。

 

「一匹だけでも無事で良かったな!」

「うん。でも、この子の仲間は」

「……あんなにいっぱいいたのにな」

「ギュゥ」


 ホロの言葉に、子ドラゴンが悲しそうに鳴いた。その鳴き声に、京はウルッとくる。と同時に、子ドラゴンたちを攫った人間たちに、ふつふつと怒りが湧いてきた。


「……ホロくん、琥珀竜は人間から手を出さなきゃ大人しい生き物なんですよね」

「そうだな。ちょっかいかけなきゃ、ほかのドラゴンと比べるとかなり大人しい」

「なるほど。ところで、ドラゴンに無闇に手を出しちゃいけない法律とかってないんですか?」

「あるぜ! 確か『野生ドラゴン保護法』と『野生ドラゴン不可侵令』って名前だったかな」


 野生に帰れないドラゴンと例外を除き、ドラゴンを許可なく捕獲、売買、処分してはならない。

 指定されている野生のドラゴンは、人間が近づかなければ害がないため、ドラゴン、またはドラゴンの巣に近づいてはならない。


 前者が『野生ドラゴン保護法』で、後者が『野生ドラゴン不可侵令』である。


「ドラゴンっていうのは、基本狩るのも売るのもしちゃいけない決まりなんだ。でも、今回のこれは多分、最近動きが活発になってる密猟集団が関係してるんじゃないかと思う」


 へー、ほー、ふーん。

 つまりはぜんぶ、人間のせいってワケ。


 京はついさっき、ドラゴン討伐会議の時のことを思い浮かべる。

 資料に貼ってあった、ドラゴンが暴れ、町が瓦礫だらけになっている写真。ドラゴンが暴れていると恐れる人間。ドラゴンを悪と呼び、自分の手柄を立てたいと躍起になる人間。殺せ倒せと騒ぐ冒険者の人間。人間、人間、人間。


「……てやる」

「キョウ?」

「駆逐してやる!!」

「キョウ!?」


 なにが悪のドラゴンか。ドラゴンは何も悪くない。悪なのは完全に人間である。


「人間は愚か、密猟集団許すまじ!! 悪いのはぜんぶ人間なのに、なんでこの子の、子ドラゴンたちの親が特級討伐対象なんかになってんのさ!! おかしいじゃんすか!!」


 理不尽は嫌い。京が常々思っていることだ。理不尽それが人間のせいで、恩人ならぬ、恩ドラゴンに振り被っているのが、どうしても許せない。


「んー、確かにおかしいけど、怒ったドラゴンは巣の近場に住んでる人間を滅ぼすまで暴れるんだ。だから、かならず倒さなきゃいけないんだよ。それに、ギルドの皆はドラゴンが暴れている理由を知らないしなぁ」


 ホロの言うことにも一理ある。ドラゴンの巣を襲ったのは人間だが、近くに住む町の住民ではない。ギルドマスターや特級討伐依頼を受けた面々だって、ドラゴンの事情なんて知らないのだから、お互いに理不尽不利益は被っている。しかして、京は思った──そんなん、知らんわと。


「はは、人間側の事情なんてね、どうでもいいんだよ、ホロくん」

「えッ」


 京は『エフキューガー』『ウソツキメー』と自分を見下す人間より、輪に入れてくれたドラゴンの味方だ。だから、暴れたドラゴンを倒さなきゃいけないなんて知らないし、町が絶賛破壊されていることも知らんぷりする事にした。


「説得すれば、きっと丸く収まります」

「え? いやまあ、ギルドマスターなら聞いてくれると思うけど」

「ギルドマスターなんか知りません。出会ったばっかで信用なんてできないし……説得するのは琥珀竜のほうです」


 京は子ドラゴンと向き合い、真剣な表情をする。言葉を理解しているかは未だにわからないけど、きっと賢いからわかってくれる。そう信じて、語りかける。


「これから、きみのお母さんの所に行って、一緒に仲間を取り返しに行こう。お母さんはいま怒ってるけど、私には笛も、きみのお母さんから貰った羽もあるし、何よりきみがいる。きっと、協力してくれる」

「……ギュイ!」


 見つめあって数秒。子ドラゴンは頷くような動作をしてから、巣の奥に引っ込んでいった。しばらく待っていると、なにか光るものを加えて戻ってくる。


「ギュイギュイ!」

「なんだこれ、ボタン……?」


 金色に光る、なにかのマークが彫られた丸いボタン。京には見覚えがなかったが、ホロにはあるようで『あっ!』と声を上げた。


「オレ、これ見たことあるぜ! 例の密猟集団のマークだ!!」

「まじで!?」

「ドラゴンは鼻がすっごい良いから、もしかしたらこのボタンで密猟集団のアジトの場所がわかるかも!」

「いやでも、それなら町じゃなくて直接アジトを襲いに行くのでは……?」

「それがな、密猟集団って、アジトを魔物に特定されないために、わざと匂いの強いものを持って巣を襲うんだ」


 密猟集団は巣を襲ったあと、持っていた匂いの強いものを道や町に捨てながら去っていくらしい。


「捕獲した魔物は匂いを封じ込める魔導具に詰めるから、親の魔物は子どもの匂いが追えない。結果、巣に残った匂いを辿って、町を襲いに来たりするんだよな。最近被害が急増して、ギルドマスターが困ってた!」

「な、なんて傍迷惑な……」


 ついでに、密猟集団は逃げ足が早く、森を移動しながら活動しているため、捕まえづらいのだという。


「今回のそのボタン、かなり貴重な手掛かりだと思う。やっぱりお前賢いなぁ!」


 ホロは子ドラゴンをなで繰り回す。子ドラゴンは少し自慢げである。京はその様子を見ながら、ボタンを片手に、デッキブラシを握りしめた。手はかすかに震えていた。


「……」


 ペラッ。


『怖い?』

(……怖いよ、めっちゃ)


 神さまからの問いに小さく答える。

 密猟集団なんて、何人いるかわからないし、親ドラゴンを説得できるかもわからない。でも──。


 ペラッ。


『それでも、私はこの戦いに、終止符を打たなくちゃいけないんだ……たとえ、自分が死んだとしても!』

「いや死ぬのは普通に嫌だが!?」


 京は紙をぐしゃぐしゃにしてポケットにしまい、子ドラゴンをフードの中に入れた。

 ここまでくればヤケである。理性を捨てろ。人間への怒りを増幅させろ。人間は悪。密猟は悪い文化。根絶やしの対象。擦り込め憎悪。


「よっしゃ! ホロくん、急いで親ドラゴンの所まで行きたいので、最短ルートで道案内お願いします!」

「おう! オレ占い得意だから任せとけ!」

「えッ、占いで道当ててたの!?」

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