1-35 嫌な予感

 意味もなく、その場でわたわたしだす京。彼女は現状が全く理解できないでいた。

 無理もない。なんせ、京はオークキングを倒した覚えがない。京が倒した魔物は、彼女の中ではオークキングではなく、なんか喋るブタの妖精さんなのだ。

 

(私が倒したのは、なんか喋るブタの妖精なのに……!)


 オークキングだなんて冗談じゃない。そんなもの倒せたなら、すべてに怯えて暮らしちゃいないし、ドラゴン退治にだって積極的に狩り出している。

 京はなんとか弁明しようとした。したが、『いやしかし待てよ』と思いとどまった。


 ここで、オークキングを倒したことを否定したとして、それははたして、正しいことなのかしらん。


 脳内で、予想し得る未来が、かちゃかちゃ音を立てて組み上がった。


 一、否定した場合。

『え、オークキングなんて倒してない? やっぱり嘘なんじゃないか、この犯罪者!』

『王族を騙し、王族の口から嘘を言わせるとは、なんて非道なやつなんだ』

『星の森うんぬんも嘘なんだろう。こんなやつがドラゴンなんて倒せるものか!』

『そうだ、こいつを囮に使おう。犯罪者を囮

に使ったところで、誰も文句は言わないさ』

『それはいい!』

『最前線に放り込んでやる!』


 ニ、否定しなかった場合。

『オークキングを倒したのなら、ドラゴンも倒せるやろ』

『それな』

『よし、最前線に放り込もう!』


(ど、どっちも詰んでる──!!)


 京は額を押さえた。未来の終着点が、もう何をどうやっても最前線から逸れなくなってしまった。


 ペラッ。


『もう腹括るしかないんじゃね?』

「ふんッ」

「キョウ!?」


 降ってきた紙を目にも止まらぬ速さで破る。文字がたいへん波打っていたので、神さまは爆笑しながら文字を書いたことがわかる。人の気も知らないで、畜生。京は帰ったら腹いせに細切れの紙きれを燃やすと心に誓った。


 さて、京がちんけで些細な決意をした一方で、問いを投げかけたオレガノのほうはというと──。


(自身の功績に食いつく様子は無し……か)


 京がいったい、どういう人物なのかを、真剣に測っていた。オレガノは、討伐会議の資料とはまた別に用意された資料に目を通す。


(キョウ・アマクサ。王族が城入りを認めたF級冒険者。いっけん人畜無害そうに見えるが、星の森で生活していた経歴あり。コロシアムの件で、実力はB級以上は確定。今のところ、反乱の兆候は無し。だが、まだ判断材料がたりんな……)


 冒険者という生き物は、大多数が目立ちたがりであり、富や名声を好んでいる。もちろん、そのような冒険者ばかりではない。だたし、もし京がその類なら、慎重に扱わなければならない。


(キョウ・アマクサが王家、ひいてはソルジオラ国の利になる人間かどうか、今回の件で見極めさせてもらおう)


 オレガノが京の身の上話を持ち出したのは、ホロに頼まれただけでなく、京が欲に溺れるような浅はかな人間でないか、また王家に反乱を企てる脅威となるか、会議での態度とドラゴン討伐で判断する。そういう魂胆あってのことだった。


(星の森のダンジョンに発生した上級の魔物を倒す実力となれば、暴れられたら厄介な事になるだろうな。はぁ……王子様もでかい拾いもんしたもんだ)


 オレガノはヌイシロに手招きをして、耳打ちをする。


「ヌイシロ、お前はキョウ・アマクサがどんなふうに見える」

「うーん、そうですねぇ。まず権力や地位を欲しているようには見えないですぅ」

「だよなぁ。オークキングも、自分の口からじゃ『倒した』だなんて言わないし、言う気配もない」

「そこいら辺にいる冒険者なら、嬉々として倒しました〜って言うですけどねぇ」

「ドラゴン討伐もそうだ。倒せたら一気に名を馳せて一躍有名な冒険者になれるってのに、行きたくないオーラが立ち昇ってやがる……というか、大丈夫かあれ」


 現在、京は体は縮こまり、頭を抱え、顔を百面相させながら震えている。プルプルと、いっそ哀れに見えるその姿は、例えるなら捨てられたワンちゃんである。


「う〜ん、隣にバトバドさんがいるからか、キョウさんがよけい小ちゃくみえますねぇ〜」


 それは確かに、とオレガノは思った。

 バドバドは最近、商いが上手くいっているらしく、もともと恰幅かっぷくがよかったのが、更によくなったらしい。要するに、とても肥えているのである。それと比べると、京は顔色は悪いし、震えているし、捲くられた袖から伸びる腕は細っこくて頼りない。


(だが、彼女が討伐において、戦力になることは間違いがないだろう)


 オレガノは、討伐に行きたくないオーラを放つ京に、野生の小動物に話しかけるよう、精一杯の優しい声で語りかける。


「キョウ・アマクサ殿」

「あ、あの、名前ッ、そのままじゃ長いので、キョウでイイ、です……」

「ありがとう。では、キョウ殿。この会議に来たからには、どんなに嫌でも、ドラゴン討伐には必ず来てもらわなければならない」

「ヒンッ」

「だが、必ずしも最前線には出なくていい。無理に前に出なくてもいいんだ」


 いままで下に向いていた京の顔が、オレガノのほうを向いた。


「キョウ殿には、現地に行って、バドバド殿率いる商団と一緒にサポートをお願いしたい。ドラゴンと戦闘すると、足元がどうしても瓦礫だらけの不安定な状態になるんだ。それを片付けたり、あとはポーションを運ぶ手伝いなんかもして貰う。もちろん、緊急事態のときは戦闘に参加してもらう事になるが……引き受けてくれるだろうか」


 さて、いままで散々提示してきたが、京は頼まれたら断れない人間である。流されやすいともいう。ノク村の時と同じである。


 あの時は村人の数と勢いに押されて断れない状況だったが、今回はギルドマスターがすごく申し訳なさそうな顔をしていて、それがものすごく断りづらい状況を作り出していた。


(あ、これ、断ったときに、私がめっちゃ悪い感じになるやつ〜〜〜)


 京は泣きながら「はい」と答えた。顔は悟りを開いたように穏やかである。


 もう、ここまでくれば嫌でもわかる。誰でもわかる。逃げられないのだ。この状況から。そもそも、自身の運の悪さからお察ししなければならなかった。京は、生まれたそのときから『詰み』なのである。


(周りの敵対心と闘争心むき出しの目とホロくんの期待するような眼差しがツライ……板挟みホント無理……)


 口はもう草でいっぱいになった。ホロが隣から新しい草を追加してくれたが、京の胃痛はちっとも治らなかった。


「協力、感謝する」


 オレガノは京にいちど頭を下げると、ヌイシロにもう一枚の資料を手配させた。


「さて、これからはドラゴンの詳細を語らせて貰う。いま現在、ドラゴンはソルジオラの北側、トゥリオネ町で暴れている。魔法や魔導具でなんとか抑えているが、そろそろ限界が近い。準備が整い次第、直ちにトゥリオネ町に向かってもらう。ここに集まってもらった者達にはそれぞれ、役を割り振ってあるから、いま配った資料をよく見ておいてくれ」


 説明を聞きながら、京はボーッと資料を眺める。泣きすぎてぽやんとした目は、資料についている、暴れているであろうドラゴンの写真に留まった。


(この世界、写真とかあるんだ……)


 流石に色はついていないが、セピア色の写真は、なかなかに高画質で紙に転写されていた。


(……あ、れ?)


 京は写真を凝視したあと、ホロの服の袖を引っ張る。


「どうしたキョウ。なにかわからない事でもあったか?」

「あの、この資料のドラゴン……」

「ん? あれ、こいつ……なあ、ギルドマスター。この討伐対象のドラゴンってさ、琥珀竜なのか?」

「ええ、その通りです」


 ──キンッ。


 引き寄せたデッキブラシが、首飾りにあたり、音を鳴らす。


「ソルジオラに成体の琥珀竜は一匹しかいなかったはずだろ」

「その一匹が今回、暴れているのですよ」

「ええ? でもさ、おかしいだろ。琥珀竜はドラゴンの中でも温厚な部類だろ? それこそ、雛に手出しさえしなきゃ暴れたりなんかしないのに」

「暴れている理由は私にはわかりません。冒険者が誤って縄張りに立ち入ったのか。それとも、雛になにかあったのか……」


 ソルジオラにいる成体の琥珀竜は一匹だけ。京に羽根をくれた琥珀竜は、いま暴れている琥珀竜ではないか?

 ホロは言った。雛に手出しさえされなければ、琥珀竜は暴れたりしないと。なら、逆に、琥珀竜は雛に手を出されたから暴れていると言えるのではないか。

 羽根をくれた琥珀竜があの琥珀竜なら、雛は京に果物を分けてくれたあの子たちなのではないか?


(嫌な予感がする……)


 グラグラする頭を抑えていると、バンッと机を叩く音が響いた。音の主はローレリアンだ。


「ドラゴンが暴れている理由なんて、どうでもよろしいでしょう? わたくしたちは、ただ暴れている悪のドラゴンを打ち倒すのみ」

「そうだそうだ!」

「悪のドラゴンを殺し、その功績をローレリアン様の栄華とするのだ!」

「殺したあとは素材を剥ぎ取り、ローレリアン様のマントの羽飾りにしてくれる!」

「ちょっとちょっと、素材は山分けでしょう。このバドバドにも、魔石とまでは言わないので分け前を──」


 悪のドラゴンを倒せ。

 悪のドラゴンを殺せ。

 悪のドラゴンから素材をはぎ取れ。


「……」


 京は、デッキブラシを強く握り、勢いよく立ち上がった。


「キョウ……?」

「行かなきゃ……」

「キョウ!? どこ行くんだ!!」


 京は会議室を飛び出した。京には、どうしても確認しなければならないことがあった。


 目指すは星の森。


 走って走って、国の門の前にたどり着いたとき、誰かに腕を掴まれる。振り返ると、ホロが息を切らし、そこに立っていた。


「ホロくん、なんで……」

「琥珀竜の雛のとこに行くんだろ? キョウは道、覚えてるか?」

「えっとぉ、へへ」


 京はスッと目をそらした。道なんてまったく覚えてない。


「オレ、道わかるからさ、一緒に連れてってくれよ」

「いやでも」


 ホロは王族である。そんなこと了承できないし、許されることではない。


「キョウ、オレの立場はいまは考えなくていい。責任は自分でとる。だから連れていってくれ。頼む」


 それは、あまりにも純粋で、真剣で、真っ直ぐな眼差しだった。

 京は意を決したように頷く。本人が自分のケツは自分で拭くと言っているのだ。自分には関係ない。多分。


「よし、じゃあ行きましょう! 道案内よろしくお願いしますね!」

「おう! まかせてくれ!」

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