1-34 なんの話!?
ダンゴムシよろしく丸まった京は、ウェイトレスのお姉さんに「料理、取っときますから、がんばって行ってらっしゃい!」と見送られ、そこら辺にいたムキムキにその体制のままカウンターに運ばれた。
カウンターの側には、これまたムキムキの護衛に囲まれたホロが立っており、丸まったまま運ばれてきた京を見て、心配そうに話しかけてきた。
「どうしたんだ、キョウ。お腹痛いのか?」
「胃が、胃が痛いよぅ」
「可哀想に……。よしよし、この草をキョウにやろうな。この草には胃痛を和らげる作用があるから、きっと大丈夫になるぞ!」
「大丈夫になりだぐないよぉ〜〜!!」
大丈夫になったら、おそらくギルドマスターのところにでも連行されるのだろう。そして、先ほど聞いたドラゴンについての話し合いに、強制参加させられるのだ。
(わざわざ放送で呼び出すだなんて、きっと面倒くさい事に違いない。私はただ、大衆食堂でご飯を食べようとしてただけなのにッ)
どんなに喚こうが、放送で呼び出された時点で詰んでいる。逃げたとて、ムキムキをけしかけられて捉えられるのがオチである。
(あ〜、これは逃げられないっすわ〜。詰みっすわ〜)
京は泣いた。泣きながらホロから手渡された草を食べた。昼食を食べ損ねたので、この名も知らぬ、ちょっと変な匂いのする草が京の今日の昼食になった。
「ドラゴン討伐会議はあっちの部屋でやるらしいから、一緒に行こうぜ!」
「え、ちょ、まッ!!」
「たのもーーー!!!」
ホロは京を引きずって、部屋のドアをバンッと勢い良く開け放った。
まず目に入ったのは『ドラゴン討伐会議』と書かれた弾幕である。京は目を疑った。会議室の雰囲気に全然合ってない。
次に目に入ったのは会議のメンバー。会議室にはすでに人が入っており、各々が割り当てられた席に着席している。着席してない者が大勢いたが、着席している者が連れてきた部下かなにかだろうか。
京が会議メンバーの顔を見渡していると、とある一人と目が合う。その人物は、京と目があった瞬間、あからさまに顔をしかめた。
(ヒィッ、なんか怖い顔のおっさんがこっち睨んでるッ!!)
会議が始まる前からピリついている空気に、既に吐きそうになる京。だが、そんな事はお構いなしに、ホロはずんずんと部屋を進んでいった。
「遅くなったなー、わりぃわりぃ!」
「いえ、ホロ様。時間ぴったりですぞ」
豪快に謝罪するホロに、顔をしかめていた男は、一瞬で満面の笑みをその顔に貼り付けた。その笑顔は、権力者に媚を売る大人のそれである。今度は京が顔をしかめる番だった。
(感じ悪いおっさんだな……)
最悪なことに、いま空いている席はおっさんのすぐ近くしかない。
(めっちゃ座りたくない……!)
京は歯を食いしばった。
座りたくない。すごく座りたくない。
「ほら、キョウ。オレの隣空いてるからさ。座ろうぜ」
「アッ、はい。失礼します……。(イヤーッ、善意で舗装された地獄への道!!)」
わざわざ椅子を引いてもらった手前、席につかず立ったままとはいかず、流されるまま椅子に座る。善意を断れない純日本人らしさは美徳でもあり、また本人に仇なす毒でもある。そもそも、王族に促されて座らないわけにはいかないだろう。王族が
二人が席につくと、会議室の席は完全に埋まる。京にとっての地獄の時間の開幕である。
「さて〜、全員そろったみたいなのでぇ、始めていきましょっか〜。ドラゴン討伐会議」
間延びした、気の抜けるような声が響く。
「まずは自己紹介しますね〜。じぶんはこのギルドでぇ、ギルマスの補佐をさしてもらってるぅ、ヌイシロといいます〜。んで、こっちのいかちいのがギルマス〜」
「おい、しっかり紹介せんか! ごほん、知ってるとは思いますが、オレはギルドマスターのオレガノです。今回はお集まり頂き、誠にありがとうございます」
オレガノが頭を下げる。姿勢を戻す瞬間、オレガノと目があった気がして、京は小さなしゃっくりをした。
オレガノが片手を挙げると、ヌイシロが手に持っていた書類を、全員に配ってまわる。
「この紙にはいまぁ、S級冒険者パーティーが担当してる〜、特級討伐依頼の進捗が書いてあります〜。ついでに、今回発令された特級討伐依頼の内容もばっちり〜」
紙には真っ赤なインクで『特級討伐依頼』という印がでかでか押されている。その禍々しさたるや。京は顔を引きつらせた。
「(それにしても、特級討伐依頼……どっかで聞いたことある気が……)ホロくん、特級討伐依頼って、なんなの?」
「魔王関連のつぎに緊急性の高い依頼のことだぜ! 今回のは大量発生したワイバーンのことだな」
大量発生したワイバーンと聞いて、はっとした。たしか、ウェイトレスのお姉さんが、フェアで使用している肉は特級討伐依頼で卸されたものだと言っていた気がする。
京は頷いた。なるほど、会議の議題は緊急性が高いのか。魔王のつぎに。
(……あれ? この会議ってそういえば──)
シュバッと風を切るような音がした。京が勢い良く顔を上に向けたから出た音である。京は弾幕を見て、書類を見て、また弾幕を見た。弾幕にも書類にも、でかでか議題が書いてある。なんなら、会議室に入る直前から、既に明言されていた。
──ドラゴン討伐会議はあっちの部屋でやるらしいから、一緒に行こうぜ!
(これ、ドラゴン討伐する為の会議だぁーーーーッ!!!)
面倒事どころではない。こんなのは徴用である。戦争である。ゴジラに生身ステゴロで挑むようなものである。京は絶望した。こんなの絶対死ぬ。
(『ドラゴン来たから避難誘導頼むよ〜』とか『もしドラゴンに町壊されたら復興作業の手伝いよろしく〜』みたいな内容だと思ってたらガッツリ戦うやつじゃんすか!)
京の顔色は青を通り越して白になったが、顔色が白になろうが、例えば虹色に発光しようが、会議が止まることはない。
「ドラゴンはぁ、実践経験をいっぱい積んだ、レベルが高ぁーい冒険者じゃないと倒せません〜。いちばん実践経験が高いS級冒険者パーティーはぁ、ワイバーンの件が片付いてないからぁ、新しい特級討伐依頼は受けられないんですよぅ」
「ワイバーンの発生地って、場所は確か中央の国だったよな。急げば帰ってこれそうだけど、それだと休む時間がなくて可哀想だよなぁ」
「そもそも、中央の国がS級冒険者パーティーを返すことなんかしないと思いますがね」
「それはわたくしも同感ですわ」
「だからぁ、戦えそうな人材を集めてぇ、指揮をとる人とかぁ、ドラゴンと対峙する人をきめたり〜、作戦立てたりしたかったんですよぅ。そしたらギルマスが──」
会議は川の水のごとく流れていき、どんどんと先へ進んでいく。そんな中、京はフードをかぶり、ただただ俯いていた。
(実践経験積んだレベルが高ぁーい冒険者じゃないと倒せない……じゃあ私は関係ないよね。階級Fだし。階級、Fだし)
大事なことは二回言う主義の京。ノク村から帰還し、飯食って風呂入って眠り、翌日朝から
この間じゅう、ドラゴンのことなど、なんにも聞いちゃいなかった。ドラゴンがどこで暴れてるかも、それがどんなドラゴンなのかすら、本当になにも知らないのだ。
何も知らされてないということは、何もさせることがないと言うことだ。きっとそう。そういうことにしよう。京は自分にそう言い聞かせ、ひたすら存在を空気に溶かした。
(私は空気。空気はしゃべらない。目にも見えない。だから話しかけられない。私は空気私は空気私は空気)
京は精一杯空気を演じる。そのとき、彼女は人生のなかでいちばん空気だったし、会議室にいる人物の中でいちばん空気だった。
しかして、京は人間であるからして、空気になれるわけもなく──。
「なっ、キョウはできる子だもんな!」
「はい!?」
突如ぺちこんと叩かれた背中。顔を上げると、なぜかホロが頬を膨らまして、ぷりぷりと怒っていた。
「そうだよな、できるよな! ほら見ろバドバド。キョウはちゃんと返事をしたぜ!」
ホロは京の隣に座るおっさんに『キョウをみくびりすぎだ!』と吠える。京にはなんの事だかさっぱり。文脈から読むに、京がとある"何か"ができる事にされているらしい。
ひんやりした汗が背中を伝った。
自分は一体、"何が"できることにされた?
「そうは言いますがね。ホロ様、その冒険者の階級はいくつなのでしょうか」
「ああ、バドバドは確か、月草森林地区で商いをしに行っていたな。キョウはバドバドがいない間に冒険者になったばっかなんだ」
「ほう、つまり──F級か」
おっさん──バドバドは京を見て、にやりと笑う。目は嘲りの色を帯びている。
「僭越ながら、助言をさせて頂きます。ホロ様、階級が低い冒険者を、ただ"知り合いだから"と贔屓するのは如何なものかと」
「贔屓なもんか! キョウは親父にも認められた、立派な冒険者だ。それに、城にいる魔物たちだって、キョウには従うんだぜ! あいつらは頭がいいから、キョウの強さをちゃんと知ってるんだ」
「お城で飼われている魔物が従うのは、そう躾されてきたからでしょう。そこなF級の冒険者の実力ではないのではないですかな?」
「むむむ」
ああ言えばこういうの体現のような会話。ホロはますます頬を膨らませた。膨らんだフグといい勝負である。
彼はバンッ、と机を叩いて立ち上がった。
「キョウはドラゴンを倒せる! 一人でだってドラゴンを倒せる、凄いやつなんだ!」
(はぁーーーーーーッ!?!?)
京はもの凄い形相で隣を見た。
エマージェンシー。エマージェンシーである。なんとこの王子、京が一人でドラゴンを倒せると思っていた。なんなら、できると周りに断言してしまった。
(いやいやいや、できるわけない。倒せるわけない。ドラゴンを? 一人で? 殺す気か!?)
王子ができるなんて言ってしまえば、できなくてもできる事にしてしまえる。それほど、王族の発言には力があることを、この
「ホ、ホロくん。ドラゴンを倒せるっていうのは、私のことを買い被り過ぎというか……さすがに、みんなも信じないと思うンだよ、私は」
陰キャにふさわしい、ちっさい声だったが、室内は水を打ったように静まり返っていたため、その声はしっかり皆に聞こえていた。京は泣いた。さっきまでざわざわしてたのに、いったい何故……と。
「キョウ、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないどす……」
「おまえならきっとできるぞ」
「できないから……できないから……ッ」
「ダンジョンボス、一人で倒せたもんな!」
「元気な声だね! それはそうとお願いだからもう
嗚呼、自分がいったい、何をしたというのだろう。この世界に来てから、何回気が遠くなったことか。
京は会議メンバーの顔を見て、遠くなった気をさらに遠くへやってしまいたくなった。
彼らの顔はまさに悪鬼。いや、村を焼いた悪鬼を討たんとする、復讐者の顔をしていたから。
(アッ、怒ってる。『こんな大事なときに嘘ついてんじゃねえぞこのキョドり陰キャが!』とか思ってる顔だあれ)
京の
「少し、よろしいでしょうか」
会議メンバーの中で、京以外では唯一の女が手をあげる。メガネをかけた、魔法使いのような出で立ちの女である。
「彼女が、ダンジョンボスを、倒したと。しかも単騎で。それは本当の事でしょうか」
「本当の事だぞ!」
女の問いに対し、ホロが肯定すると、女は意気揚々と語りだした。
「わたくし、A級冒険者パーティーの代表としてこの会議に出席しております。A級です。なので、数多のダンジョンボスの討伐経験があります。それらは熾烈な戦いでした。仲間はどんどん倒れていき、意識が朦朧とする中、わたくしは一人、勇敢に立ち向かい、勝利してきた……それを!」
やけに『A級』を強調する女は、途中まで恍惚と自分語りに酔っていたのに、いきなり恐ろしい形相になる。
「一人でダンジョンボスを倒した? そんな嘘信じられない。たかがF級が、一人で、ボスを倒せるなんて、わたくしがF級より弱いみたいじゃない! わたくしA級よ? A級冒険者パーティー『月夜に光る銀のバラ』のリーダー、ローレリアンよ!? あなたの虚言はわたくしの栄光に泥を塗ってるわ!」
この魔法使いのような出で立ちの女、ローレリアンは、とんがり帽子が落ちたのにも気が付かないほど興奮している。後ろに控えていた男たちも、ローレリアンに乗っかるようにして『そーだそーだ!』とヤジを飛ばしだした。肩に"ローレリアン親衛隊"なるタスキがかけてある。京はスンッとなった。アイドルオタクかなと。
「ローレリアン様ほどの冒険者でも、ダンジョンボスを倒すのは至難である!」
「そうだ! それを貴様のようなちんちくりんのF級が一人で倒したなど、誰が信じるんだ。この嘘つきめ!」
「王子にちょっと気に入られてるからって、調子に乗るなよ、このF級が!」
「嘘でF級から上の階級になろうだなんて、恥を知れこのF級め!」
「そうですぞ! なんの実績も無いF級なんかに、ドラゴンがどうにかできるわけありません。ここは我々、バドバド商会が贔屓にしている冒険者に依頼をですね──」
F級、F級と責め立てられ、ついでにバドバドなるおっさんにもできるわけないと否定される。この世界の住民、特に冒険者は、よほど階級を重要視しているらしい。
誰も京になど期待していない。
いかに自分が優秀で有用かを説いている。
皆、ホロのほうをチラチラと見ているものだから、京は呆れた。彼らは王族にアピールがしたくってたまらないらしい。
大人って、
(なんか、このまま行けば、私が一人でドラゴンが倒せるとかいう話が流れていきそう)
あわよくば、このまま話が流れて、役立たずとして退場できるかもしれない。お城の自室にお篭りできますように。京はささやかに願った。
だが、そうは問屋が卸さないのが、京の人生である。
「いいですかな」
長いテーブルのいちばん奥。そこに座る男が、手を挙げた。
「キョウ・アマクサは確かに階級がF級の冒険者です。ですが、それはまだ、階級を上げていないだけ。実力がなければこの場に呼びませんでしたよ」
「ギルドマスター・オレガノ。貴公はこの者が、F級以上の実力を持っていると。そう仰りたいのですか」
(ギ、ギルドマスター!?)
京はギョッとした。
ギルドマスターとはなんの接点もない。そんなしがない下っ端冒険者を、なぜギルドの長がプッシュするのだ。
(この明らかなステマ……まさか、ホロくんの差し金か!)
隣をみたら、ホロが京をみてサムズアップしていた。善意で舗装された地獄への道リターンズである。
ギルドマスター・オレガノは恐らく、事前にホロから京を擁護するよう言われていたのだろう。
事前に用意してあった資料に目を通しながら、京のこれまでのあれこれが赤裸々にされていく。
「実は、彼女には正式に表に出していないだけで、きちんと功績があるのですよ。コロシアムにて、B級冒険者を打ち倒し、ノク村に潜伏していたマジックツリーを討伐。あと、第一王子を星の森から城まで連れ戻したなんてのもありますね。ああ、そうだ。彼女はギルドに来るより前は星の森で生活していたと報告を受けています。この事実だけで、キョウ・アマクサの強さが伺えるでしょう」
"星の森で生活していた"のくだりで、辺りは騒然とした。無理もない。星の森は魔王討伐の前座となる地。勇者でも未だその地に足を踏み込めない場所である。
会議室の面々は思った。勇者ですら入れない森に住み着き、五体満足でいる京は、イコール勇者よりも強い存在なのではないかと。ことの重大さをわかっていないのは、この場では京だけであった。
「これらは立派な功績ですが、如何せん、信じがたいことばかりでして。周知すると、本人に面倒事が降りかかるかと思い、伏せていたのです。特に、なによりも目立つのが──」
オレガノは京に鋭い視線を向ける。
「オークキングを、たった一人で撃破したこと」
ぞぞぞ。
京の背中に悪寒が走る。
「なッ、オークキングを単騎で撃破ですって!? そんな事、できるわけないわ!」
「そうだ、そんな嘘は信じませんぞ!」
よほど信じられるような事ではなかったのだろう。会議室にいる大勢が否定的な声をあげた。それに、オレガノがため息をつく。
「オークが観測されなくなった時期は、ちょうどホロ様が星の森から帰還された日と一致する。持ち込まれた魔石も、あの大きさなら、オークキングのものと見て間違いはない。なにより、オークキングを単騎で討伐したところをホロ様自身が見ているんだ。ここまでくれば、信じる信じないの域じゃない。紛れもない事実だよ、これは」
オレガノの言葉に会議メンバーは黙った。ホロは全員の顔を見回して、満足そうに頷いていた。どうやら、みんなオークキングの討伐が真実だと理解したらしい。若干一名を除いて。
(いや、なんの話!?)
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