1-33 不穏な会話と呼び出し
ソルジオラを代表するギルド・スパイス。その大衆食堂にて、京はメニューとにらめっこをしていた。
「ドラゴンの卵オムライスにドラゴンの卵ムース……ドラゴンの尻尾ステーキ……ドラゴンラッシュか?」
ノク村から帰ってきてから、ギルドの大衆食堂ではドラゴンフェアが開催されていた。ドラゴンのお肉や卵はふつうに美味しそうだし、フェアをやるのはいいのだが、他の料理より割高であるぶん、京は頼むのに尻込みしていた。
「お金はいっぱいあるし、何も心配はいらないはずなのに……くっ、染み付いた貧乏根性がドラゴン料理を拒絶する!」
メニューを遠ざけてしょっぱい顔をする京に、ウェイトレスのお姉さんがススス、と近づいてきた。
「メニュー、お決めになりました?」
ウェイトレスのお姉さんはにっこり笑った。京はかれこれ、一〇分以上メニューを手に変顔をしていたので、お姉さんは面白くってずっと見ていたのである。京は息も絶え絶えに、ドラゴンの卵オムライスを注文した。
「ご注文、ありがとうございます!」
「ヴァッ、笑顔が眩しい……」
京はメニューで顔をガードしながら、未練がましく周りを見る。
ソルジオラのギルドは女性の冒険者が少なく、ムキムキの男がたくさんひしめき合っていた。そのムキムキ達が座る席のテーブルには、当然のようにドラゴンの尻尾ステーキが鎮座している。
(食堂中からステーキのいい匂いがしてくる……金はあるのに、金はあるのに!!)
そもそも、なぜこんなにもドラゴンの卵やら肉やらが大量に卸されているのか。京は不思議だった。狩るのが容易な生き物でもないだろうに、はたしてこんな大衆食堂で食肉として出されていて良い生き物なのだろうか。
「ウェイトレスのお姉さん、ドラゴンの肉や卵って、よく市場に出されるんですか?」
「いいえ、ドラゴンは大変凶暴で、鱗が硬く、倒すのが極めて困難です。なので、ドラゴンの肉や卵はあまり市場には出てきません。今回フェアで使用しているものは、特級討伐依頼で卸された、とても貴重なものなんですよ。だから、ぜひこの機会に食べていただきたいです!」
きらきらきら。ウェイトレスのお姉さんは期待を込めた眼差しを京に向けている。たらり、汗が一筋落ちた。
(これは、明らかな宣伝……!)
ぬかった。これは期間限定、数量限定などと銘打ち、商品に特別感を出すことで購買意欲を掻き立てる戦法である。京はまんまと術中にハマってしまった。抜け出すには、セールスをお断りするコミュ力が足りない。
「ド……」
「ド?」
「ドラゴンの尻尾ステーキも、下さい」
「ご注文、ありがとうございます!」
あまりに鮮やかな手腕である。完全なる敗北に、京は机に突っ伏した。しかし、よく考えたらもともとステーキが食べたかったし、財布事情も余裕なので、そんなに気にしなくてもいい事に気がついた。
「そうじゃん。いくら高くても今はお金有り余ってるくらいだし、心配する事なんて何もない。地球にいた頃より余裕ある。なーんであんな尻込みしてたんだろ」
吹っ切れた京の前には、すでにステーキとオムライスが用意されていた。京が悩んでいる最中に、お姉さんが既に厨房へオーダーを通していたのだ。つまり、お姉さんには京にステーキをオーダーさせる、絶対的な自信があったってこと。京は慄いた。とんだウェイトレス魂だ。こんなのに、なんの魂も無いコミュ障陰キャが勝てるわけない。
(お店で食べる、ちゃんとしたステーキって、すごく久しぶりに食べるな)
ごく最近食べた肉は、肉と言っていいのかわからない、マジックツリーの干し肉である。それより以前は星の森で、小ドラゴンと分け合って食べたオークやその他魔物の肉。魔物の肉しか食べていない。
(お城のご飯は美味しいけど、穀物と野菜中心なんだよなぁ)
ホロは羊の獣人である。だから、きっと国王様も羊の獣人なのだ。王が草食なら、城の食事も草食中心になるのだろう。だが、草食中心の食事に不満はない。お肉が食べたくなったら、外食すればいいのだ。京はうんうんと頷いて、ドラゴンの尻尾ステーキにナイフを入れた。
(お城では穀物以外に果物もたくさん出てくるけど、小ドラゴンがくれた果物がいちばん美味しかったな。……元気かな、あの子たち)
ドラゴンの尻尾ステーキをぼうっと眺めながら、小ドラゴンに思いを馳せた。
ドラゴンの討伐依頼って、どうしたら依頼されるのかしらん。人間が襲われたら? それとも、スズメバチみたいに、巣を見つけたら即刻討伐依頼が出されるのかしら。討伐されたら、あの子たちもステーキにされちゃったりするのだろうか……このステーキ、どこの
どくん、と心臓が大きく鼓動した。そこからずっと動悸が止まらなくて、京は思わず手で抑える。その時、首飾りに加工された空の呼び笛が、キンッと音を立てた。
「なぁ、あの話聞いたか?」
「ドラゴン大量発生のはなしだろ?」
大勢が話している中で、やけに大きく聞こえてきた会話。京は動悸を紛らわせるために、その会話に耳を傾ける。
「ワイバーンが大量発生して、それをうちのギルドのS級冒険者パーティーが討伐中。討伐されたワイバーンは加工されていま、目の前でステーキになってる。ギルド内はこのはなしで持ちきりだぜ」
このステーキにされたドラゴンはワイバーン。京に笛を託してくれたあの子たちは琥珀龍。討伐されたのがあの子たちじゃなくて、京はホッとした。しかし、その次の会話で、再び不安の渦に叩き落とされる。
「ワイバーンもそうなんだけどよ、そのワイバーンとはまた別のドラゴンが暴れだしたらしいぜ」
「まじかよ!? S級たちはまだワイバーンの討伐中だろ。戻ってくんのか?」
「いや、思っていた以上にワイバーンの数が多くて、戻ってくるのは無理そうだ」
「じゃあ、その暴れてるドラゴンは誰が討伐すんだ? ドラゴン相手にできるやつなんかS級か勇者ぐらいだ」
「だから、その事について会議を開くらしい。ギルドマスターと王族が──」
京は、意識が遠のくような感覚を覚えた。不穏だ。非常に不穏である。名前も知らない冒険者たちの会話は、京の動悸をもっと悪くした。
暴れだしたドラゴン。S級冒険者パーティーの不在。ギルドマスターと王族。
このワードを頭に浮かべた瞬間、京は勢い良く立ち上がった。その拍子に、椅子がガタンッと倒れる。いきなりの行動に視線を集めたが、いまの彼女にはそれを気にする余裕はない。
「──逃げなきゃ」
ぼそりと呟いた声には、怯えと焦燥が滲んでいた。京の回避本能が、今すぐ遠くに逃げろと叫んでいる。
(とりあえず、ギルド内から即刻立ち去らねば……!)
食事に背を向け、いざ走り出すぞ! というポーズをとった丁度その時。ピンポンパンポーン、と気の抜ける音がギルド内に響いた。
『キョウ・アマクサ様。至急、カウンターまでお越し下さい。繰り返します。キョウ・アマクサ様。至急、カウンターまでお越し下さい』
中途半端な格好で固まっていた京は、膝を折って地面に丸まった。やがてズビズビと鼻をすするのだ。
「逃げられながっだッ!!!」
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