1-32 魔王さまは見えている

 南の国、ソルジオラ。その中心から遠く外れた森の中。魔物に囲まれた白い子どもが、くふくふと笑いながら肉を頬張っている。


「魔王さま」


 ふわり。

 降ってきた声に、子どもは空を見上げた。視線の先には、箒に座り、空中に浮いている少女がひとり。


「なんだ、レアか。迎えにくるのが早いな」

「魔王さまの安全を考えれば、です」

「全く、我の部下は心配性すぎてかなわん」


 レアと呼ばれた少女は子どもをじいっ、と細い目で見ていたが、子どもはそんな事を気にすることなく、つーんとそっぽを向いた。レアはその様子に額に手をやり、ため息をこぼす。


「はぁ……貴方は魔王、クライアラ・ラクアイア。世界を滅ぼすとですよ」


 子ども──魔王は、その言葉にニンマリとわらった。


「世界を滅ぼせる我に、危ないことがあると思うのか?」

「──っ!」


 小さい身体から発せられる威圧感に、思わず息が詰まる。魔王を取り囲んでいた魔物は、威圧感に耐えきれず、みんな逃げていった。レアは止めていた息を何とか整える。


「……今は、勇者のレベルも上がってきています。それに加え、西の国プルトーニャが異例の二人目の勇者を召喚しました。これは警戒するに値する出来事です」

「ふん、その勇者も、片やレベルの伸び悩みで足止め。片や勇者になりたてのピヨ。取るに足らんわ。南に到達するのにも、あと夜が何週ぶんかかるやら」


 ソルジオラはもともと、国内に入る事がとても難しい国である。特別な審査を受け、複雑怪奇な書類を何枚も書いて、そうしてやっと入国できる。だが、入国以前に、国の門まで辿り着くのにも苦労するような遠い場所である。陸から来ようが海から来ようが、過酷な道のりなのに変わりはない。

 商団と一緒に来れれば楽だが、勇者パーティーは各国の人々からヘイトを集めているので、ソルジオラまで連れてきてくれる商団なんて皆無だった。


「勇者はレベルもまぁ、そこそこあるが、我には遠く及ばん。ピヨも含めて、此処には当分来れまいよ」

「しかし、勇者パーティーには一人、ソルジオラに入国できる者がおります」

「あやつは放っておいて良い。魔王討伐に興味なさそうだったし」


 そんな事よりも、と魔王は手に残った肉をレアにひとつ手渡す。


「魔王さま、これは何の肉ですか?」

「ふふ、食べてみろ。美味いぞ」


 何やら楽しそうな魔王の様子に首を傾げながら、レアは肉を齧った。噛めば噛むほど味がしみ出てくる。なるほど、本当に美味しい。もう一個欲しいくらいだ。


「それ、マジックツリーな」


 何でもないふうにサラッと言われた肉の正体に、レアはブッと吹き出した。


「なぜマジックツリーなんか食べてるんですか!?」

「でも美味いじゃん?」

「そりゃ美味しいですけど!」


 魔王は喚く部下を尻目に、森で出会った人間に思いを馳せる。濃い血の匂いの中で、平然と立っていた、外見だけは弱っちい人間。しかし、魔王にはしっかり見えていた。


 あの人間の、異常なステータスが。


(ステータスが変な人間はだな。何かとんでもなく面白いことが起こりそうな予感がするぞ)


 魔王は勇者パーティーの一員である、魔王討伐に興味がないを思い浮かべ、鼻歌を歌いながら最後の肉を齧った。


「……楽しそうですね」

「楽しそうか? そりゃ楽しそうに見えるわ。実際楽しいもん我」


 現在、勇者パーティーは一向に突破できないレベルの壁に焦れて、踏むべき段階を踏まずにソルジオラに向かってきている。

 勇者パーティーの中で、ソルジオラに入国できるほどの強さを持つ人間は一人しかいない。その一人は、勇者たちと目に見えて不仲である。噂では、パーティーから追い出される寸前だとか。


 もし、あの二人が南の地で出会うことがあったなら、面白いことが起こる。今よりもっと愉快な気持ちになれるかもしれない。


「これから何がどうなるのやら……暫くは勇者パーティーより、ソルジオラに目を向けてたほうがより楽しそうだな」


 フハハと笑いながら、魔王は森をかけていく。それをレアが慌てたように追い掛ければ、森からは誰もいなくなった。

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