流れ星を拾いに

Hazai

本編

本編 流れ星を拾いに

星も時間も、流れれば夢が叶う。


 流れれば笑顔になれる。


 そんな気がする。



 その夜、とても小さな奇跡を見た。



「流れ星は、何処へ行ったの?」

 妹は、そう言ってベランダから身を乗り出した。俺は、「危ないよ」と落ちないように肩を支えた。

「ねぇ、今も流れ星が落ちて行ったよ?」


 長期休みの真ん中、珍しく流星群が観測できるとのことで、俺と妹は夜中のベランダから空を見上げていた。街の明かりが地面を、星々が天井を照らし出して吸い込まれる様は、まるで宇宙空間さながらだった。

 そんな光景を、小さな妹が不思議そうに、そして眠たそうに眺めていた。今にも閉じそうな瞼を擦って、深い深い夜へと足を踏み入れるのだった。

 つい先日、飼っていた猫の「ダイヤ」が家出をして居なくなった妹はひどく落ち込んだ。何も手につけず、ただぼーっと窓の外でダイヤを探しているその姿は、寂しそうだった。

 そのこともあって少し気の毒に思っていたところ、一生に一度のイベントがあるとニュースで見た。そう、流星群観測だ。俺は気晴らしに楽しんでもらおうと思っていた。


「流れ星が何処に行くかって?」

 俺はしばらくしてから返事をした。流れ星が何処へ行くかなんて、高校生になる今まで真面目に考えたことがなかった。

「よく分からないけど、多分摩擦熱で溶けてしまったんだよ」

「まさつねつ?」

 妹は首を傾げた。

「あぁ、擦れて熱くなって溶けてしまうってこと。流れ星は消えたんだよ」

「でも、きっとどこかに落ちてるよ? だって落ちて行ったんだもん。ほら、あっちの方」


 俺は悩んだ、どう説明すれば納得してもらえるだろうか。難しい話をするにはまだ早いし、かと言って説明しないと納得のいかないまま拗ねてしまう。

 すると妹が突然、

「ねぇ! 明日、流れ星を拾いに行こうよ!」

 と言った。

「え?」

 妹の提案に、一瞬動揺した。どう説明しようか。流れ星は、空気との摩擦で溶けて無くなってしまうもので、拾えるものではない。そもそも、地面に落ちたら隕石の墜落である。大惨事だ。


「無理だよ、流れ星は拾えない」

「えぇー?」

「それに、いなくなっちゃうんだよ」

「ダイヤみたいに?」

「ダイヤ?」

「ダイヤみたいに……いなくなっちゃうの?」


 そう言って妹が涙目になった。猫のダイヤのことを思い出したのだろう。妹は先日から、ダイアのことを思い出すとすぐに悲しくなって落ち込んでしまうようになっていた。


「大丈夫だよ! 大丈夫、流れ星は居なくなっても探せば見つかるから! ほら! 元気出して!」

 妹は目を擦りながら頷いた。

「じゃあ、明日ね?」

「うん、明日も休みだし」

 俺は妹と指切りをした。

 その間にも、絶えず流星が降り注いだ。流れた星が溶けて無くなるように、俺たちが生きる時間の流れも一瞬の出来事なのかもしれない。





 次の日の朝、天気は晴れ。絶好の散歩日和だ。



 俺は靴紐を結びながら、妹に聞いた。

「準備はできてる? 出発するよ」

「うん! できてるよ!」

 そう言って俺は玄関をくぐった。見慣れた住宅街を歩き始めた。もちろん、気晴らしの散歩のつもりだった。流れ星を拾いに、という名目の元、商店街に行ってコロッケでも買って帰ろう、そう思っていた。

 財布には千円札が一枚、入っていた。

「あっちの方角だね」

 俺はベランダの向かい側の方角を指さした。

「うん」

 俺は商店街へ、妹は流れ星を拾いに出発した。夕飯までには帰ろうと思う。


 公園の近くに差し掛かったころ、妹は遊具を指さした。どうやら寄り道をしていくらしい。その間、俺はベンチで休憩した。自動販売機で買った炭酸の喉を潤し、妹を見守る。

 しかしながら、妹の元気さときたらもう、尊敬に値する。高校生になった俺に、そんな体力は残っていない。

「流れ星無いねー」

 妹は、滑り台の上から辺りを見渡してそう言った。

「うーん。ここには無さそうだね……」

 俺と妹は、また商店街へと向かった。


 住宅街を抜けた頃、やがて商店街が見えてきた。商店街はかなり賑わっていた。この辺りに住む人は皆、この商店街で買い物をしていた。ここならなんでも揃う。もちろん、流れ星は売ってないが。


 妹は、キョロキョロと流れ星を探している。その姿を見るたびに、嘘をついたことに対し、申し訳なく思えてきた。

 俺は飲み終わったペットボトルを捨てる場所を探して辺りを見渡す。

 八百屋、服屋、古本屋……

 俺はいつも通っている肉屋へと足を進めた。コロッケが今日のゴールだ。

 大きな袋をぶら下げ、商店街を歩く人達。


「じゃあ、コロッケを2つください」

「はいよ、200円ね」

 俺はコロッケの入った包み紙を受け取り、店を出た。いつも肉屋に来ているので店主の顔は覚えている。優しそうな顔や話し方に対し、ガタイはがっちりしていた。

 この店でコロッケを買うと、妹を見た店主が飴をくれる。妹がもっともっと小さい時から通っているため、顔見知りだ。


「熱いよ、気をつけて」

 そう言ってコロッケを妹に手渡した。飴は後で渡そう。

「うん」

 俺はコロッケを食べながら時計を確認した。

「あ、そろそろ帰らないと夕飯に間に合わないかも」

「え、流れ星まだ見つかってないよ?」

 妹がそう言って駄々をこねてしまった。うーん、やはり流れ星のことが気になるか。

「別の道から帰れば、見つかるかもよ」

「うん!」

 俺は回り道をして帰ることにした。まだ暗くはならないし、丁度いい。


 そうして、俺たちは日の落ちる前に家へと向かった。


「ねぇ、にぃに」

「どうしたの?」

「眠くなっちゃった」


 妹はそう言って俺の服を掴みながら、目を擦った。


「昨日遅くまで起きてたからね、ほら」

 そう言って俺は妹をおんぶした。前より少し重くなっていたかもしれない。

「ぅう……」

 そう言いながら、妹はすぐに寝てしまった。



 寝言なのか、起きていたのか、妹は何度か「流れ星」と呟いていた。


 随分と暗くなったなぁ。そう思いながら歩く。



 ……なんだあれ?


 小さな通りの真ん中、遠くで何かが光っていた。


 暮れた後の薄暗い闇に、ぽつんと白く光るものがあった。



 ……流れ星?


 俺はゆっくり、ゆっくりと近づいた。

 光がキラキラと反射して、少しだけ揺れていた。



 …………ふふっ

 俺は小さく笑った。


「おいで…… ダイヤ」


 暗闇に光っていたのは、ダイヤの着けていた首輪の飾りだった。

 流れ星でもなんでもない。


 ダイヤはそっと近づいて、そのまま俺に撫でられる。


「心配したぞ、まったく」

 ダイヤはそんなことはお構いなしで、機嫌か良さそうに喉を鳴らした。




 何年経っただろうか、あの日のことはしっかり覚えている。



「で、後どうなったの?」

「覚えてないの?」

 俺は妹にそう聞いた。もう、すっかり成長した妹も、今や高校生だ。

 俺はもう社会人、会社員として働いている。少し休みが取れたので、実家に帰り、ベランダで妹と話していた。

「覚えてないよー! だって確か保育園でしょ?」

「そうかー」

 俺は何度か頷いた。あの頃の妹ときたら、やんちゃで仕方なかったからなぁ。あ、今も変わらないか。

「どうしたの?」

「いや、何も」


 そして、俺はベランダからあの方角を指差して言った。


「ここから見えたんだよ、流れ星」

「そうだった……ような? うん? そういえばダイヤが帰ってきたって……」

「そう流れ星だよ」

「じゃあ、流れ星がダイヤを?」

「そう」


 俺は小さく頷いた。

 妹は目を丸くしながら、「そうだったんだ……」と呟いた。


 俺は、ベランダの扉から家の中に入り、ダイヤを探した。

 すると、すっかり大人になったダイヤが階段をゆっくりと上がってきた。

 ダイヤに駆け寄った。

 宝石のような目でこっちを見て、「ちょっと散歩してただけだよ」と言わんばかりにあくびをした。


「にしてもダイヤはでかくなったなぁ、健康で何より」


 俺はダイヤを撫でながらその日のことを思い出していた。

 妹はその横で一緒に撫でていた。

「結局流れ星は拾えたの?」

 妹は笑いながら聞いた。

「そんなわけないじゃん」

 俺は笑いながら答えた。

 ダイヤがゴロゴロと喉を鳴らす。


「でもね」

「うん?」

「私、その前の日にベランダで何を話してたかを、何故か思い出した」

「?」





「ねぇ! 明日、流れ星を拾いに行こうよ!」

「え?」

「無理だよ、流れ星は拾えない」

「えぇー?」

「それに、いなくなっちゃうんだよ」

「"ダイヤ"みたいに?」

「"ダイヤ"?」

「"ダイヤ"みたいに...いなくなっちゃうの?」





「その時お兄ちゃんと二人で、"ダイヤ"って三回言ったんだよねぇ……」

「ん? 三回……? そういえば」

「そう、流れ星に三回願い事を言うと叶うってやつ」

「ほう……」


 もしかしたら流れ星に、まだ若かった兄妹の想いが届いていたのかもしれない。と思った。


 そうか、流れ星に三回願い事を言うってのは、俺が教えたんだっけ?


 あれから俺は、一度も流星群を観ていない。けれど、願いたいことは山程ある。しかしもう、訪れないかもしれないし、それでいい。

 あの日、二人の純粋な心が呼び起こした流れ星の奇跡と、それから色々なことを知って、沢山の経験を積んで、時が流れてしまった今と。何も変わらないものなんだなと思った。



 けれどもし、もし俺が生きている間にもう一度流星群が訪れたら、行けるだろうか……流れ星を拾いに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流れ星を拾いに Hazai @Hazai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ