かくして少年は迷宮を駆ける


 死に絶えていた惑星の破壊と再生、【灰王開闢事変】より時を経て


 広大な宙の中にある、無数の輝きの一つ。


 秩序と混沌、祈りと呪いが入り交じる【灰色の星グレイアース】は今日も騒がしい。



 世界は新生した。



 “黒き涙”によって眠り続けていた命が【世界樹】によって蘇り、そして膨大な魔力によって大きくその形を変えたのだ。今や現在の人類では到底識別不能な現象が満ちていた。それらが時にぶつかり合い、殺し合い、混じり合いながら覇権をめぐり争い続ける激動の時―――― 【戦界時代】とでも言うべき世界が訪れていた。



 ありとあらゆる脅威が、奇跡が、呪いが、この世界には存在している。 



 元より世界の大気の調節を担っていた大森林。

 今やあらゆる天災降り注ぎ、それにより生まれた神獣達の縄張りと化した【ミスラ熱帯雷林】



 この世界が創り出される戦争によりこぼれ落ちた呪い、今やその役割から放たれた竜。

 山の上に山を築くという常軌を逸した違法建造、最早誰一人その全容を把握できない【クーロウ竜山脈】



 世界新生の時に起こった天変地異、その際に生まれた無尽に奈落へと続く滝、

 その先にはかつては作り話でしか存在しなかった地下世界が存在するという【〈落園〉スロア巨大水路】



 “それ”は新たに墜ちた来訪者。宙から墜ち、周囲を焼き払い、そして全ての生命を喰らった物。

 未だ、確かな存在として定まらず、生まれ落ちる日をただ待つ卵、【宙石パンドラ】



 かつて、人の手によって創り出され、しかしその手から離れた精霊達の住まう場所

 辿り着けば、この世のあらゆる奇跡を授かることが叶うという【〈星海〉精霊光園スターラ】



 この世界の再誕と同時に現れし邪悪なる黒い流星。

 時に人類を救済し、時に人類に破滅を齎す魔神、【黒き二つの凶ツ星】



 そして、喪われた方舟より顕れた、この世界の象徴であり始まり。

 祈りと呪いをその身に集めて、全ての生命に禍福を与える【〈神樹〉ユグドラシル】



 ありとあらゆる不可思議なる、素晴らしき祝福が、そして畏るべき呪いが存在し、それは今なお新しく生まれ続けている。かつて君臨し、あらゆる資源を食い尽くしていた人類は、支配者の座から引きずり下ろされた――――しかし、完全にその座を諦めた訳ではない。



 完全なる神秘と化した精霊達との繋がりを有し、その力を独占する事無く分け与え、

 方舟より降り、偉大なる【賢王】の元に集う【〈大連盟〉アルノルド連合国】 



 事変以前から生き延び続けた国家組織を束ね、まとめ上げ、機械技術と魔術との融合を果たし

 人類社会の復興と世界を一度滅亡へと導いた“王”とにらみ合いを続ける【機轟合衆国エルヴ】



 鮮烈なる紅蓮の男によって鍛え上げられ一軍隊でありながら、勢力として昇華した者達。

 圧倒的なる統率と、徹底した戦闘技術によって大自然を切り開く戦闘部隊【自警部隊・J地区】



 世界樹に祈りを捧ぐ者達。方舟の内と外、すべての信仰を束ね、形を成した超巨大新興宗教。

 現存するありとあらゆる神秘を神聖なるものとみなし、抗いではなく共存を目指す【神樹教団・黄金果実】



 奇妙なる流浪の旅人。何処からとも知れず現れては、叡智と癒しと徳を人々に与えては去っていく。

 自然と皆がそう呼ぶようになった、三人の男たちに対する畏敬の称号、【三賢者】



 【冒険者】と呼ばれる命知らずの荒くれどもをまとめ上げた【神鳴】と呼ばれた女傑。

 彼女とそれに賛同する一行が空を駆ける飛行要塞ガルーダと共に開拓を目指す【冒険者ギルド・惑星旅団】



 そして空を自在に駆け、あらゆる場所に現れる神をも吞む移動要塞

 世界を破壊し、創造した畏るべき【灰王】が、墜ちた勇者たちと共に天空から世界を睨むおぞましき魔城【神呑ウーガ】




 これらもまだ一部に過ぎない。

 多様なる人類勢力が力をつけ、時に争い、時に協力し合いながら、凶悪極まる自然世界と戦い、自らの世界を拡げようと、今日もまた足掻き続けている。


 そんな世界の一角にて――――



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





        迷宮は、賢しい草花が羽虫を誘う蜜の如く、魅力的だ。




    その蜜が毒で、死に至らしめようとも、その魅力は褪せることは無い。




         【名も無き冒険者達の警句集】序文より抜粋





「嘘だ。ぜってえ嘘だ。なあにが蜜だバカヤロウ」


 光が遮られるほど鬱蒼と生い茂る植物と、奇っ怪な鳥の鳴き声が飛び交う迷宮のその中心で、灰色髪の少年は一人、不意に頭に浮かんだ構文に向かって悪態を放った。

 彼の傍を飛び交う緋色の天使は、彼の嘆きに対して茂みの奧の花々を指さした。


《蜜は出てるわよ。にーたん》

「触れた瞬間骨まで溶ける毒蜜だがな……やっぱユーリにも来てもらった方がよかったか」

《ユーリ、今日はお休み?》

「いんや、エルヴからの“お客様”を単身でボッコボコにしてる」

《ただでさえ、“灰炎四天王の中でも最凶”とかいわれてるけど、もっと酷い異名つきそーね》

「まって、四天王知らないんだけど。何それ妹よ」


 彼等が居る場所は森の中だ。ただし、真っ当な植物の生い茂る森林地帯では無い。

 ここはかつて、人類が利用していた【ドーム】の一角だ。

 惑星の新生に伴って、人類が有していた多くの設備は、その大自然の中に沈んだ。だがその機能は失われず、活性化によって力を保ち、攻略すれば多くの恵みを人類にもたらす【迷宮】と化した。


 現在【灰の王】――ウルが探索しているのも、そんな人類が大自然に奪われてしまった遺産の一つだ。摩訶不思議かつ、劇的な進化を遂げた【生産ドーム】を獲得すべく、ウル達は調査を続けている訳なのだが――――作業は難航していた。


「ものの見事に迷宮化してんなあ……」

「ウル、見て見て、でっかい木の実だよ。たわわに実ってる」

「わあほんと、盗掘者の屍を糧にグングン成長してて美味しそうだな絶対食べたくねえ」


 楽しそうにウルに笑いかけるのはディズだった。髪が伸びて、それを丁寧に後ろで結んだ彼女は、興味深そうな様子で周囲を見渡していた。これが命の危機で無ければウルも楽しんでいた。


「見たことない植物が多いね。ドーム内部で空間が遮断されて、独自の進化を遂げてるっぽい」

「それで安全だったら良かったんだがなあ……」


 地面の湿地は脚を取られ、蟲は病と毒を運び、植物たちは獣よりも貪欲に生物を食い殺そうとしている。ピーピーキャーキャーと正体不明の動植物の鳴き声が連続して響き、時折ヒトの助けを求める声が聞こえたと思ったら、食虫植物が犠牲者の声を擬態した悪辣な罠だったりもした。

 方舟が空を飛んでいたときの大罪迷宮ラストでもここまで露骨ではなかった気がする。

 しかも、問題なのはこの迷宮が多段構造になっており、足下がランダムで崩壊する事があるのだ。予兆も見分けも付かずに、不意に落とし穴のように落下することがある。

 というか、既に一名落ちた。


「コースケの奴は何処まで落下したんだアイツ死んでねえだろうなあ……?」


 同行していたコースケは憐れにも落下した。落下を止める暇も全くなかった。


「ダヴィネ製のフル装備だし、ジャイン達が先に降りたから死んでないだろうけど、心配?」

「アイツに今度D&GⅢ借りる約束してるから死なれたら困る」

「動機が酷い」


 まあ、死んではいないだろう。とは思う。ここ数年で彼は随分とたくましくなった。危なっかしいところもあるが、危なっかしさではウルもどっこいなのであまり深くは考えない。

 ともあれ、今重要なのは、いかにしてこの迷宮化現象を解消し、この場所を人類の手に取り戻すかという話になる。既にJ地区との取引で前金も支払ってもらっている以上、ぶっ壊して解決なんて事も出来ない。

 だからこそ出来るだけ動かず、調査の結果を待っているのだが……と、考えていると、空から白銀の少女が降りてきた。ウルにそのまま手を伸ばすと、まっすぐにウルに抱き留められた。


「ウル」


 髪を短く切り揃えたシズクが、随分と自然に浮かぶようになった笑みをウルへと向けた


「どうだったシズク」

「大変です」


 その一言で彼女とは対照的にウルの顔は引きつった。ウルだけでなくその場に居る全員引きつった。


「……どうした」

「このドーム全てが一つの魔物と化しているようです」

「……つまり?」

「此処は胃袋です」

「通りで皮膚がピリピリしてくるはずだ!!エシェル-!転移――――……」


 そう言ってエシェルに呼びかけるが、返事が無い。そもそも付いてきているはずなのに姿が見えない。ウルが不審に思い彼女の居た方角を見渡す、と


「タス…ケテ…」


 地面に生えたクソでかい食肉植物の補肉袋に沈み込んで腕だけが地面から突き出ていた。


「うおおおおおおい!!??アッサリ死にそうになるな女王!!!?」

「う、うええええ……」


 ウルがグッタリとした彼女を引っ張りあげる。ウーガの女王として多くの者達から信奉を集めつつあるエシェルは、粘液だらけになって泣いていた。混沌とした状況下で、シズクは周囲を見渡して、淡々と告げた。


「ウル。活性化してます。多分そろそろ消化が始まります」

「話が早い!!」


 ウルは叫びながら竜牙槍を引き抜く。顎から放たれた【咆哮】は縦横無尽に分散し、ウルたちへと押し寄せる植物たちを一瞬にして焼き払う――――が、それも一時しのぎだ。植物たちは即座に再生を果たし、再び迫りくる。

 状況は切迫し始めた。何時も通りに。


「もう全部ぶっ飛ばしていいかこの森!?」

「人類復興の為の重要設備なので駄目です」

「有用な植物もありそうだし、残しておかないと後でグルフィンから小言言われるわよ。しっかし……」


 最後尾でその光景を観察していたリーネは、慣れを通り越して呆れた様子で自分たちの窮地を眺めていた。


「灰王軍全滅の危機ね。これで何回目だったかしら?」

「5,6回目くらいかな。スーア様達に救援求める?」

《対価として、灰王様一週間くらい遊びに連れ回されるわね》

「うん、私もそろそろまたデートしたい。やっぱ呼ぼう呼ぼう」

《安売りされとるなーにーたんの尊厳》


 対話の最中もリーネは地面に幾つかの白神陣を空中に展開し、周囲の植物の環境を強引に動かしていく。ディズは変異したアカネを剣として握り、ウルはエシェルを背負いシズクと共に駆けだした。地面も壁も、内部に存在する全ての生物を飲み込もうと蠢く中、ウルは叫んだ。


「帰ったら二度と迷宮探索なんてしない……!」

「私、それ100回は聞きました」

「一万回でも言ってやるよ!!!」

「楽しみです」


 楽しそうにシズクは笑い、ウルは忌々しげに天を仰いだ。


 彼等の物語は終われど、その冒険は続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る