エピローグ
役割
遙か昔の話。
まだ、世界と方舟が別たれるよりも前のこと。
「――――先生」
広い、研究室の中で一人の少年がいた。整った顔であるが、どこか気難しそうな表情をした少年は、部屋の隅で一人、ジッと手元の端末を見つめる男に向かって声をかけた。声をかけられた男は、しかしあまりに集中しすぎているのかまるで声をかけられたことに気づかない。少年は眉を顰めながら、もう一度声をかけた。
「イスラリア先生」
改めて声をかけられて、ようやくイスラリアは少年の姿に気がついた。顔をあげて、どこか気の抜けたような笑みを浮かべて嬉しそうに応じた。
「どうしたんだい?グレーレ。また分からないことがあったのかな」
グレーレは、大変に頭の良い少年だった。
所謂ギフテッド、生まれながらにして卓越した知能を持っていた。その才能を買われ、彼はこの世界でも最も多くの天才達が集う研究機関に所属することが許された。
ここに来たとき、割と彼は驕っていた。
周りには自分よりも頭の悪い者ばかりだ。同世代は当然の事ながら、大半の大人も彼には敵わない。愚か者ばかりだと見下していたし、事実そうだった。だからこの研究機関でもバカばかりだろうと、そんな風に驕っていた。
目の前のぽややんとした表情の男が、自分という天才を遙かに隔絶した大天才で在ることを認めるのには、結構な時間がかかったものだ。だが最終的に彼はそれを飲み込んで、故に「先生」と呼んでいる。
そして、師と仰ぐ事に決めた彼は、様々な質問を投げつけては何度も議論を重ね、少しでも彼のイスラリアの知識を貪欲に吸収しようとしていた。
「【星石】って結局なんなんだ」
だが、今日の質問は少しだけ趣向が異なる。
「珍しいな。君にしては曖昧な質問だ」
その事にイスラリアも気づいたのだろう。少し面白そうに表情を緩める。
グレーレは鼻を鳴らした。
「先生の見解を知りたい」
宇宙から飛来した未知の鉱石、【星石】
あれが落ちてきたときから全てが初まり、世界はそれを中心に動いている。
勿論それが引き起こした現象についてはグレーレも全て調べ上げた。それだけでなく、その星石が巻き起こした世界への影響についても全て、余すこと無く調べ尽くして知識として納めきった。自分以上に、【星石】と【魔素】を理解出来ているのはイスラリアだけだろうという確信がある――――が、そこまで調べ尽くした後、不意に疑問が零れた。
結局のところ、この物質はなんなのかという、既に多くの者達が繰り返し考え続けた、最初の疑問。
勿論、そんな疑問は考えるだけ無為にも思えた。結局のところ結論は出なかったし、【星石】はエネルギーを定期的に放出する以上の性質は示さなかった。考えるだけ無駄で、それ以上に考えなければならないことは山ほどあると皆が棚上げした疑問だ。
しかし、それをイスラリアならばどう答えるのだろうか?そう思い、試すように尋ねてみた。
すると彼は特に悩む様子も無く、口を開いた。
「
それは、普段彼が口にする理路整然とした答えからはかけ離れたものだった。
「……宇宙人?」
「はっはっは、宇宙人は面白いなあ」
グレーレは顔をしかめる。確かに同世代の子供がいうような言葉を使ってしまったが、しかしそう言い出したのは当のイスラリアだ。
「ゴメンゴメン。その通り、僕はアレが宇宙人だと思ってる」
「生きていると?」
「僕らにとっての“生きる”と、違うんだろうけどね」
そう言いながら先ほどから彼が見つめている端末には、まさにその【星石】が映っていた。この星に存在するあらゆる物体とも違うもの。どの様な形にもみえるし、なんの意味もないようにも見える、この世界の中心となった物質。
「枯渇した周辺環境に、エネルギーを分け与えて、自分に適応する空間を作り出す生命体」
自分が生きるために、自ら環境を整える生物というのは多く存在している。人類も勿論ソレに含まれる。そして【星石】がしているのもそれなのだとイスラリアは語る。
【魔素】を周囲に散布し、そのエネルギーを周りの生物に利用させることで効率よく空間を変えて、自分が過ごしやすい環境を作り出す。そう思うと、【魔素】の行く末を巡り今、きな臭く争いを続けている人類は愚かしく思える。
「……まさに侵略か」
そう、グレーレが苦々しく言うと、イスラリアは肩を竦める。
「そう悪く捉えなくてもよいさ。もっと単純に考えても良いと思う」
「単純?」
「そう――――」
すると彼は、自分よりもずっと子供のような目をして、端末の【星石】を指でなぞる。
「
「…………都合良く考えすぎだ」
「そうかもしれないね。でも」
グレーレの厳しい言葉にも、イスラリアは笑って返した。
「そんなきれい事を成し遂げるのが、僕たち、みんなの仕事のように思えるんだ」
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方舟最深層にて。
「成し遂げたか……!!」
グレーレは目の前の計器に映る結果から、地上で起こった状況を全て理解した。目視せずとも、ありとあらゆる状況の全てが、二つの神の解放を示していた。
「クラウラン!!崩壊した巨神の肉体をコントロールできるか!!」
「いけるとも!!」
「双神に星石、必要なモノは全て揃った!!都合良く廃棄孔の再生途中、今の間に全部を行う!」
そう叫び、グレーレは目の前の装置を操作する。
長い時間をかけて彼が――――否、多くの人々が、そして誰であろうイスラリア自身が考案し、挫折し、それでも尚続けてきたものを起動させる。
無論、ここまでの激闘の影響で多くの機材が砕け、壊れ、不具合を起こしている。歴々の【天魔】の意思が協力してくれようとも、全てを修復しながら作業を続行するのはとてつもない難作業だ。
しかしグレーレは一切手を休ませる事も無く、作業に没頭し、笑みを浮かべた。
「大丈夫、なのか?」
ついさっきまで、出現し続けた無数の眼球を相手に戦い続け、あちこちから血を流し、ボロボロになったザインが尋ねてくる。もう、動く気力も無いのか膝をつく彼に、グレーレは笑いかけた。
「俺を誰だと思っている」
「いつもイスラリアの後をついていっていたハナタレ」
「幼い頃を持ち出してマウントを取ろうとするのは年寄りの悪癖だなぁ?」
「うむ!我々全員、一〇〇〇才超えだがな!!ああ、しかし……!」
クラウランはグレーレの作業をフォローしながらも、地上の状況を伝えてくれる計器を見つめ、愛おしそうににっこりと笑った。
「愛する子供達が、私が果たすべき約束を助けてくれた!!こんなに嬉しいことは無い!」
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――この通り、僕は色々と不出来な身体を抱えてる。だからこそ、素晴らしい人を創れたら、同じく不自由を抱える人を助けられたら、僕の人生が肯定される気がするんだ!
遠い昔、何故この研究機関で働いているのか尋ねた時、あまりにも真っすぐに返ってきた答えに、ザインは思わず気圧されたのを覚えている。ザインの目から見てもクラウランは色々不自由に見えた。なのに、それだけの苦労を抱えながら、こんなにも昏いところを忘れるほどに夢に没頭できる人間がいるものかと感心したと同時に、少し苦手だなと思ったのを覚えている。
もちろんその時は、それからこんなにも長い付き合いになるとは思ってもみなかった。
「こんな状況になってでも、筋金入りだな。その子煩悩は」
そしてこの状況になっても尚、変わらないクラウランの姿にザインは流石に笑うしかなかった。しかしクラウランは「何を言う!」とザインへと視線をやった。
「君だって嬉しいだろう?ザイン。君の教え子たちが成し遂げたんだから!」
「そもそも弟子と呼べるのはディズくらいだ。彼女だって、俺が教える前に精神は完成していた」
ユーリは言わずもがな、完成していたし、あの二人の少女にザインが出来た事なんて、本当にごくごく僅かだ。とても誇らしく思えるようなものではない。
「あの二人は君を師だと思っているよ。それに、ウル少年だって、君が育てたのだろう?」
「僅かな時間だけな。そもそも戦い方の指導など、全くしていない。教えたのは道徳だけだ」
「尚のこと、素晴らしい」
クラウランは真剣な表情で頷いた。
「彼は、君が導き、培った道徳によって事を成したのだ。これほど誇らしいことはないだろう?」
そう言われ、何か反論しようとしたが、ザインは上手く言葉出てこなかった。しばらく考えると、諦めたように肩の力を抜いて、小さく笑った。
「それは、そうかもしれない」
意図したことではなかった。意図出来るはずもない事ではあったが、結果としてそうなったのだ。彼が“道”を歩む手伝いを少しでも出来たことを、誇らしく思っても、バチはあたるまい。
その達成感と共に、ずっとずっと長い間に張り詰め続けてきた緊張が解けていくのをザインは感じ取った。もう、気を張る必要はなくなるのだ。そんな安堵が彼から強張った何かを外していった。
「……ようやく終わるか」
「おいおい、そのまま死にそうな顔になるのはやめてくれよ!?」
だがそんな、眠りたくなるような衝動を吹き飛ばすように、クラウランが慌てたように声をあげ、水筒を差し出してきた。中身はシンプルな回復薬だ。
「君を待つ子供達だっているんだ!!せめて彼等に見守られてから休むべきだ!!」
「厳しいな、全く……」
「というか、勝手に終わった風に語るな!まだ作業中だぞ!」
「うむ、すまん!」
そんなことを話していくうちに、3人の前にイスラリアによって支配されていた【星石】が再び姿を見せる。それは今度こそ、グレーレが正しく操作した【根】によって再び包まれる。
「――この先、世界はどうなるだろうか」
「理想郷からはほど遠いだろうな。残念ながら」
不意に零れたクラウランの問いに、ザインは答える。
理想郷ともなりえた方舟は失われ、世界は再び一つに戻る。枯渇の脅威は去り、大自然の驚異がやってくる。“竜”のような、人類が創り出した脅威だけではない、未知の生物、災害が顕れることだろう。あるいはまた新たな人類同士の争いも、起こるかもしれない。
「個人に全てを背負わせるのを望まなかった者達が目指した世界だ。厳しいのは当然だ」
優しく、そしてとても厳しい世界だ。だが、それでも、
「可能性のある世界だ。そう信じる」
ザインの祈るような言葉に、グレーレは心底愉快そうに笑った。
「カハハ!だとすれば本当に休む暇などないなあ?まだまだ調べねばならないことは山ほどあるわけだ」
「うむうむ!3人で世界中をめぐるのもよいかもな!」
「お前らは本当に元気だな……」
あるいはそんな彼等だからこそ、一千年の時を超えても、変わらず成し遂げることが出来たのだろうか。その事にも少し、誇らしさを感じなくもないが、勿論それを彼が口にすることはなかった。
「さて、それでは始めようか。破壊と創造を。そして――――」
そうして、全ての作業を終えたのか、グレーレは仰々しく台詞を吐きながら、掌を掲げ、
「――――先生、今、私たちの役割を果たします」
その掌を叩き付けると同時に、【星石】が輝いた。
「【
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