それぞれの決着



 魔界、J地区にて。

 津波のように溢れ、襲いかかってきた接触禁忌生物たち。

 間もなく【ドーム】へと殺到しようとしていたが、しかし不意にピタリとその動きを止めた。


「な、なんだ……?」

「う、ごかないぞ……?」


 接触禁忌生物は、生物と名付けられているが、生物らしい動きを取ることはない。ひたすらに人類を襲い喰らい殺すことしか考えていない。だからピタリと動きを止めるなんて事はありえなかった。

 しかも、動きを止めたそれらは、徐々に、ゆっくりとその身体をくずしていく。津波のように押し寄せていた黒い大群は、あっけなく、跡形もなく消えていった。


「あー疲れた、やれやれだ……」


 だれもが呆然とする最中、部外者でありながら、最前線で最も大量に禁忌生物を打ち倒した男、グレンが投げやりに地面に倒れ込む。他の戦士達が戸惑い呆然とする中、一人だけ状況を理解しているようだ。


「お、おい、大丈夫、か」

「お前らよりはなあ……だりいったらねえや」


 そんな風に言うが、彼の状態は到底大丈夫ではなかった。戦士達からみればどう考えても圧倒的な怪物そのものの力を振るって見えたが、それでも彼一人が相手していた数が数だ。その姿はボロボロで、身につけていた義手は破損し砕けていた。

 本当に、彼は全身全霊で戦い、自分たちを護ったのだ。

 仇であるはずの自分たちを。


「…………ありがとう。アンタのお陰で、俺達は――――」

「どうでもいいわ。ってか、ねみいんだよ。うるせえからやめろ」


 だが、感謝を告げようとするとあまりにも雑に放り棄てられる。そのまま何を言う暇も無く、彼は目を瞑ってそっぽを向いてしまった。どうやら本気で眠るつもりであるらしい。

 こんな状況で正気か、とも言いたかったが、確かに見る限り新たに接触禁忌生物が迫る様子も――――


「――なあ、見ろよ」

「方舟が……」


 そうしていると、戦士達のなかから声が聞こえてくる。彼等が指さす先は、地上に出現した巨大なる浮遊大陸【方舟イスラリア】だ。恐ろしい、あらゆる人類の脅威である筈のそれに、変化が起こっていた。それは、


「樹……?」


 方舟が遙か遠くに存在するにも拘わらず、確認できるほど不思議で巨大な【樹】のようなものが伸びているのが見えて。見るだけで何か、暖かな気分にさせてくれる輝ける大樹だ。それが一気に成長していく様子が見えた。


「綺麗だ、な……」

「ああ……なんなんだ」


 恐ろしく、忌々しく、おぞましい。あらゆる恐怖の対象であったはずの方舟から生まれたその【樹】は、それでも不思議と綺麗に思えた。ずっと戦い続けてきた戦士達の心に積もった呪いと傷を癒やしてくれるかのような暖かさがあった。


「降りてくるぞ、ゆっくりと……」


 同時に急速に、不思議とどこからでも視認できた方舟が見えなくなっていく。それは、まだ僅かに世界から切り離されていた方舟が、今度こそ本当に、ゆっくりと、この世界に戻ろうとしていることを示していた。


 更に変化は続いた。それも今度はよりハッキリと、劇的に。


 真っ黒な、生命一つ無い海が、不気味な色をした空が、変化を開始する。まるで一滴の絵の具が流れ落ちたように、海からその淀みが取り払われていく。奇妙な空が本来の蒼を取り戻していく。


「空が……」

「……あれって、太陽…………って奴か?」

「初めて、見た……」


 長い年月、その姿が見えなくなっていた本当の太陽が、空から姿を覗かせた。


「まぶしいな……」


 青い空と太陽、それはこの場にいる戦士達の大半が見たこともないものだった。画像や映像や、知識の中でしか知ることのないものを初めて見た彼等は、感動するよりも先に呆然となる。


「う、うお!!?」


 更に、その劇的な変化は続く。

 雑草一つ伸びない荒廃した大地も、浅黒い汚染が抜け落ちていく。そして同時に方舟の呪泥によって大地の奥底に封じられ、保存されていた植物の種達が一斉に芽吹いたのだ。それは周囲の魔力を吸いながら瞬く間に成長していく。

 それは一見すると美しくも見える光景だったが、成長の速度は容赦が無かった。兵士達の戦車や兵器、武器類も全て飲み込み、尚も凄まじい勢いで成長し続ける。


「退避しろ!!退避だ!飲み込まれるぞ」

「ちょお!?この人マジで寝てるぞ!」

「起きろってぇ!うおおあああ!?」

「背負え背負え!ドームに戻るぞ!!!」


 兵士達は撤退を開始する。たった数秒の内にまるで森のように変容していく大地を背に、兵士達は慌てふためきながら撤退した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜呑ウーガにて


「光の大樹が……!!」

「退避しろ!退避だ!!!」


 方舟の外で起こった大騒動とほぼ同じタイミングで、ウーガもまたその大異変に巻き込まれていた。激闘の果て、巨神が砕け、そして創造主イスラリアが打ち倒された後、彼等は勝利に喜ぶ暇も無く、瞬く間に成長する巨大な大樹に飲み込まれかけていた。

 ウーガを護るべく戦い続けていた戦士達は内部への避難を開始した。


「外郭で戦ってた戦士達は全員中に戻れ!!動けない奴は手ぇ貸していけ!!!」

「急げ!!ウーガは一度離脱するぞ!」

「装備は廃棄しても構わない!!まずは中に入れ!!」


「ガザ!なにしてる!!急いで!!」


 そんな最中、元黒炎払いのレイは、同じく小隊長として指揮をとっていたガザの様子を見て顔をしかめた。彼は何故か逃げるのも忘れてじっと、“樹”の方を睨み続けていたのだ。怒鳴られて、ようやくガザは振り返る。と、何故かニヤリと笑みを浮かべたので、レイは益々訝しんだ。

 ガザはそのまま真っすぐレイに近づくと、肩を抱いて、大声で叫んだ。


「ウルの奴、勝ったな!!」


 どうやら大混乱のこの状況下で、総大将であるウルが勝ったと確信したらしい。レイは呆れた。


「……確認してもいないのに、脳天気すぎる」

「いや、勝っただろ!!」

「根拠は?」

「ない!!」


 断言された。彼を馬鹿にする言葉が無限に沸いてくる。そのまま全部言ってやろうかとレイは口を開こうとして――――


「勝ちましたね」


 何故か、ガザの援軍がやってきた。ウルの狂信者と若干周囲から引かれてる優男、エクスタインが確信に満ち満ちた表情でガザの言葉に同意して頷いている。


「っだろー!?だよなー!」

「間違いありませんよ」


 バカが二人に増えてしまった。つまり罵倒の数も2倍必要になる。どうしたものかとレイは悩むが、しかし悩んでいる暇も無かった。逃げる途中の戦士達が次々に集まり、ガザとエクスタインの言葉に同意するように頷き始めた。


「まあ、勝っただろうな……」


 そんな風に銀級冒険者のベグードは苦笑し、


「うむ、見事に成し遂げたなあ……!」


 灯火の神官もソレに続く。


「宴会しようぜ宴会!!」

「いやその前にアイツ一発ぶん殴らせろ!」


 他にも騎士やら元同僚やらなにやら様々な者達がごった返し始めた。種族も立場も役職も何もかも違うのに、言うことは変わらない。勝った勝ったと、皆確信していた。


「バカしかいない――――でも、まあ」


 もうツッコミは諦めて、レイはため息をついた。そしてそのまま彼が戦っていた場所を見る。

 しかし、不思議と確かに、彼が負けた可能性だけはちっとも思い浮かばない自分に気がついた。


「そう、かもね」


 今日ばかりは脳天気になっても良いかもしれない。そう思った。


 


              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「死ぬ、かと、思った……!」


 そうしてウーガのなかに慌ただしく逃げ帰る戦士達の中には、光の巨人として暴れに暴れたグルフィンの姿もあった。ひぃひぃと悲鳴をあげているが、しかしその足は力強く、ウーガの勝手を知らぬ他の戦士達の道先案内人として動いていた。


「かっこよかったです」


 そんな彼を励ますように、空からフウがニコニコと笑う。途中、風の精霊の力が使えなくなって少し騒ぎになったが、再び風の精霊の力が与えられ、自由に飛び回っている。


 今回の戦いで精霊の力が不安定になるというのは聞いている。


 精霊との繋がりを安定させる機構がなくなるとかなんとか、それは聞いていた。そう考えるとグルフィンはもとより、フウも気をつけて欲しいなとは思うのだが、特に彼女は困った様子も無く自由に飛び回る。うっかり墜落しないかグルフィンは割とヒヤヒヤしていた。

 しかしそれはそれとして――――


「本当に、本当に疲れた……!もう二度とやらんからな!!」


 心の底から思う。もう危ないのはゴメンだ!

 勇気はもう使い果たした!同じ事をやれと言われてももうやれない!精霊の力が使えなくなるかも知れないらしいが、それならばむしろ好都合だ!食料生産で力が使えなくなるのは困るかも知れないが、それでも戦うのはもうおなかいっぱいだ!!


「もう戦うことはないのだろう!?大丈夫なのだよな!」

「ああん?なんだもったいねえ。また巨人にならねえのかよ」

「ぬ!?」


 グルフィンのぼやきに対して、不意に声をかけてきたのは誰であろう、天才鍛冶師のダヴィネだった。彼は自らが創り出した大量の兵器を抱えながら、此方を見つめてニヤリと笑った。


「お前の巨人姿みたら創作意欲が沸いたんだ!折角見合う武器創ってやろうと思ったのによ!!」

「もう戦わんといってるだろう!?というかもう戦う相手なんておらんだろう?」

「そうかねえ?見ろよ」


 そう言いながら、ダヴィネは外郭の外を指さす。飛翔するウーガの外郭からは、魔界――――否、外の汚染された大地や海が、あの輝く樹の光と共に瞬く間に再生していく様子が見える。ありとあらゆる命の再誕が起こっていた。


「ウルから聞いたぜ。世界は大自然に吞まれるってな。そうなりゃ、またとんでもねえ魔物が出てくるんじゃねえのか?」

「おおう……」

「出番がありそうじゃねえか!光の巨人!!バハハ!!」

「だからってなんで私が戦わねばならんのだ!というか何故そんな楽しげだ!」


 厄介ごとが爆発的に増えそうな気配がしているのに、何をそんなこの男は喜んでいるのか、全く理解出来なかった。が、ダヴィネはむしろ「何言ってんだ?」というようにニヤリと笑った。


「あたりめえだろ!!枯れかけてた魔界でもあんだけ面白いものが山ほど出てきたんだぜ?それが新生したってんだ!創作意欲が沸くってもんだ!!!」

「それは構わないからせめてちゃんと寝ろ、全く……」


 隣で、彼の兄であるフライタンが呆れたように言うが、まるで聞いた様子はない。キラキラワクワクとした目で外の世界を見つめる彼の顔つきは本当に子供のようだった。


「理解出来ん!」

「でもグルフィン様、グルフィン様が知らない食材も一杯出てきそうですよ?」

「だ……!!ぬ……!!」


 そしてグルフィンもまた、フウの一言で思わず唸ってしまった。


「おうおうそうだな!魔界の戦士達が持ち込んだ食料でも、めちゃくちゃ驚いてたじゃねえか!」

「あーそんならウチのツマミ、レシピ増やせそうだなぁ?」


 ダヴィネを手伝い武器防具を抱えて運ぶペリィまでもが同意する。


「だ、だがなあ……!」

「なあに心配するな!俺の考えた最強兵器を使えば竜も神も一刀両断よ!!」

「だから戦わんといっておろうがあ!!」


 グルフィンは叫び、その様子をフウは楽しげに笑う。そのまま皆、えっちらおっちらとウーガの中へと逃げ込んでいった。

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