灰王勅命・達成不可能任務 創世踏破


 今にも全てが砕けてしまいそうな空の下。


 一千年の時を護り、人々を護り続けた方舟という救世の舟の上。


 世界の終わりと始まりを賭けて、灰の王と創造の神はぶつかった。


〈邪魔を、するなアア!!!旧人類!!ノア!!〉


 イスラリアは怒りに満ち満ちて、叫ぶ。瞳からこぼれ落ちる呪いの魔力を自在に操り、力を解き放つ。一つの世界を創り出した男の力だ。巨神が健在であった頃と比較しても尚、更にその威力は激しさを増し、その余波だけで、彼が展開した無数の天使達が砕け散るほどだ。


〈おとう・さん!〉

「【だれが旧人類だっての!!】」


 だが、対するウルもまた、その力に対して一歩たりとも退くことは無かった。

 展開された道の上を、彼は駆ける。託され、集った無数の祈りと呪い。それらを喰らい、突き進む。創造主が展開する破壊の渦を二双の槍で突き破り、一気に神へと突貫する。


「【こっちはウルって名前があんだよ!イスラリア!!!】」


 力が爆ぜる。膨大な魔力障壁が砕ける音と共に、イスラリアの身体に槍が食い込む。血肉でなく光がこぼれ落ちる。それがダメージとなっているのかウルには判断できなかったが、構わなかった。

 最早、攻撃の有効性を確かめている暇なんてないのだ。


 通じないのなら、全ての攻撃を叩きこむだけの事――――!!


〈【オ、オオオオオオオオオオ!!!!】〉


 無論、相手も無抵抗ではない。

 腕に食い込み、抉ろうとしている竜殺しを、ただ、力のみで強引に押し返し、そのままもう片方の掌を掲げ、ウルへと向ける。光熱の柱がウルへと叩き込まれた。


「【っが!!?】」


 先ほどまで自在に操っていた、極限まで精緻な術式からはほど遠い、ひたすらに破壊の力の凝縮したエネルギーの放射。例えるならそれは竜の咆吼に近いが、威力は桁外れだ。【灰炎】の無効化と【色欲】の狂乱もまるで追いつかず、ウルはたたき落とされ――――


『【銀糸よ!!】』


 その直前、銀糸のネットで拾われる。


『ウル様!!』


 だが、礼を告げる暇も無く、光の追撃が容赦なく降り注ぐ。ウルは歯を食いしばりその場から逃れる。再び魔機螺の上を駆けるが、容赦なく光柱は降り注ぎ、


「ウルを!!狙うな!!!!」


 それをエシェルが放った闇の竜がウルを護るように展開し、喰らう。

 神にすら通用するその大食らいにウルも頼もしさを覚えた。だが、


「っぐ!?」


 光を喰らい、飲み干した闇の竜の腹から光が零れる。突き破るように沸いて出たのは、先ほどエシェルが喰らった、蟲のような形をした光だ。ウルは顔をしかめた。 


「【簒奪】にもう対抗しはじめやがった……!!エシェル、離れ――――おごあ!!」


 危ないから距離を取れ、と言おうとした瞬間、腹にタックルがすっ飛んできた。見れば憤慨やるかたないといった面をしたエシェルが思い切り此方を睨み付けてきていた。


「う゛ーー!!」

「よーし俺が全面的に悪かったぁ!護ってくれ!!食い破られる前に打ち返せ!!」

「ん!!」


 言っている間にも攻撃は飛んでくる。ウルは死に物狂いで足を動かし、エシェルを抱えたまま魔機螺の上をかけ続け、上空から迫る光をエシェルは片っ端から跳ね返し続ける。その反撃に対して僅かにイスラリアの姿勢が揺らいだタイミングで、金色が跳んだ。


『【魔断――――っぐ】』


 神をも殺す黒い剣閃。

 今日此所に至るまで幾度となく災禍を切り裂きつづけた絶技。しかしそれすらも、創造主たる彼には届かない。無数の魔力障壁が精密に形を変え、刃に触れることなくその進行を食い止める。


〈今更ァ!そんなものでぇ!!〉


 廃棄孔の瞳が見開かれ、身じろぎ取れなくなったディズを睨む。焼き切れるような光が間もなく放たれようとした。


「《ディズ!!!》」


 その前に、シズクが巡らせた銀糸から緋色の精霊が飛び出して、ディズを護る刃となる。放たれた光を【緋終】の力で朽ちさせて、ディズを守る。しかしそれでも尚、力は途切れることなくまとめて二人を焼き払い、吹き飛ばした。


「【ノア!!!】」

〈構築・ます!〉


 その二人を受け止めるように【道】が展開される。幾重の魔機螺と共にその衝撃を殺し、受け止め、同時に彼女たちの力を増幅させる加速器が展開する。


「【使え、ディズ!!】」

『うん!!アカネ!!』

「《うっしゃあ!!》」


 再び金色が駆ける。しかし先ほどよりも遙かに鋭く、速く、流星のように。そして相棒の緋色を剣として纏い、刃として一気に振るった。


『【神断・緋終!!!】』

〈っがAあ!!?〉


 刃が障壁を切り裂き、今度こそ神の肉体を切り裂く。再び血のようにこぼれ落ちる光に、ディズはそれでも苦い表情を浮かべた。


『これでも、まだ堅いか……!』

〈失セろぉ!!〉


 まだ、それでも、神は崩れない。返す刃に再びディズは打ち落とされる。

 イスラリアの状態も不安定な筈なのだ。どう見たって、異常を起こしているし、無理に無理を重ねている有様であるはずなのに、それでも尚自身の状態を維持し続けている。かつて、たった一人で方舟のなかで君臨し続けて、世界を一つ創り出した男がいかに怪物であるのかをウル達はつくづく思い知らされていた。


〈【ロード】稼働限界・近い・ます!〉

「【俺も、だなあ!】」


 世界がひっくり返るような死闘を二度も三度も四度も繰り返したのだ。限界なんてとっくの昔に超えているし、身体で痛くないところなんて存在していない。叶うことならば今すぐにでも目をつぶって眠りこけたい!

 そしてそれは勿論、自分やノアだけではない。シズクもディズも、ここに居る全員同じだ。

 とっくの昔に限界なんて超えている。

 それでも、誰一人として止まる者は居なかった。諦める者はいなかった。

 世界を創り出した創世の神を前に、駆け、叫び、抗い続ける。


〈なんで、だ〉


 イスラリアは問うた。至る所から血の代わりに光をこぼしながら、此方をまっすぐに睨んでいた。痛み、苦しんでいるというよりも、心底解せないという疑問を表情に浮かべながら。


〈どうして、そこまで、戦う!!〉


 そう叫びながらも、更に攻撃は飛んでくる。周囲に散っていた天使達が結集し、一斉にウルへと襲いかかろうとするのを、スーア達が足止めする。様々な輝きを放った精霊達が、神の力を有する天使達に打ち落とされ、焼かれていく。それでも決して、その輝きは褪せることは無かった。

 精霊達が抑える間に、グロンゾンとジースターが天使達を貫き、砕き、切り裂く。


〈こんな間違いだらけの世界の、何を護る!!〉


 残る天使達が集まり、輪を作る。自らの形を解いて形成されるのは巨大な術式だ。先に巨神が創り出した創世の術式、それが幾多も創り出され、次々に光を放つ。

 それをエシェルが全て捕らえ、片っ端から喰らい、返す。同時に遠く、ウーガからの白蒼の咆吼が残る天使達を破壊し尽くした。


「【護ろうなんて、驕っちゃいない……!】」


 仲間達の空けてくれた隙を縫うように、ウルは駆け、叫ぶ。もう呼吸するだけでも全身が痛い。しゃべるのだって億劫だった。

 だが、それでも声に出さねばならないと思った。


「【一緒に歩いてくれる奴らに、恵まれただけだ……!!】」


 駆け抜け、金色の剣を構えた天使達を貫き砕き、輝ける神の心臓へと矛を突き立てる。強固極まる魔障壁に歯を食いしばりながら、ウルは訴えるように叫んだ。


「【アンタだってそうだったはずだろうが!】」


 それは確信だった。

 ザイン達が、一千年の時が経とうとも、イスラリアとの約束を果たそうとしていた。

 それだけではない。ここに在るあらゆる力は、一千年前から今日まで続く様々な祈りと呪いだ。

 それがウル達をここまで押し上げたのだという確信があった。


 それをまるで気づかぬように振る舞う創造主が、この世界の父が、あまりにも痛々しかった。


〈――――黙れ〉


 ウルの叫びに、イスラリアは怒りを露わにする。顔を歪め、叫んだ。


〈【廃棄孔・凝固部分開放……!】〉

「【っ!?】」


 次の瞬間、眼球の瞳孔が大きく開かれる。膨大な、黒い魔力がこぼれ落ち、ウルは吹き飛ばされた。距離を空けられ前を向くと、廃棄孔から真っ黒な魔力がイスラリアへとこぼれ落ちる。

 月神に集約していた悪感情への信仰、しかしそれはあくまでも廃棄孔に棄てられる前に魔力を掠めていたに過ぎない。更に深く、真なる悪感情、その凝固が一部解かれ、注がれる。凶悪極まる魔力が解放され、黒く光りながらも、創造主イスラリアの肉体を変質し、強化させる。


〈【オ、オオ、OOOOOOOOOO……!!!】〉


 それはあまりに歪で、醜く、そして危うげだった。


 元々ここまでの戦いで傷ついていた彼の身体の亀裂が更に深くなる。最早ヒトの形すらも保てなく成りつつあった。なりふり構わない、己の存在すら顧みず、此方を消し去ろうという殺意に満ち満ちていた。それと同等以上の力が凝縮していく。


〈おとう・さん!!!!〉


 それを見て、指輪の中のノアは本当に泣きそうな声で叫んだ。悲しくて、辛くてたまらない。そんな幼い子供の悲鳴が空間を満たすが、それでも彼は止まらない。


「【――心配するな、ノア】」


 しかしウルは慌てることは無かった。慌てたところで、もちろんウルにはもう止める手立てはない。もう、他の皆も小器用に立ち回れるだけの体力を消耗し尽くした。


 一人を除いて。


「【頼む】」


 次の瞬間、ウルの前に蒼の少女が飛び降りる。

 激闘のただ中で唯一ユーリだけは、自身の役割を理解し、ひたすらに耐え、残る僅かな力を温存し続けていた。そして彼女はウルへと僅かに首をひねり、懇願するように囁いた。


『目を離さないで』

「【当然】」


 それだけの短いやり取りの後、ユーリは展開された道を駆ける。ウルは彼女から目を離さぬまま、己の内側から力を引きずり出す。


「【願い、焦がれよ、渇望の星】」


 竜王の身体から、力が溢れる。

 先に色欲と憤怒がそうしたように、一体の竜が顕現した。七竜の中でも最も弱く、最も恐ろしく、最も強かなる強欲の竜は、灰の王へと纏わり付き、語りかける。


『目覚めていきなり、大仕事ね?』

「【問題ないだろお前なら】」


 ウルが呆れたようにそう言うと、グリードはクスクスと心底愉快そうに笑う。


『買いかぶりですね。まあ、良しとしましょうか』


 そのまま再びグリードは灰の王の身体へと溶け込み、自らの権能の全てを引きずり出して、灰の王へと譲渡する。強欲の竜が有する権能は竜達の中でも最も弱く、しかしてこの場においては最も必要とする力。


『こっち側に立つのも楽しいわね?』


 即ち、魔眼の力の解放。


「【行くぞユーリ――――アナ!】」


 強欲の加護を得たウルの昏翡翠の魔瞳が、その極地へと至った。

 運命を司る翡翠の力が渦巻き形を成す。

 その輝きは一瞬だけ、優しく、慈しむようにウルを抱きしめると、そのまま【道】を駆ける彼の剣の元へと向かった。ウルはほんの一瞬、嬉しそうに、寂しそうに微笑むと――――後はもう、前だけを見た。


「【混沌よ。我が剣を導け】」


 視界も、意識も、全てを彼女だけに注ぎ込み、


「【我、全てを断ち切る、灰の剣なり】」


 その力を得て、ユーリは、駆ける。

 歴代の天剣達の祈りと願い、集ったその力が、主の命によって一つの形となる。

 蒼天、そして混沌を支配する昏翡翠の光が重なった剣を握り、ユーリは前を見据える。


〈【廃棄孔・空間絶壊】〉


 創造主、イスラリアの放った暗黒、この世で最も危うく禍々しい、人類の悪感情の凝縮。一切の存在を許さぬというイスラリア自身の意思に呼応するような黒の光が音も無く放たれる。

 視界に映すだけで震え、心砕けてしまうような力を前にしてもユーリは微塵も揺らがない。変わらない。自らを剣と定めた彼女はただ、自らの成せる業を、その剣に込めるのみだ。


「【終断・翠蒼】」


 混沌を捉える翠と、それを切り開く蒼は、主の命を果たし最も冥き暗黒を切り裂いた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 二人が役割を果たす。

 それを見届けるよりも早くにウルは既に動いていた。

 彼女達ならば、必ずそれを成し遂げるという確信があった。


 ユーリが拓いた、イスラリアへと続く【道】をウルは駆ける。


〈【ロード・稼働限界――――】〉


 だが限界は、ウル自身よりも先に、彼が足場とする【道】そのものに訪れた。


 当然といえば当然のこと。


 脆い訳ではない。純粋に、あまりにも酷使しすぎた。元より神になってしまった二人のための最終兵器だったのだ。まさか本物の神様相手にここまで使い倒すことになるよう設計されていない。

 激しい音と火花を散らしながら、推進装置が砕けていく。


「【――――――!!】」


 それを理解して尚、ウルは前へと足を踏み出す。

 例え道が朽ちて、砕けようとも、やることに変わりはない。

 そして、足を止めさえしなければ――――


『【終焉模倣/死霊王】』


 ――――新たなる道は創られる。

 シズクは自らの魂に遺された想いを形とする。白銀の光が死霊兵達の形をとり、そしてそれが変じてウルが駆けるための【道】へと変わる。

 それは無論、あくまでもなんら術式の刻まれていない、ただの足場に過ぎないが、


「リーネ!!」

「【――――良いでしょう】」


 エシェルが転移によって呼びだしたリーネが繋ぐ。


「【ロード術式設計再現デザイントレース】」


 再現された死霊兵の道を、リーネは瞬く間に術式を刻み込む。そして、


「【神陽ヨ灰炎ト共ニ在レゼウラディア・グレイ】」

『【神月ヨ灰炎ト共ニ在レシズルナリカ・グレイ】』


 二人の勇者が、灰の王を支える力を双方から与える。


『『【我らの王が拓く荒野の先に道よ在れ】』』


 再構築された道の上を、灰の王は駆け抜ける。


「【アカネ!!】」

《いくで!にーたん!!》


 竜牙槍と竜殺し。

 異なる二つの槍を緋色の光が束ねて一つとする。到底人類が扱う事も出来ぬほどに巨大で、禍々しく、だけど美しい、緋と灰の炎をまとった大槍をウルは握りしめた。


「《【緋終・灰神槍エンド・グレイ】》」


 緋終を宿した竜槍に、尚も放たれる無数の攻撃をも焼き払いながら一直線に突貫した。


「【神穿】」


 再び世界が弾ける。

 ウルとイスラリアとの間を阻む無数の一切を拒むように重ねられた障壁を一枚一枚砕いていく。砕けるたびに、激しい光がウルの身体を切り裂く。それでも尚、躊躇わず、一歩一歩、踏みしめ、先へと進む。


〈間違えたんだ〉


 その最中に声が聞こえてきた。


〈間違えたんだ!あいつらは!人類は!!世界は!!方舟は――――僕は!!!!〉


 それはどこまでも痛々しく、怒りと悲しみに満ちていた。泣き叫ぶ子供のような声で――――


〈罰せられなければならないんだ!!!!〉

「【そりゃ、誰だって、間違えるだろ……!!取り返しが付かないことだってある!!】」


 ――――ウルはその言葉に応じた。

 音も光も凄まじい。その衝撃で世界そのものが歪んで見える。


「【だけど、そんなに死にそうな声で悔いたのなら】」


 自分の声も相手の顔も、見えない状態であっても、ウルは言葉を紡いだ。

 一千年の時を超えても尚、救いを求めるその魂へと――――


「【もう!自分を赦してやれよ……!!】」


 ――――責めるでなく、突き放すでなく、ただ受け入れるように叫んだ。そして、


「【お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!】」


〈――――――――――――〉


 彼の槍はイスラリアの心臓を、世界を穢す瞳を穿った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【終焉災害/イスラリア・グランスター超克達成】


 【創世踏破】


 【達成不可能任務・灰王勅命 惑星破壊 最終戦突破】


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