終わりと始まりの戦い⑩ 呪いもまた 人から零れるものなれば
その出現した人と竜の混じった存在を、
彼は既に自身の器とした神の記録を読み取っている。どのような変遷を経てきたのかを理解していた。アレは外の旧人類達が、神の力を方舟に送り込み、起動させるために創り出された仮想人格だ。
力を削がれ、奪われたとはいえ、まだ神の力の大部分はこちらの手の内に存在している。つまり、最早役割を失った残骸に過ぎないと彼は理解していた。
『 【 揺 蕩 い 】 』
その認識に誤りはなかった。少なくとも、彼が今現在の力と比較すれば、“つい先ほどまでの知能体達”は【
『 【 狂 え 】 』
だが、今はそうではない。
〈――――!?〉
禍々しき言葉と共に、
境界が歪み、ひしゃげて、よじれ、引きちぎれ、狂乱する。一向に灰色の炎の支配域を掌握すること叶わず、それどころか逆に侵略を開始する。
空間支配と狂乱、別個の力がそれぞれ完全に独立している事に気づく。並列の術式起動は人類には困難だ。自分のように、人類の軛から外れた訳でもないこの子供がそれを行える理由。この戦いが多対一である事を理解した。
否、そんな事は些細な問題だ。
重要なのは、残骸に過ぎない筈の知能体が、こちらの力に拮抗しているという事実
空間を満たす術式による強化が、知能体にすらも及んでいるのだ。
『まさ か!! だ!!!ハッハハハ!!!まさか! まさか!! まさか!!!』
そんな
『本当に 神殺しに その手を 伸ばすとはなあ……!』
『ラスト』
すると更にもう一体、竜があふれ出た。
出てきた白い竜とは違う。黒い竜。同じく灰色の炎を纏ったそれは、ラストと同じように、主を護るように、その周囲を巡る。そしてそのまま、白い竜を見つめ、少し困惑したように声をあげる
『こうふんしてる?』
『許せ 浮かれている! ああ!! こんな機会に恵まれようとは!!!』
白き竜は、指摘されても尚、興奮を抑えられぬというように創造主を見つめる。支配空間を狂乱で満たされ、崩されていくこちらを心底嘲るように、憎悪と悦びに満ち満ちた声で、彼女は告げた。
『我らを勝手に生みだし!捨てた神を!!!直接殺す機会に恵まれようとは……!』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
生まれたことに、何一つ喜びもない。
赤子ならば注がれる筈の愛もなく、侮蔑と嫌悪ばかり。
自身を誕生させた創造主に対して、憎悪を感じるなという方が無理があった。
だが、方舟に打ち込まれ、侵略を開始した頃には既に創造主の影も形も存在しなかった。八つ当たり気味に侵略し、大暴れもしたが意味は無く(しかも強欲にぶん殴られて魔女に封印までされた)、最終的には方舟との長い抗争状態に陥った。
そうして、時間は経った。どうしようもないくらいの年月が流れ続けた。同種の竜達も限界を迎え、精神を崩壊させて、それでも尚、生と死による再生を繰り返す色欲は狂うことすら無かった。
ただひたすらに時間が経って、膿んで腐って、そのたびに再生して。
最後にはこの有様だ。
色欲がどれほど邪悪なる竜であろうとも、生みの親を殺す機会はもう訪れない。そう諦めざるを得なかった。
その筈だった。
『感謝するぞウル!!!お前を 呪ったのは 我が生涯 最大の幸運だ!』
そして今。
色欲の竜は高らかに悦び、ウルの身体を抱きしめながら、歓喜の声をあげた。全くもってらしくもない。そんなこと、普段の彼女ならば絶対にしないだろう。だが今はそうした。本当に生まれてから、ここまでの喜びに満ちた気分は初めてで、どうにも制御が出来ない。
ウルの内側から、色欲は全てを見ていた。
そもそも出来るはずが無いと思っていた。途中で死ぬだろうと諦めていた。
だが、強欲との死闘を超え、月神の裏切りでも折れず、怠惰の寵愛を受けた魔王を超え、残る竜達をも呑み、最強の剣を手にし、果てには神の力を有した勇者達すらも超え、墜とした。
そして今、顕現した創造主と相対する機会を色欲に与えたのだ。
奇跡のような僥倖としか言い様がない。色欲は歓喜に打ち震えていた。
「現金なヤツだな」
その様子はウルはため息をつきながらも、否定はしなかった。
幾度もの死闘をも乗り越え、覇者としての覇気をも身に纏った灰の王は、顕現したこちらの身体に触れ、そして命じた。
「神を穿つ。従え」
怪物である色欲に向けられたその言葉には、憎悪も嫌悪もなかった。
共に死闘を超えた半身へと向けられたそこには、奇妙な信頼があった。
『――――勿論だとも 恐ろしき 愛おしき 我が灰の王よ』
それは一度たりとも向けられる事のなかった感情だ。あるわけもない。怪物で、人類を滅ぼす災禍そのものである自分へと向けられるはずもない感情を色欲は味わった
なるほど、初めて食べたが、存外悪くない。そう笑い色欲はウルに口づけた。
『我が 魂 一滴残らず 全てお前のものだ』
『うん』
同じく、ウルを護るようにする黒竜もまた、ウルにその額をこすりつけ信頼を示した。
『てつだう』
「ありがとうな」
ウルは笑うと、黒竜は嬉しそうに喉を鳴らした。
奇妙な関係がそこにはあった。人同士の愛とはまた違う、本来ならあり得ない、奇妙極まる親愛の関係がここに結ばれた。そしてそれが二つの槍に交わり、竜化現象を引き起こす。
【
そしてそれだけではない。更に周囲の灰炎から、無数の竜の影が溢れ、ウルの側へと集っていく。
それは竜たちの思念の残滓。呪いの集まりだ。しかしそれもまた、人から零れるものであるならば、抗う力として変わる。それを収める器として、灰の王は選ばれた。
〈ハッハ!良いね!スロウス、手伝ってやれ!〉
〈めんどうくさい〉
魔神と共に復活した、怠惰の竜、サボり魔のスロウスもまた、その様子を見て、ため息交じりに降りてくる。彼女は少しかったるそうにしながらも、ちらりと創造主へと視線を向けて、少しだけ悪い笑みを浮かべた。
〈でも、まあ、あれを殴る機会は、確かに惜しい〉
そうして、灰の王の元へと全ての竜達は集い、彼はその槍を掲げ、宣告する。
「【七竜合罪】」
その宣告の瞬間、
神剣と殺し合ったとき、顕現させた姿に似ているが違う。
全ての竜達の意思を支配した、真の竜王。
「【灰炎竜王/神淵】」
全てを受け入れ、従える怪物。
【終焉災害/灰の王】その極地が地上に顕現した。
〈――――なんだ、それ〉
それを目撃した
〈何故、それだけの矛盾した感情を、飲み込める〉
対して、その疑念を向けられたウルに動揺は無かった。正真正銘の神殺しと化した槍の矛先を創造主へと向け、当然というように、言った。
善き祈りも、悪しき呪いも、全てヒトからこぼれ落ちるものなれば
それを認め、受け入る
「【誰だって、多かれ少なかれそんなもんだろ】」
故にこそ、灰の王は此所に至った
〈【
「【いくぞ。イスラリア・グランスター】」
そうして、灰の王は一直線に創造主へと突貫した。
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