終わりと始まりの戦い⑧ 拳
任務が決まり、別れの日、息子は最後までぐずった。
どうにかちゃんと、別れの挨拶を告げたかったが、これが本気のふて腐れで、まるでこちらの話を聞いてはくれなかった。泣きっ面で顔をしかめて、頑なに部屋の隅っこから動こうとしない。妻の説得もまるで耳を貸さない。
困った。無理に抱きしめてしまおうかとも思ったが、思ったよりも抵抗は強い。いつのまに、こんなにも大きくなったのだと場違いな感動をしそうになった。
仕事で家を離れるのは何時ものことなのに、今日は本気のご立腹だ。
あるいは、伏せていたが、察しているのかもしれない。本当に今回は、帰れる見込みが少ないという事実を。最後の別れになるかも知れないと。
――■■■、大丈夫だ。俺は必ず帰ってくるから。そうしたらまた遊ぼう。
根拠のない言葉だった。本当は帰れるかどうかなんて全く分からない。だけどどうしても、こんな風に泣きっ面で別れてしまうのは嫌だった。自分は兎も角、我が子に実の父と、こんな風に別れてしまったのだと後悔させるのは嫌だった。
すると、ようやく振り向いてこちらを見てくれた息子は、泣きっ面に鼻までたらしながら、震える声で口を開いた。
――なんで、お父さんがいかなきゃいけないの
難しい話だった。
単純ではない。現在の世界情勢、有する能力に、政治的な判断まで混じっている。それを全部説明するのは難しいし、まだまだ小さな我が子にそれを理解するのは難しいだろう。
――大切な仕事なんだ。やらなければならないことなんだ。悪い奴がいるんだよ。
悪い奴、自分でそう言って、あまりにも安易な言葉に内心で苦笑した。本当はそんな単純じゃないと分かっている。それでも伝えなければならなかった。妻が後ろで小さく泣いている。皆泣かせてしまって、本当にどうしようもない父親だ。
だけどそれでも、どうかお前達の未来に、その先を創ってあげたい。だから強く拳を作って、言った。
――お父さんが、悪い奴をぶんなぐってくる。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
もうハルズは殆ど何も覚えていない。
彼は全てを取りこぼした。もうなにもかも、失ってしまったから。
だけど、あの光の巨人に殴られて、救われて、魂に刻まれたたった一つの願いを取り戻した。
あの子を、あの子の未来を護らねばならない。
その為に自分は今、ここに居る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
〈なん、だ?〉
自分に抗おうとしている者達が、誰も彼もそれぞれに極まっていることは認めざるをえなかった。
だが今、巨神の身体にしがみつくようにして現れたソレは、一体なんなのか。存在そのものが明らかに不安定でも、こちらが何をしなくとも間もなく存在そのものが崩壊しようとしている。なのに何故――――否、
〈どうでもいい〉
理解すら、必要ではない。どうこうと、気に留めるような相手ではない。もっと注意を払うべき相手は別にいる。
〈邪魔だ〉
『OOOO――――――』
無造作に放った魔術が、一瞬にして不定形の残骸を吹き飛ばす。ただその身体にひっついただけの瓦礫も粉微塵になった。
呆気ない、
そうすればようやく、この罪は終わ――――
『G,RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
〈――――っは!?〉
だが、その思考の矢先、再び雄叫びが走る。
先ほど吹き飛ばした筈の不定形が、また雄叫びを上げながら迫ってきていた。瓦礫を体中にへばりつけて、巨神の身体に打ち付けて、登ってくる。流石にもう今度は、どうでもいいと一蹴するわけには行かなかった。異様と言わざるを得なかった。
なのに、それでも自分に対して異様な執念を燃やし、突き進む。
そこに、恐れを感じずにはいられなかった。
これを近づけるべきではない。その確信に従い、再び術式を展開する。今度は先ほどのように、雑な魔術ではなかった。その残骸のような核をまるごとに消し去るための破壊術式を組みあげて、即座にそれを放――――
〈が!?〉
〈そんな無粋なことすんなよ、カミサマ?〉
だが、その直前に身体の内側で何かが自分の内側にて弾けた。
原因は即座にわかる。まるで時限爆弾のように、自分の内側に僅かに存在した――――否、明らかに意図的に残された【
〈また……!〉
〈ウルからちろっとパチって仕込んでてよかったなあ?まあそんじゃ〉
大した量ではない。すぐに修復出来る。だが無視も出来ない。誰であろう
だから否応なく身体の動作は止まり、その様を黒い魔神は嗤い、そして言った。
〈俺の仲間の一撃、もらっとけや〉
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
目の前まで駆け上った粘魔王の一撃が、巨神の頭部に叩き付けられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
巨神の身体が激しく揺れる。
大幅に姿勢を崩し、【創世】の起動が一瞬、ゆらぎ、遅れた。
所詮は一瞬。僅かな猶予に過ぎない。
それは単なる物理的衝撃でしかない。それ如きで、惑星そのものすらも覆うほどの創世の光が壊れてしまうようなことにはならない。ほんの少しだけの時間稼ぎに過ぎなかった。それを成した粘魔の王は今度こそ力尽きたようにグズグズに崩壊し、落下していった。
「【――――ありがとう。貴方に敬意を表します。孤独に戦った魔界の戦士よ】」
だが、そのほんの僅かな時間でもって、リーネの準備は完了に至った。
巨大なる竜呑ウーガの頭部に立って、最前線で戦う戦士達が死に物狂いで戦い抜く中準備を進めてきた成果がここに完成した。膨大な範囲の術式が、ウーガを囲うように輝きを放っていた。
「【さあ、準備は良いわね助手ども】」
「無茶苦茶です……!」
リーネの言葉にゼロは悲鳴をあげる。リーネに振り回され、それでも彼女の術式を強化すべく、重ねるように魔術を綴った。燃えるような白と、それを補うような蒼の輝きが折り重なっていく。
その構築を改めて眺め、リーネは笑みを深めた。
「【良く出来たわね。その調子で我が力の礎となりなさい】」
「言ってることも面構えも全部悪役!!!!」
「【悪じゃないわ。新たなる神よ】」
「怖い!」
ゼロは泣いた。その様を見てファイブは苦笑しながらも、目の前で輝きを放つ術式を見つめ、どこか感慨深い想いになった。
「……まさか、白の末裔と、真人の子供達がこの状況下で力を合わせることになるとはな」
「運命?」
「くっだらない。ただの偶然でしょ」
セブンが小さく首を傾げ、ナインが鼻で笑う。泣くゼロをツー達が慰めたり、エイトが淡々と自分の仕事をこなしたりと、まあ、なんというか、皆いつも通りの様子だった。
まあそういうものだろう。
この不完全な世界で生きてきた人々と大した差をもたない。ヒトにすぎない。
そう、だからこそ、皆が紡いできたこの世界を護りたいと願うのだ。
「レイライン。万全です」
「【素晴らしい。それじゃあ――――カミサマに、一泡吹かせましょうか】」
全ての音頭をとるレイラインにそう告げると、彼女は笑みを浮かべ、白く輝ける杖を握りしめた。
「【白蒼陣・白神降臨】」」
その杖を術式に叩き付ける。その瞬間、ウーガを囲う術式は光に満ちた。
「【
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
元々、竜呑ウーガは対大罪都市国プラウディア用の攻城――――ならぬ攻
カーラーレイ一族の浅ましい野心を利用し、邪教徒ヨーグが作り上げた畏るべき侵略兵器。プラウディアに座する天賢王を殺すための、邪悪なる兵器だ。
神を殺す。あのおぞましきバベルを砕くための兵器。
無論、誰であろうコレを設計したヨーグ自身、それが上手く行くなどと全くおもってはいなかった。出来るはずもない。ウーガはあくまでも方舟イスラリアと、カーラーレイ一族に対する悪意と悪戯心から産み出された代物に過ぎない。
竜呑なんて名前は、カーラーレイ一族への媚びと、そして神など本当は喰らえるわけがないという諦観からつけられたものだ。
その筈だった。
『O,OO,OOOOOOOOOOOOOOOOOO…………!!!!』
だがたった今、白の末裔と真人達の術式を受け、竜呑ウーガは真に覚醒を果たす。
野心と策謀、悪意によって産み出され、数奇なる道筋をたどりその果てに、生みの親すら全くも想像しない形で、その願いを汲み取ることとなる。
『【G,AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!】』
竜呑――――改め、【神呑みのウーガ】はその雄叫びと共に神殺しの咆吼を放った。
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