終わりと始まりの戦い⑦ 雄叫びと共に
創り出された楽園、方舟の空が光に満ちる。
否、方舟の空だけではない。方舟の外、かつて人類が栄華を極め、蹂躙し、そして衰退した惑星そのものが、光に包まれていく。天空を描く術式は精緻で美しく、しかし無慈悲にも感じられた。
その光が満ち満ちて完成したとき、審判の光は降り注ぐ。
光が広がっていく光景を見た誰もが、それを予感し、確信した。事情を知らずとも、確信させられた。それに抗う力を持たぬ者は両の手を合わせ、膝を折り、ただ祈り慈悲に縋る。
だが、抗う力を持つ者は、まだ膝を折ってはいなかった。
方舟の全ての中心、バベルを喰らい誕生した巨神、空を光で満たし、全てを罰そうとする神を前に、彼等は駆ける。先頭を行く灰の王は双槍を構え、叫んだ。
「攻撃が来るタイミングで転移陣に潜れ!防ごうと思うな!!」
その声に全員が頷き空を浮かぶ【魔機螺】で構築された道を駆け、巨神へと迫る――――が、既に彼等を敵として認識した巨神は最早、“敵”の接近を許すような油断を持ち合わせてはいなかった。
〈【
「散開!!!」
巨神からの魔術が放たれる。当然のように威力も規模も人類が対応出来る規模を超え、その威力は先ほどよりも増して苛烈と化した。だが、灰の王らもそれは既に見て、知って、体感していた。宵闇の女王と天祈が展開した闇鏡と転移陣に全員が飛び込み、即座にその場から姿を消し、攻撃をいなす。
「ちぇいあああああああああああ!!!」
攻撃が消え去ったタイミングで真っ先に飛び出したのは、この状況下にあっても尚、折れず、最前線に立ち続ける気高き拳士だった。
「【破・邪・天・拳!!!】」
天拳の鐘が鳴り響く。幾重にも重なり、巨神の全身を覆い尽くす魔力障壁を一枚一枚打ち破る。砕けた瞬間、巨大な硝子が砕け散るような騒音が響き渡る。一枚、一枚とまた砕きながら、少しずつ、巨神へと近づく。
だが、無論、巨神側が迫る外敵をそのままにして放置することはなかった。
〈【
空へと伸びた巨神の翼、その一部が蠢く。
一部、といっても、その一部だけであまりにも巨大だ。大樹から分かれた枝の様に伸びてくるそれだけでも、数十メートルはあろう塔のようだった。無数の羽一枚一枚は、数十数百と積み重なった光の剣そのものだ。当然のように絶対両断の力を有した刃が、一斉に飛び出した。
「【天衣無縫!!】」
それを迎撃すべく天衣が力を解き放つ。変幻自在の力が、無尽蔵に降り注ぐ刃を打ち落とし続ける。対処不能なほどの数の剣を、自在の衣が打ち払う。だが、弾き飛ばした光の剣も砕けた側から再生し、再び外敵へと向かい殺到する。
「お、おおおおおお……!」
変幻自在の力を振るっても尚、全てを弾き飛ばすことは出来ない。だが天衣は刃に切り裂かれ、貫かれても尚、力を振るうことを止めない。致死へと至る刃のみを弾き飛ばし、身体を動かす四肢のみを残し力を振るい続ける。そして天衣を信じ天拳は拳をたたき込み続けた。
「っが、あああああああ!!!」
巨神を護る最後の障壁が砕け散る。同時に天衣の衣が扉をこじ開けるようにひび割れた穴に衣をひっかけ、強引に広げる。だが、それを巨神は待ち構えていた。
〈【
翼の形が変わっていた。二つの翼が重なって、まるで瞳の如く形が変わり、そして膨大な力が溢れかえる。二つの神、呪いの祈り、世界を滅ぼす悪性の信仰が力となる。それは不安定であるもの、ただ破壊のエネルギーとして外部に放出するには十二分だった。
「【宵闇よ!!】」
それを迎え撃つように、一切を飲み込む夜の闇が拡がり、神の顎が放った咆吼を呑む。
簒奪の女王は、無尽の広がる闇で皆を護る。同時に、巨神の反対に、新たな闇を創り出す。そこに
「【六輝・天祈霊王】」
天祈が現れ、その力を強化した。廃棄された悪感情の破壊の渦を、威力を強化し巨神へと返す。狙う場所は天空に術式を刻み、広げ続ける二翼。一切を破滅に導こうとする翼を砕くべく動いた。
〈【
だが無論、巨神もまた、相手が何をするつもりなのかを理解していた。まるで見せつけるように空を刻む二翼は、断罪の翼であると同時に、それを拒む反逆者達を誘う餌だ。
展開した術式が、敵の最大火力を捕らえる。そして――
〈【
翼を破壊するため、あらゆる加護を重ねた攻撃、その矛先が再びこちらへと向いた。しかも――――
「増え……!?」
――――数十ほど、その数を増やして。
理不尽な光景だった。それは巨神を囲う全ての外敵を睨み、間もなく放たれる。エシェルは顔を引きつらせながらも再び闇を広げるが、全てを捕らえる事は叶わない。
『返します』
そこに鈴の音が響き渡り、銀糸が奔った。
敵の攻撃をまるで先読みしていたかのように、牢獄の様に形作る。幾重もの銀糸は、巨神から放たれた攻撃の全てを受け止め、そして反射する。
『【月鏡反乱】』
〈【
壮絶なる
銀糸は全ての攻撃を受け止め、巨神へと返し、巨神の翼へと届く前に、破壊の熱光は切り取られ、増幅し、返される。跳ね返るごとに数は尋常では無く増え続け、結界の内部で乱反射を繰り返す。
無論、限界は月の勇者の方が速い。
神としての力の総量も、巨神側が有している。彼女の力はそこからこぼれ落ちたものをつなぎ止めて再現しているにすぎない。跳ね返る総量が増えるごとに、銀糸は引きちぎれる。勝てるはずがない。
『……!!』
だが、月の勇者は結界を維持し続ける。逃がすことが可能な攻撃は外部に逃がし、結界を維持出来る限界ギリギリを見極めながら、銀糸を操り続ける絶技を彼女は行い続けた。その上で、
『隙を作ります』
『良いでしょう』
自らと同じ灰王の眷属に命じ、動く。
〈【
「【終焉模倣】」
最早何度目ともわからぬ打ち合い、相手が攻撃を返すその瞬間、結界であった銀糸が蠢く。無数の糸が形を変える。結びついて七つの顎が形作られた。
「【七竜降臨】」
七首の竜が顎を広げ、咆吼を放つ。それは跳ね返ってくる攻撃とぶつかり合い、はじけ飛んだ。発生した爆発は尋常のものではなく、周囲を破壊し尽くし、戦士達を吹き飛ばし、巨神すらもその身体を揺らした。
自由に動ける者はいなかった。
「【終断】」
一名を除いて。
周囲をなぎ払い吹き飛ばす爆発そのものを切り裂いて、天剣は空を駆ける。瞬く間に巨神の翼へと近づき、全力を込めて剣を握る。歴々の【天剣】の想念が凝縮したその一振りは、紛れもなく、この世で最強の刃とかしていた。
間違いなく、その一振りは神の両翼をも切り裂くと確信できる代物だった――――だが、無論
〈【
月の勇者との打ち合いで使用したのは二本の手、残る四つは入念な準備を重ねていた。四属性の合成。人類であってなんとか再現可能な技術であっても、
《【Unmanned Aerial Vehicle】》
重ねられた力が、奇妙なる形状の刃を創り出す。それは奇しくも、強欲の迷宮にて多くの戦士達を苦しめた“刃の竜”に似ていた。その竜が産み出したものよりも遙かに洗練された刃は宙に浮かび、旋回すると、音も無く一直線に、神剣へと迫る。
かつて、無双の剣の片腕を奪った時よりも遙かに速く、刃は彼女の心臓を狙い――――
『【救世執行――――】』
その直前に、太陽の勇者が飛び出す。
友を護る。彼女の最も原始的な行動理念に基づき、凝縮した力を込める。その拳に宿ったのは、天剣に道を示し、勇者と交わした偉大なる掌だ。
『【――――天罰覿面】!!!』
刃に拳が叩き付けられる。あらゆる物体を無慈悲に引き裂く刃から、天剣を護る王拳は揺らがず、退くことも無く、刃を打ち砕く。刃はひび割れ、間もなくして砕け散った。
「ッ!?」
そして、砕け散った刃がそのまま分散し、再び蠢く。尚も殺戮の刃としての機能を果たそうと動き出した。破壊に全力を尽くした彼女は、分散した刃の全てに対応することはできなかった。
『アカネ!!!』
《うっしゃああ!!!》
だがその勇者を補うように、神殺しと同等の力を有した緋色の翼が広がる。分散した無数の刃をその力で覆い尽くし、破壊する。それでも全てを破壊し尽くすことはできず、空を走る天剣の身体は見えないほどの小さな刃に切り裂かれ、血を吹き出すが、少女は足を止めることは無かった。
全てを見通すその目はひたすらに翼を捕らえ、そして放った。
「【終断】」
刃は違わず、世界を終わらせようとする翼の片翼を断ち切った。
巨神の身体が揺れる。だが、それでも残る片翼は空をキャンパスに術式を描き続ける。姿勢を崩し、断ち切られた翼から血を吹き出しながらも、終焉を描くことを辞めない。おぞましい執念だった。
そして間もなく光は満たされる。片翼を断ち切るために全力で駆けた天剣には、返す刃を振るうだけの力は残されておらず――――
『残るは貴方の仕事です』
「任された」
故に、主に託した。
「【宵闇よ】」
もう片翼の翼の前に闇が広がる。無数の障壁が砕け散り、内側に展開する事が可能となった事による転移の闇を女王が出現させた。それと同時に――――
「【神穿】」
――――闇から飛び出した灰の王が、もう一本の翼を穿ち、破壊した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
双翼を破壊した。惑星そのものを更地にする一手を穿った事に、ウルは僅かであれ安堵を覚えずにはいられなかった。その場に居る全員もそうだろう。
空から光が降り注ぐ。砕けた術式が光の粒子のようになりながら散っていく。そして砕けた術式の向こう側には、赤黒く染まった空が――――
「――――……!?」
――――見えなかった。
砕けた術式の向こう側には、
「多重展開……!?」
〈【
翼を引きちぎられても尚、方舟の中心に座する巨神は、術式の展開を維持し続けた。
世界の全てを消し去り、新生する。
その目的のためにひたすらに突き進む
だが、引くわけにはいかない。どれだけ相手の執念が凄まじかろうと、譲ってやるわけには行かない。もう一撃穿つためにウルは構えた。
「ウル様!!」
だがその前に、シズクからの警告がとんできた。同時に異常に気づく。
砕けた、降り注いだ光の粒子が再び光を放ち始めた。ウル達を囲うように、結界を創り出す。シズクが創り出した銀糸の結界、その再現だと気づいた頃にはもう遅かった。戦士達は全員、あまりにも広い光の牢獄に捕らわれていた。
「まず――――!?」
転移による脱出も間に合わない。光は満ち――――――そして、次の瞬間、それらが一気に砕け散った。
「な、に!?」
理解出来なかった。この場に居る誰かの反撃では無かった。そんな隙も時間も
その爆発は牢獄の外、地面からまるで噴火のように吹き上がった。
「なん、だ……!?」
「街の瓦礫が……!?」
ウーガの重力魔術かとも思ったが、現在のウーガは咆吼の準備に全ての力を集中している。そんなことは出来ない。
そして気がつく。瓦礫がひとりでに動き出したのではない。
「ま、さか……!」
「粘魔王……!?」
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
プラウディアの街を砕かんと侵略したおぞましき機神の、その中身
方舟とずっと戦い続け、ヒトの形をも失ってしまった粘魔の王。
邪教徒ハルズが
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