終わりと始まりの戦い⑤ 祈り


「が、……!!」


 空から降り注いだ光の爆発、無慈悲の粛正の光を受け、ジースターは意識が一瞬吹っ飛んでいた。これまでもそれなりの死闘を繰り広げてきたが、完全に前後の記憶が消し飛んだのは初めてだった。

 気が付けば彼は、魔機螺の装甲の中で倒れ伏していた。希代の天才、ダヴィネのつくった鎧は恐るべき粛清の光からも守り抜いていた。


「っが……!」

「おちる、なよ……!!」

「さ、さえろ…!!」


 空中を浮かぶ装甲は激しい煙と破損を起こして落下し、残された僅かな装甲が多くの戦士たちを、そしてジースター達を支えていた。

 彼の周りにはスーアと、そしてスーアを庇うようにしたグロンゾンがいた。


「グロンゾン!」

「お下がり、を……!」


 スーアが焦るように声を上げる。見れば、彼の身体に幾つもの魔機螺装甲の破片が突き刺さり、身体が焼け焦げているのが見えた。義手の腕はへし折れて砕けている。先の攻撃で、守り切れなかった破壊の全てをその身でもって防ぎきったらしい。


「アンタが下がれ!グロンゾン!!」

「っぐ……」


 だが、結果として彼は瀕死だ。ジースターは前に飛び出し、動かせる魔機螺に呼びかける。激しい不協和音を奏でながら、無事な装甲が動き出す。

 しかし、到底心許ない、先の攻撃はおろか、その余波すらも最早防ぎきれるか怪しい――――


〈AAAAAAAAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAAA!!!〉

「なん……!」


 そして、そんなジースターの思考を嘲るように、天使が飛来してきた。その姿に、ジースターは絶句する。一つ目の天使、というだけでも異様な姿だったが、ソレが更に変質していたのだ。身体の半分が竜のような獣に変わり、手足の長さもバラバラだ。

 破綻している。気を失っている間に、創造主の方にも何かしらトラブルが起こったらしい。だが、それが良いことなのか、悪いことなのか判断することはできない。何しろ、その歪なる天使達に今、自分たちは殺されようとしているのだから。


「【灰焔、よ】!」


 対抗するようにスーアが力を放つ。だが危うい。恐らく戦士たちや自分たちを守るため、限界まで力を使ったのだろう。神に抵抗できる炎は燃え尽きる寸前だった。

 ジースターは歯噛みした。動けるのは自分だけだ。守らねばならない。死ぬやもしれないが、それでも、ウーガにいる家族を、そして彼の忘れ形見を守らねば――――


〈AAAAAAAAAAAA――――OOGGGGGGGGGG!?????〉

「何……!?」


 だが、ジースターが飛び出すその直前に、“天剣もどき”を振るおうとしていた天使の横っ面に、巨大な光の拳が叩き込まれた。ジースターには理解が追いつかなかった――――だが、その光る拳には見覚えがある。


「【天賢】……!?何故……!」


 彼が操り、我が子に預け、勇者へと託され、創造主によって回収された太陽神の断片、光の巨人の力が、何故か天使を殴りつけ、破壊したのだ。天使が創造主によって操る尖兵であるなら、太陽神の断片がその天使を破壊することは道理に合わない。目の前の現象に説明がつかなかった。


 スーアを護るように立ちふさがった光の巨人は何も言わない。だが、背中にいるすべてを、スーアを守ろうとするその仕草はまるで――――


「お父さん?」


 去って行った友の姿に見えた。

 それを肯定するように、スーアは小さく囁いた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 最も距離があり、故に最も正確に状況を観測していたウーガも混乱していた。

 

「何が起きている!?」

「わかりません!!」


 観測している魔術師から悲鳴が零れる。状況を観察する為の計器の全ては異常値を指し示す。目視による確認をする他ないが、遠見の水晶に映る光景は更に意味が不明だ。世界の全てを消し去ろうとしていた創造主イスラリア、その巨大なる身体から無数の光が零れて、溢れて、至る所に放射されていく。それはあの魔神の“しでかし”によって、創造主が力の制御能力を喪失させた事によって起きた現象だ。

 そこまではいい。問題はその後だ。


 先ほどまで、ここで、誰の呼びかけにも全く反応せず、研究に没頭していたリーネが引き起こしていた魔術によって、状況が更に激変したのだ。


「創造主からこぼれ落ちた力が……自分の意思を、持っているかのように……?」


 リーネが創りあげた新たなる魔法陣、それが展開した瞬間、巨神の肉体から零れ溢れた光の動きに更なる変化が起きたのだ。光の一部が、まるで生きているかのように自在に動き出し、そして独自の行動を開始したのだ。


 そこに統一性は無い。しかし、空一杯に広がる天使達を攻撃したり、天使達の攻撃からウーガを守ろうとしたり、前線で戦う戦士達を庇おうとしたり、明らかに自分たちの味方のように振る舞うのは全く説明が付かない。


 散々、リーネの魔術には世話になった。だからウーガの面々は彼女の魔術を知っている。


 複雑怪奇なる魔法陣によって引き起こす魔術現象。精霊の引き起こすような魔術現象を単身で引き起こす事を可能とする、凄まじき技術。しかしその力は不確かな奇跡ではなく、知識にのっとった再現可能な現象だ。


 目の前で起こっている状況はあまりにも無秩序で、説明がつかなかった。


「師匠の創り出した魔術は、魂の強化術だ。長年に及んだシンタニの研究との集約、贄無しに、魂を強め、同時に内側の力をも高めるための強化術」


 そんな全員の疑問に答えるように、リーネに師事していたルキデウスが語り出す。とはいえ、彼もまた、表情に困惑も浮かんでいた。


肉体そとだけではなく、うちの強化との両立。故に、魂の中に収まる力もまた、影響を受ける。それは事実だ」

「しかし、強化をうけたとて、何故神から零れた力が勝手に動き出すのです?」


 カルカラは遠見の水晶を眺めながら疑問をこぼす。あの光がリーネに強化されたというのならそうなのだろう。だが、別に彼女はそれらの力を自在に支配したというわけではない筈だ。ルキデウスの説明を聞く限り、そのような性質は有していない。ではこの現象はなんなのか?

 神から零れた力は、ただの力だ。肉体を持たぬ魂ですらない。生物ですら無いのに、何故にまるで生き物のように動いて、ましてや創造主ではなくこちらを護ろうとしてくれているのか。


「そうか」


 だが、そんな中、魔界の研究者、シンタニが小さく、ぽつりと言葉を漏らした。彼の目は、遠見の水晶に映る、無数の力達を見つめている。


「シンタニ?」

……だけど」


 カルカラの呼びかけにも反応は無い。彼は呆然としながらも、本当に単純な見落としに気づいた子供のような表情で、頭を掻いた。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 突如として現れた光の巨人、その事にグロンゾンは驚いているヒマは全くなかった。


「む!?」


 巨神、創造主の肉体からこぼれ落ちた光の一部が、グロンゾンへと集まり始めたのだ。

 彼の身体の傷や、破損し、損なわれた腕にも光は集まって、収束していく。


「こ、れは……!」


 星天の輝きを放ったその力は、彼の砕け散った義手の代わりに一つの拳となる。グロンゾンは驚きと共にその腕を掲げる。

 勿論、起こった現象は何一つとして理解出来ない。出来ないが、しかし、その拳から伝わる想いが、感情が、直感となって一つの明確な結論を導き出した。


】か……!!」


 破邪の拳、あらゆる邪悪を払い、人々を守り、王に仕えた歴代の天拳達、後に続くものに託していった歴代の七天達、その祈りの凝縮、結晶であることをグロンゾンは理解した。そこに溢れる力が、明確なまでに語っている。


「ならばぁ!!」


 死に損なっていた身体に力が戻る。かつての七天達の願いと祈りに背中を押されるように、グロンゾンは全身全霊でその拳を叩きつけた。


「【破邪天拳・轟破聖鐘】!!!」


 一切の魔を払い、人々を護る清浄の鐘の音が鳴り響き、周囲に飛び交う天使達を一瞬にして消し飛ばした。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「んな……!?」


 突如として、死にかけていたグロンゾンが放った力にジースターは驚愕し目を見開いた。何が起こったのか全く分からなかったが、それは間違いなく【天拳】の力だった。創造主によって奪い取られた七天の力が、何故かグロンゾンの元に集まっている。


「レイラインの強化……それにこれは……」


 空にもいくつも光が集う。それらはまるで互い、協力し合うように円を描くと、廻り、そしてその輝きで空に孔を空ける。赤黒い空の中心に、果ての見えない黒と、星々の輝きが再び顕現した。


「【天祈】か……?」

「【星海】が……」


 その光景にスーアも驚き、そして何かに気づいたように空を見上げる。つられてジースターも空を見上げると、星空から無数の光が、スーアの元に集まっていた。創造主からこぼれた光の中に紛れて現れたそれは、様々な色彩を放ち、嬉しそうにスーアの側へと集まっていく。


「皆」


 それは精霊達だとジースターは理解した。歴代の天祈の祈りと、それに従い、慕った精霊達、それらが光となってスーアの元へと集っていく。それは今、スーアが宿している灰の焰とも入り交じり、一つの大きな力と化していく。


「スーア様!」

「――――行きます」


 ジースターの呼びかけにスーアは頷き、そしてその力を解放した。


「【六輝光臨・灰焔ノ竜】」


 それは、強欲なる迷宮にて、あの最強の竜が顕現させた姿にも似ていた。光輪と、それを護る灰の焔、二つを合わせた若き王は無数の精霊達を従えて飛び立った。最早、空間を満たす莫大なる破壊の渦も、狂乱の天使達も恐れることもなく。


「無茶苦茶だな……!っと!?」


 そして、それはスーアやグロンゾンのみに起こった現象ではないとジースターも気づく。自身にも力が集い始めていた。


「歴代の天衣……!全く、よりにもよって俺にか!」


 魔界、方舟、そして竜呑、あらゆる陣営を渡り歩いたコウモリのような男に集まるには、あまりにも強く、誠実なる願いと祈りが込められた力にジースターは顔を僅かに引きつらせる。


 ああ、だが、しかし、それでもありがたい!


 過分な力と分かっていても、ソレを今は、家族を、大事なものを護るために使う。


「模倣…………いや」


 模倣し、力を再現する。何時ものようにそうしようとしたが、しかし集ったこの力は、最早模倣など必要ないとジースターは気が付いた。


「【天衣無縫!!】」


 変幻自在、形なき力は縦横無尽に駆け巡り、鞭のように跳ね、刃のように振るわれ、槍のように貫いて、矢の如く速く、天使達を破壊し尽くした。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 創造主が放った粛正の光。

 その破壊の力は、莫大な範囲に及んだ。そして創造主の内側に潜り込んでいたザイン達にも容赦なく及んだ。当然のように、神の内側に潜り込んだ異物の存在を創造主は把握していた。自身を破壊せず、内側の異物のみにその力を差し向けることなど容易かった。


 光の渦に飲み込まれた、かつての仲間達は力に叩きのめされ――――


「――――全く、俺もしぶといものだ……」


 しかし、それでも生き残っていた。暗い肉壁の中から、グレーレは頭から血を流しながらも、自分の身体を護るようにしてのしかかっていたガルーダの翼からずるずると自分の体を這いずりだした。


《――――》

「全く、作り手に似ず、献身的だなあ……?」


 ガルーダは激しい破損と共に機械の瞳を明滅させていた。だが、それでも主であるグレーレの身を案じるようにか細く鳴いた。その声にグレーレは苦笑する。そのまま頭を撫でてやると、満足したように光が一瞬強くなって、がくりと全ての機能が停止した。


「よくやった」


 らしくない、労りの言葉を口にしながら、グレーレはガルーダの頭部から制御術式を抜き取る。傷ついてさえいなければ、また復活も出来るだろう。勿論、自分がこの後、生き残ることが出来れば、だが。


「やあ!死ぬとこだった!」

「死なずに、すんだか……ガルーダのおかげか?」


 グレーレの後から、クラウランとザインも這い出てくる。全員ボロボロだが、死んではいない。全員が死ななかったのなら、幸運だった、と言うわけではないだろう。

 

「勇者を護るため、防御はあげたが、それでは説明がつかんな?」


 ガルーダの性能をグレーレは正確に把握している。そこに贔屓も見くびりもない。ガルーダの防御性能は優れているが、しかしあの創造主のデタラメな力から自分たちを完全に守り切れるほどの耐久力を発揮出来ると過信もしていない。


 別の要素が必要だった。しかし、何が起きたのか――――


「これは……」


 そして気がついた。

 既に機能を停止させたガルーダの周囲に、無数の術式が展開しているのを。グレーレが操る自立術式が結界を構築しているのを。


「お前が、操ったのか?」

「違うな。こっちはとっくに魔力もからっけつだ」


 ザインの問いに首を横に振る。バベルに潜ってから、ザインと共に長く作業をし続けてきた。【天魔】も持たず、【神薬】も他の戦闘職の連中に譲ってしまいほぼほぼ魔力は尽きていた。自立術式の起動も出来ぬほどに魔力は尽き果てていたはずなのだが――――


「ふむ、これは【星石】からの魔力供給だな?」

「先生との【星石】の支配率は拮抗かやや不利だ。どういう理屈で掠め取って――――」


 クラウランの解析からの指摘に疑問しながらも、再び【星石】の前にたどり着く。生体部品で出来たモニターを前にして、グレーレは眉を顰めた。


 星石の争奪戦。


 その為の制御権の争奪戦が、当のグレーレが離れている間にも行われていた痕跡があった。まるで、何人ものとてつもなく優れた魔術師達がこの場に居て、グレーレの代わりにその作業を担っていたかのように。そしてそれは今も尚続いている。


「歴代の天魔……?加護に魂はなくとも、思念が変質させたと……?」


 それを目の当たりにして、グレーレはようやく何が起きたのかを理解した。外で、シンタニが出したものと同じ結論に至り、グレーレは珍しく、気が抜けたように笑った。


「こういうこともあるものなのか……全く、長生きするものだ」

「本当にな」


 流れる血を拭いながら、ザインは頷く。そしてグレーレをチラリと見て、本当に小さく笑みを浮かべた。


「お前が、長く天魔を務められないロクデナシであった事に感謝する事があろうとは」

「そこか!?」


 確かに、方舟が生まれた当時からグレーレは存在したが、実際に彼が【天魔】として務めていた期間は、その能力に反してそれほど長くはない。不定期に【天魔】を務めることがあったが、長続きしなかった。問題を起こしては別の者に席を譲ることが頻繁にあった。

 それがまさか、このような形で作用するとは想像もしなかった。


「もしお前があっち側だったら絶対手伝わないだろ」

「うむ!そこは断言出来るな!」


 クラウランも愉快そうに笑う。

 何時も饒舌に相手を嘲るグレーレは、しかし何も言い返すこともできず、諦めて作業に没頭するのだった。

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