終わりと始まりの戦い③ 魔神の所業


〈んん?そこは歓声と共に喜ぶところだぞ、ガキども〉


 魔王ブラック、もとい魔神ブラックは戦場にいる全員の言葉が聞こえていたかのようにケラケラと笑った。彼の姿形は、元々の彼のソレとは明らかに違う子供の姿だ。そしてその体に小型の黒い竜がまとわりついている。


「うっわマジか、以上の感想出てこねえよブラック」


 そんな彼に対して、ウルはため息を吐きながら、灰色の焰で、串刺しの刃を台無しにして、なんとか拘束から解放された。ウルの内側に変異した【天愚】――【灰炎】は残っていた。

 創造主によって引きずり出されたのは、隙を見て神の内側に潜り込んだのは、魔王の魂のみだ。


〈キショい虫が出てきたみたいな感想泣くぞ。その割に驚いていないじゃないか〉

「死に際が潔すぎて嘘くせえって思っただけだよ」

〈うっそ……!あんなカッチョイイ新旧バトンタッチ決めたのに?〉

「その後恥知らずに顔を出すの、お前ならやるだろうなって思っただけだ。普通は出来ねえよ。面の皮が厚すぎる」


 全くもって恥とか、そういった話は置いておいて、普通は出来ない。出来ると言われても信じられないだろう。だが、直接彼と対峙したウルだけは、確信のようなものがあった。

 ありとあらゆる状況を想定し、幾重にもプランを重ねるこの男が、自分と戦ったとき「必ず殺せ」などという念の押し方をしてきた時点で、違和感はあった。


 コイツは、命を賭けた戦いなんてものを尊重するような男ではない。


〈安心しろ、ウル〉


 そして、ウルを橋渡しのように利用にして、神の身体を糧に再生したブラックはというと、ニッカリと、爽やかに見えなくもない笑みを浮かべて、親指を立てた。


〈今の俺達は!!お前達の味方だぜ!!!〉

「味方かあ……」

〈おー???んだその「敵の方がまだマシかもなあ……」みたいな顔は〉

「一言一句その通りだよ、自分の所業をもう一度振り返ってみろよ」

〈えー……うわ、やべえな、なんだこの極悪人、死んだ方が良いんじゃねえか?〉

「自己分析出来てて偉いなあ……」


 世界が滅びる寸前の状況下において、冗談でも話しているかのようなやりとりに気が抜けそうになる。ついでに意識も遠のいてそのまま死にそうだった。


〈なん、だ、お前〉


 そして、身もだえていた創造主が、ようやくこちらに意識を向けた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 創造主の状態は異様であった。

 一見すると、ダメージは無いように見える。少なくとも、背中の破損は既に修繕されている。にもかかわらず、神の様子は明らかにおかしい。超然と、プラウディアの中心に座していた巨神の形が震える。その表情もどこか苦しげだ。


〈初めまして。お父様。生後数十秒の貴方のベイビーよ?認知してねっ〉


 そんな創造主を揶揄うように、魔神ブラックはにこやかな笑顔と共に挨拶した。これまで、一切を歯牙にもかけていなかった創造主は、目の前の黒い魔神にハッキリと意識を向け、忌々しげに言葉を漏らした。


〈一部を〉

〈全部乗っ取りは無理だったなあ。ほんのちょっぴり掠めるだけで精一杯。かってえかってえ、俺より天才って初めて見た〉


 ケラケラとブラックは笑う。そしてそのまま自身にまとわりつく竜へと目配せすると、竜は面倒くさそうに虚空から何かを取り出した。


〈で・も、これは取れちゃったんだよなあ〉


 それは、剣だった。

 【星剣】。神の器となる勇者を選定する剣にして、神々の力を束ねて維持する為の制御装置。神が出現した際に、その二つの剣はどちらも神に取り込まれ、吸収された。ソレを魔神はいつの間にか、その手にしていた。


〈――――〉


 そして、ソレを見た瞬間、創造主の表情は明確に歪んだ。


〈自分でやってみて分かったよ。蘇生なんてぇのは大変だ。まして、再誕したばかりで二つの神を糧にして暴れまくる?そんな都合良くはいかねえだろ?〉


 二本の剣、ある意味世界の命運を定めるかのような重大なるその剣を、まるで玩具のようにお手玉にしながら、魔神ブラックは淡々と語る。


〈だから【星剣】が必要だったわけだ。補助装置代わりにでもしたのかね?〉

〈返せ――――〉


 創造主は手を伸ばす。その言葉を聞いた瞬間、ウルは空を仰いだ。同時にブラックは顔が引き裂かれんばかりの満面の笑みを浮かべる。

 分かっている。知っている。この男が「返せ」と言われたら、そんなを投げつけられたら、どう返答するかなんてわかりきっている。


〈い・や・だ・ね〉


 ゲラゲラゲラと笑いながら、魔神は二つの星剣を創造主の目の前で打ち砕いた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 魔神の蛮行、その行動の結果は明確だった。

 一瞬、ピタリと巨神の動作は停止した。魔神へと伸ばしかけた手が固まり、まるで時間が止まったかのように全てが停止した。


〈――――A〉


 そして次の瞬間、爆発が起こった。


「んな!?」


 先の、魔神の誕生の時とは比較にならないほどの大爆発だ。神から大量の光が放出され、至る方向に溢れかえる。だがそれは攻撃ではなかった。まるで狙いも定まってはいなかった。なにせその光の柱は巨神自身を貫いている。ウルの身体も掠めてくる。一切の統制がとれてはいなかった。


「なにやったんだよ!!!」


 ウルはたまらず魔神ブラックに問いただした。


〈制御装置の星剣ぶっ壊した〉

「その後どうなる!?」

〈わからーん!〉

「最悪だ!!!」


 本当に最悪極まった。死んで欲しい。だがそういえば一回この男を殺していることに気がついた。なんてこった。


〈OOOOOOOOOOOOOO……!!!〉


 変化は更に続く。光を溢れさせた創造主は、身もだえ、痙攣しながらも再び身体をあげる。先ほどのように冷徹極まる言葉からほど遠い、言葉にならない雄叫びをあげながら、魔神が出現し、弾けた背中が更に輝きを増し――――


「なん……!?」

〈KYAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!〉


 神の身体から、天使があふれ出した。

 天使、と評したが、ディズが創り出していた尖兵の天使とはまた形が異なっていた。というよりも、歪極まった。天使の身体と竜の手足、頭部は瞳が一つのみ、両腕に金色の剣や槍を握りしめ、ゲラゲラゲラゲラと笑い声をあげ続けている。


 異様、異常、異形、今の創造主自身の状態を表すような天使達は、飛び交い、次々と溢れながらも、獲物を見定め、一気に飛びかかってきた。


〈はーん、なるほど?安定させるまでの時間稼ぎか?〉

〈なりふりかまわなくなったのね、必死〉

「くっそ、が!?」


 【天使】【銀竜】あるいは粛正装置の【瞳】。

 それらの存在はウルも見知っている。故に対処に躊躇いはなかった。一体、突出して飛び込んできた天使へとウルは構え、【竜殺し】に【灰炎】を重ねて、一気に振り抜いた。


〈KYAAAAAAAA!!?〉

「っぐ……!!」


 灰炎は天使たちの身体を半ばまで焼き、更に砕いていく。だが、返ってきた手応えにウルは顔をしかめた。


 堅い……!


 堅い、デタラメに堅い。本物の竜達を相手にしているのと大差ないか、あるいは上回る魔力強度だった。それでも握る槍に力を込め、死に物狂いで振り抜いた。


〈AAA……!!  〉


 飛び散り、天使は砕けて消える。ウルは全身の痛みに堪えながらも、ひとまずの対処に安堵――――は、全くできなかった。出来るはずも無い。


〈KYAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!〉


 たった一体の天使を対処する間に、同種の天使達は無尽蔵に生まれ続けている。赤黒い空を覆い尽くすかの如く、輝ける異形の天使達は、創造主の身体から生み出され続けた。


「冗談だろ……!?」

〈あ、ちなみに俺ら、神の力ちょっと奪ったけどレベル1のベイビーなんで戦力としては期待すんなよ?〉

〈ねむい〉

「死んでくれっかなあ!!?」


 ガヤと化した魔神と竜に、ウルは悪態を叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る